ダンゲロス・ウラギールプロローグSS『或る神事、笑う神様』

過呼吸のひじ @iron_elbow

＝ダンゲロスの裏切るやつのプロローグSS＝

過呼吸のひじ @iron_elbow

『或る神事、笑う神様』

過呼吸のひじ @iron_elbow

カブガリ様は、俺の村に伝わる神様だ。

過呼吸のひじ @iron_elbow

俺の村では、十年に一度、村一番の生娘を贄に差し出す掟がある。贄に選ばれた娘はその時点でタマカブ様となり、カブガリ様はタマカブ様の命で以て、村に降りかかる厄災を祓い、繁栄を約束するのだという。

過呼吸のひじ @iron_elbow

カブガリ様の祠は西に少し歩いた谷の途中にある。谷際ぎりぎりまで入れるのはタマカブ様と長老のみで、実際に祠がどのようになっているのか、俺は見たことがない。タマカブ様は、村人が見守る前で、自らの足でその中へ落ちていく。

過呼吸のひじ @iron_elbow

俺は生贄の儀式に二回参加した。はじめはまだ三つの時だったもんでさっぱりだが、二回目の方はよく覚えている。けんかっ早い乱暴者も、落ち着きのないお調子者も、神妙な面持ちでタマカブ様を見据えていた。あんまりみんながそうするものだから、俺は目を逸らすのも怖くなって、じぃっと睨み続けた。

過呼吸のひじ @iron_elbow

長老に手を取られ、谷際へ踏み出すタマカブ様。やがて縁へ辿り着くと、タマカブ様は長老の手を放した。振り返り、こちらを、村の人々を、一人ずつ、思い出して、覚えるようにして。視線を、配り続ける。寒気が走る。タマカブ様の愛。それは、父へ、母へ、そして……俺へ。タマカブ様が薄く微笑んだ。

過呼吸のひじ @iron_elbow

その時、すう、と恐怖が消えた。俺は、その笑みをよく知っている。確かにいつもの——優しいタエ姉ちゃんだと思った。

過呼吸のひじ @iron_elbow

そうして、やがて谷の方へ向き直る。一歩、二歩と歩を進めていく。……突然、タマカブ様の姿が消えた。落ちていった。音もなく。長老が谷の中を覗き込み、暫しの静寂の後、何かを唱えていた。程なくして儀式は無事に終えられた。それからの十年は、豊穣が続いた。

過呼吸のひじ @iron_elbow

———

過呼吸のひじ @iron_elbow

「なあ、サチ」「なぁに？　キンジさん。お茶ならもう少し待ってくださいね。今、沸きますから」台所のかちゃかちゃ鳴る音が、背中に響く。「そうじゃないよ」雲の流れる空を真っ赤に染め上げながら、日が沈んでいく。

過呼吸のひじ @iron_elbow

「じゃあ、なんですか」長く伸びた影がそろりそろりと逃げていき、目映い光が飛び込んでくる。眼を細めても耐えきれず、思わず右手でひさしを作る。「……タマカブ様、君が選ばれるだろ。あと、三日だ」音がはたと止み、背に染み込んでいく。かわりに、ぼこぼこと沸く湯が主張する。

過呼吸のひじ @iron_elbow

後ろで、サチは今どんな顔をしているのだろう。長い沈黙。たぶん、実際はほんの数秒も経っていなかったのだと思う。耐えきれず、散り散りの言葉を無理矢理紡ぎ出す。振り返ることもできないまま。「だから、怖いとか……ないかって、もし、ダメ、なら！　そのさ……」

過呼吸のひじ @iron_elbow

あの時、タエ姉ちゃんの顔はどんなだったのだろう。微笑む姉ちゃん。微笑むタマカブ様。同じだった。同じだったのだろうか？　わからない。もう一度、今見れば、きっと。わかるのだろうか。わかれば、どうするのだろうか。俺は。「……大丈夫、ですよ」サチは言った。

過呼吸のひじ @iron_elbow

「私、嬉しいんです。だって、この村も、人も、キンジさんも——」突然、光が遮られる。陽を背にして、サチが目の前に立っていた。 「大好きですから」

過呼吸のひじ @iron_elbow

目の前のサチがどんな顔をしているか、俺は、目を凝らして見ようとした。だけど光に焼かれた俺の目は、暗く隠されたその顔を、捉えきることはできなかった。けれど、その中に、少しだけ。

過呼吸のひじ @iron_elbow

少しだけ、頬の上で光の粒がちらついた、ような。気がした。 ——俺は、見て見ぬ振りをした。

過呼吸のひじ @iron_elbow

＝終＝

過呼吸のひじ @iron_elbow

というわけで、ダンゲロス・ウラギールは生贄用生娘で参戦します。10数ツイートのSSでひぃひぃなるので、SSキャンペーン参加者はすげぇーと思いました。よろしくお願いします。