国家神道ができるまでの日本の歴史

戦前に戻そうとしている自民党による国民支配の間違いを見るには、我々の正しい歴史観が必要です。騙されないようにしよう!
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怒れる不動明王 @goubuku_fudou

国家神道を正しく理解するためには、まず我が国の成り立ちの正確な認識が必要である。およそ10万年くらい前、日本列島はまだ大陸の一部であった。そのころに縄文人がこの地区に住み始め、その後に大陸から日本列島に分離した。この縄文人の長きに亘る狩猟・漁労・採集の歴史こそが我々の基層をなす。

2015-02-22 06:12:12
怒れる不動明王 @goubuku_fudou

長きに亘る縄文の時代を反映し、日本人の中には自然の中に神を見る思想が根付いた。仏教が来るまで、神社は社殿を持たず、山や川、巨岩や巨木や動物が神であった。そしてそれらをしめ縄で囲った部分が今でいう神社であった。神は決して人間ではなく、自然の中にいる八百万の神が我々の神であった。

2015-02-22 06:19:52
怒れる不動明王 @goubuku_fudou

大陸から分断された事で、豊かな海に囲まれた上に、温暖な気候と豊富な水に恵まれた日本列島は森の国になった。今でも7割近くが森の国である。自然に恵まれた結果、大陸から稲作が伝わるまで、縄文の時代は他文明に比較して異常に長い狩猟・漁労・採集の時代が続く。稲作の歴史は2千年程度に過ぎない

2015-02-22 06:16:22
怒れる不動明王 @goubuku_fudou

およそ2千年と少し前に、中国における戦乱などが理由で、大陸から稲作と鉄器を持った弥生人が大量に日本に入り始める。人種的には縄文人が古モンゴロイドという白人に近い手足が長く、彫りの深い顔と違う、新モンゴロイドという弥生人はのっぺりした顔と短い手足の人種だったが、基本的に同じ種だった

2015-02-22 06:24:36
怒れる不動明王 @goubuku_fudou

日本人に独特の生魚を食べる刺身や、鍋文化というものは、長い縄文の時代から生まれた独特の食文化である。寿司は稲作によるコメと合体した食の象徴だろう。そして鉄器を持った稲作民族の弥生人は、少数ではあるが九州から東征して大和にいた縄文の支配勢力を征服する事で、徐々に天皇制が作られた。

2015-02-22 06:29:00
怒れる不動明王 @goubuku_fudou

列島を支配した大和王朝は、数的には圧倒的に少なく、縄文との混血やその文化を受け継ぐことでどんどん独自の形になる。そして天武の時代に、過去の集大成として古事記、日本書紀を作り支配の正当化を図り、自然の神の上に人格神としての天皇を神とするものが作られ、その象徴に伊勢神宮も改変された。

2015-02-22 06:33:22
怒れる不動明王 @goubuku_fudou

天皇制は、その後は平安時代以降は摂関政治となり天皇そのものは象徴的存在に変わり、官僚が国を支配した後に武士の時代が江戸まで続いた。天皇はあくまで飾りの存在になったのである。そして江戸後期に国学というもので天皇の神格化が復活する。それは下級武士たちが古代に夢を見た朱子学の否定だった

2015-02-22 06:37:31
怒れる不動明王 @goubuku_fudou

国学は、江戸後期の西欧列強に対する、藩に分離していた国の形を一つにするには最も適した思想となり、藩主ではない天皇を頂点にした一君万民思想にうってつけのものとして利用される。それは明治維新になって、西欧化の為の富国強兵にさらに利用され国家神道として確立した。自民党はそれを夢見ている

2015-02-22 06:41:47