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「袋シナイ」形稽古と試合稽古から見る、日本の剣術剣道の歴史1

一般的に「竹刀が発明される前は木刀による形稽古のみだった」という話をよく見聞きします。時代劇でも、江戸時代の稽古風景は防具も付けず木刀同士で試合をしていたりします。 そういう話や稽古風景は本当にだったのか?というと、相当怪しいようです。 あまりWEB上にそういった古い剣術の話が見られないので、浅学ですが、色々な史料や書籍を元に、剣術の発展について自分の認識を書いてみました。 参考資料や勉強になりそうな本等は最後に紹介しようと思っています。
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みんみんぜみ @inuchochin
唐突に始まる形稽古と試合稽古から見る、日本の剣術剣道の歴史
みんみんぜみ @inuchochin
一般的に「竹刀が発明される前は木刀による形稽古のみだった」と試合と竹刀がセットになって語られていて、人によっては「木刀による形稽古」→「剣道的な試合稽古」と一気に発展したと思われているようですが、
みんみんぜみ @inuchochin
実際には戦国時代(16世紀)にシナイが使用されるようになってから、幕末(19世紀半ば)まで時間をかけて現代の剣道的な試合に発展・変化しています。
みんみんぜみ @inuchochin
個人的に、大きくわけて 1.シナイを使う/使わない 2.試合稽古する/しない 3.防具を使用する/しない。 4.互角稽古をする/しない 5.他流試合する/しない 6.四ツ割長竹刀を使う/使わない というような段階的変化で分けられそうな気がします。(3と4は順不同ですが)
みんみんぜみ @inuchochin
1.シナイを使う/使わない
みんみんぜみ @inuchochin
昔の剣術が「木刀では稽古のたびに怪我をした」「試合は命がけだった」という話ですが、たしかに他流試合、決闘は危険だったでしょう。しかしチャンバラごっこを見ればわかるとおり、軽い枝や木刀を使えば大怪我はしませんし、稽古している者同士ならそれほど危険なく、ある程度の自由稽古は可能です。
みんみんぜみ @inuchochin
条件を限定した木刀を使った形稽古の中でも、隙あらば形から外れた動きで打ち込むような事は今もおこなわれています。 もちろん木刀で防具も付けずに激しい試合は不可能ですし、寸止めと実際に切る感覚は違うでしょうから、実際に打てて、しかも大けがをしない袋シナイが発明されたと思われます。
みんみんぜみ @inuchochin
それで、シナイの源流ですが、よく知られているとおり、袋シナイは新陰流開祖の上泉信綱が発明した、と言われています。と言う事は16世紀半ば頃に発明されたのでしょうか。ただ、17世紀になる頃にはすでに全国的に袋撓が使われていたようです。
みんみんぜみ @inuchochin
新陰流によって急激に広まったのか、それ以前から何かシナイの原型があったのか、はわかりません。戦国時代にはシントウ流・新陰流・トダ流・中條流・一刀流など数が少なかった剣術流派は、江戸時代初期に爆発的に数を増やします。それら新流派のほとんどが袋シナイを何らか形で使用していたようです
みんみんぜみ @inuchochin
江戸時代初期の剣豪宮本武蔵も袋シナイについて言及しています。 また江戸時代初期に将軍が行った軍事演習で袋撓が使われていたので、そういった武術流派以外の方面からも日本各地に広まったのかもしれません。
みんみんぜみ @inuchochin
・まとめ 少なくとも江戸時代初期には既に全国規模で袋シナイが一般化し、多数の流派で使われていた。

第二回はこちらです。
「試合稽古」形稽古と試合稽古から見る、日本の剣術剣道の歴史2

ツイートまとめ 「試合稽古」形稽古と試合稽古から見る、日本の剣術剣道の歴史2 「形稽古と試合稽古から見る、日本の剣術剣道の歴史1」で袋竹刀の登場と普及について書いてみました。 今回は試合稽古について書いていきます。時代劇や漫画のイメージでは、竹刀登場以前の試合は素面素小手で木刀を使って激しく打ち合う危険なもの、という描かれ方をよく見ます。実際は江戸時代初期に袋シナイは広まっていたため、自由に打つ場合は袋シナイを使用していたようです。.. 2748 pv 24 1 user 1

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