曾野綾子原作映画メモ

樹木希林がメイン出演してる「殿方御用心」と、「赤頭巾ちゃん気をつけて」のヒットにあやかってコケた「初めての旅」は、機会があったら見てみたいと思いました。
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もうれつ先生 @discusao

”先進国は、国民を肉体的には生かすことはできるかもしれないが、魂を満たすことは不可能だ。 すべての解決法はすべて、「超法規」「想定外」「非常時」の思考の形に準じて行われなければ、強靭とは言えない。つまりいい意味でも悪い意味でも、個人のカで生きる道である。.”

2015-02-15 18:28:39
もうれつ先生 @discusao

曾野綾子の「冷徹な哲学」から導き出される「強靭な」個人の生きる道とは、超法規・想定外・非常時という「万人の万人に対する闘争」状態をベースとする。ホッブスが社会契約説を考察する際、理論的仮説として提出した「自然状態」に近いものを、曾野は社会を考えるうえで前提としてるわけだ。

2015-02-15 18:36:18
もうれつ先生 @discusao

「自然状態」は社会・共同体というものが成り立っていない、社会契約が成立していない状態を指しているので、当然この状態に留まる限り国家は当てにできない(ないんだから)。しかし、曾野綾子は国家が成立していない状態を想定して「国家を当てにするな」と言っているのだから、ある意味それは正しい

2015-02-15 18:41:17
もうれつ先生 @discusao

しかしその曾野綾子の正しさは、社会的な話・共同体的な話をしているとき、(何度も使うフレーズだが)よくて無益最悪の場合有害、この場合まさしく有害でしかない。 行なって当然のことを行わず自己中心的に振舞えばメロドラマが生まれる、と引用したが、曾野綾子の哲学はメロドラマの代替となる

2015-02-15 18:47:00
もうれつ先生 @discusao

youtube.com/watch?v=tdgYoe… 「二十一歳の父」で、鼻持ちならない父と兄夫婦は、自分たちの見栄のために弟夫婦を虐待するのだが、弟は自分の弱さの中に留まり決して反抗はしない。都合よく弟嫁と生まれた子供は事故死し、弟は内向したまま自死を選ぶ。

2015-02-15 18:57:03
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もうれつ先生 @discusao

行なわれて当然の対立がこのドラマ(というか曾野綾子のドラマ全般)には存在せず、自死した弟の不良の友人が「オレには彼のことが分かる」といってこのドラマは終わる。大昔のメロドラマは、あからさまに自己中心的であからさまに何もしなかったが、曾野綾子の物語では理屈がそこに入る。

2015-02-15 19:03:03
もうれつ先生 @discusao

「冷徹な哲学(=人は誰も小狡く残酷な部分を持っているので、善性を当てにしてはならない)」に基いた理屈があれば、あからさまに自己中心的な人物は彼なり彼女なりに精一杯生きている人物となり、肝心なことを何一つ行わないのは誰にも依存しない個人の生きる道の模索ということになる。

2015-02-15 19:09:34

追記:対比として小説本体についても

もうれつ先生 @discusao

togetter.com/li/782597?page… 昨日、曾野綾子が教育改革国民会議意見書にて「中絶=殺人」の論旨を展開していたものを引用したが、文学作品『哀歌』においてこの問題が重要なモチーフになっている。

2015-02-18 19:56:11
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もうれつ先生 @discusao

amazon.co.jp/%E5%93%80%E6%A… 曾野綾子『哀歌』①:ルワンダに赴いた修道女・鳥飼春菜は、動乱のさなか現地の庭師キンボにレイプされ妊娠した。運命の人田中の助けでなんとか帰国はできたが、虐殺を目の当たりにした記憶から中絶という名の殺人には踏み切れない。

2015-02-18 19:57:00
もうれつ先生 @discusao

曾野綾子『哀歌』②:出産は修道院からの追放を意味し、事情を知らない周囲の心ない言葉にも傷つく春菜であった。その窮地を救ったのも田中。翻訳の仕事を紹介した彼は、中絶は殺人だと諭し出産を決意させ、子供が成人する20年後に再開しようと誓い合う。

2015-02-18 19:57:42
もうれつ先生 @discusao

曾野綾子『哀歌』③:春菜は、20年の別れの前に心乱れながらも、盲目の夫人に寄り添う田中の姿を最後の一瞬まで名残り惜しむのであった。 何故ここで盲目の夫人が?というと、何の障害もないと二人は結ばれてしまい古臭い松竹調だし、「希望も絶望も持たず生きるのです」みたいな説教ができないから

2015-02-18 20:00:50
もうれつ先生 @discusao

amazon.co.jp/%E5%B9%B8%E7%A… 曾野綾子さんは、このパターンを『幸福という名の不幸』でも使っていた。

2015-02-18 20:03:47
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もうれつ先生 @discusao

曾野綾子『幸福という名の不幸』①:父の死で安穏とした生活に終止符を打った榎並黎子は紅茶会社の社長秘書となって働き始める。社長は不幸な結婚生活を送っており、妻は自殺未遂の末夫の薦めで恋人を作って家庭を顧みない。

2015-02-18 20:04:50
もうれつ先生 @discusao

曾野綾子『幸福という名の不幸』②:社長は黎子に惹かれるが、情欲に溺れるのは「赤ん坊の生血や生肝をくらう」に等しいと思いとどまり黎子もそれを了解する。 その後、黎子はクリスチャンの慎之介と知り合い惹かれあう。

2015-02-18 20:05:58
もうれつ先生 @discusao

曾野綾子『幸福という名の不幸』③:共通の友人で白血病の浅野の自殺により愛や欲望やセックスの突き詰めた形を悟った二人は結婚の約束をする。しかし、その矢先慎之介は交通事故死(いつものパターン!)してしまう。

2015-02-18 20:08:04
もうれつ先生 @discusao

曾野綾子『幸福という名の不幸』④:以後様々な男性遍歴(但し肉体関係なし)が綴られるが、どの男も物足りず逆に社長への愛の確信を悟る。「絶望することは、やはりどう考えても思い上がりだ」と確認する社長と黎子は、明日はどうなるかわからないと悟り手を握りあい、結ばれぬまま幕は閉じる。

2015-02-18 20:10:42
もうれつ先生 @discusao

松竹映画のメロドラマなら、社長の妻は重い病に罹っており物語終盤で息を引き取りながらヒロインに今迄の嫉妬を悔いて夫のことを托す、という都合良過ぎな段取りとなる。そんな虚偽性は曾野綾子先生の最も嫌うものなので、こういうパターンを編み出したのだろう。

2015-02-18 20:19:07
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もうれつ先生 @discusao

曾野綾子『片隅の二人』①:恋人につれなくされた真柄千歳はビールを飲んで社長から借りた車を運転し、酔っ払い千田道夫を跳ねてしまう。保険に入ってなかった社長と千歳は、示談金目当ての千田兄のために金策に奔走する。

2015-02-19 02:59:50
もうれつ先生 @discusao

曾野綾子『片隅の二人』②:千田を亡くした妻澄子は、金目当ての義兄、身体目当ての佐々木ら心ない周囲のために孤立し、同じように孤独感に苛まれる千歳と結ばれる。ところが、千田の死には罪悪感を感じなかった千歳は、一家離散した社長一家の次女が不慮の事故死をしたことにショックを受ける。

2015-02-19 03:05:12
もうれつ先生 @discusao

曾野綾子『片隅の二人』③:「社長の次女を殺したのは俺だ」と考えるようになった千歳は死を決意し、澄子もそれに同調する。人生に愛想の尽きた千歳と澄子は、二人だけの三日間を過ごした後ガス栓をひねり、朦朧とした中手を握り合う。

2015-02-19 03:09:35
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