足音の追跡者#2

洞窟に潜った冒険者たちに襲い掛かる、魔法使いの罠! 足音の追跡者#1 http://togetter.com/li/788713 足音の追跡者#3 http://togetter.com/li/795011 続きを読む
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(前回までのあらすじ:天然洞窟のダンジョンを訪れた冒険者グループ、盗賊のキリマ、熟練の戦士のジルベル、若い戦士のギルーは謎の死体を発見する。その後、生き残っていた軽戦士と共に足音に追われることになる。足音に追いつかれたら、死ぬというのだ)

2015-03-04 21:02:14
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膝下まで溜まった地下水をかき分けて、4人の冒険者が走る。キリマと生き残りの軽戦士は洞窟の先をランタンで照らす。しかし、その洞窟はどこまで続いているのか分からない。すべすべとした洞窟の壁がてらてらと光り、ランタンの光を幾重にも反射していた。足音は依然聞こえている。 32

2015-03-04 21:06:45
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「やられたときの状況を詳しく教えてくれ」 戦士ジルベルはガチャガチャとうるさいチェインメイルの騒音に負けないように声をあげる。軽戦士はそのときの状況を語る。「最初にやられたのは、足音が聞こえてすぐだった。神官の仲間が血を吹いて倒れたんだ。それから俺と仲間は逃げ出した」 33

2015-03-04 21:12:57
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「仲間っているのは、さっき行き止まりで死んでいた戦士ね」 キリマが問う。「死体を見たのか。あいつがやられたのはしばらく逃げてからだ。突然行き止まりになって、追いつかれたんだ。俺はあいつが苦しんで血を流している間に、道を引き返した」 「ちょっと待ってよ」 34

2015-03-04 21:22:15
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キリマは疑問を挟んだ。「行き止まりで引き返したんでしょ。それなら、そのまま道を引き返して、地上に出られるはずじゃない。道を間違えたの? あなたは入口の方からやってきたように見えたけど」 「俺にも分からない。いつの間にか、俺は洞窟の奥に向かって走っていたんだ!」 35

2015-03-04 21:35:40
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「それが、魔法陣の力だ」 ジルベルは軽戦士に答えた。「魔法陣の中では、魔法使いの法則が全てだ。それを越えなければ……越えなくてはいけないんだ」 「ああっ!」 キリマは叫んだ。彼女の照らすランタンの光は、無情にも……洞窟の行き止まりを照らしていた。 36

2015-03-04 21:40:34
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4人は立ち止った。それ以上進めないのだ。若いギルーは腰に下げた鉈を抜いた。「畜生、切り刻んでやる」 「無駄だ、無駄だよ……ああ、足音が!」 ヒタヒタという、まるで板張りの床を歩くような足音はどんどん近付いてくる。軽戦士はパニックになって暴れ出した。 37

2015-03-04 21:47:11
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「アアー! いやだ、死ぬ、死ぬんだ!」 「落ちつけ、蘇生費用さえあれば……死体を回収してくれる後見人さえいれば、俺達は死んでも生き返る」 ジルベルは諭すが、軽戦士は半狂乱になって足音の方へと走り出した。彼は小剣を抜き、でたらめに振り回す。「殺してやる! 殺される前に……」 38

2015-03-04 21:54:12
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しかし、がむしゃらに振り回す軽戦士の腕や頭から血飛沫が舞い始める。彼はさらに取りみだし、小剣を落として身体を掻き毟り始めた。ギルーとキリマは絶句してその様子を見ることしかできなかった。襲撃者の姿は全く見えない。軽戦士の手からランタンが落ち、地下水の地面に浸かって消えた。 39

2015-03-04 21:59:41
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ジルベルはギルーとキリマの手を掴んで引っ張る。「何をしている! 走るぞ!」 ギルーとキリマは我に返って、ジルベルの後ろを走り始めた。地下水の地面に横たわる軽戦士の隣を恐る恐る通過し、3人は再び洞窟を走り始めた。ギルーは一度だけ振り返った。軽戦士はぴくりとも動かない。 40

2015-03-04 22:02:49
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軽戦士の身体から血が流れていき、地下水を赤く染めていた。ギルーは振り返るのをやめ、走りつづけた。このまま道を引き返せば、出口へと辿りつけるはずである。しかし、軽戦士は言っていた。何故か行き止まりが現れて、仲間が命を落としたと。「ジルベル師匠、どうすれば……」 41

2015-03-04 22:08:39
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「歪みを見つけるんだ。魔法陣の歪みを……」 ジルベルはそれだけを言って、無言で走りつづけた。沈黙は続く。誰もその答えを……魔法陣の歪みを知らないのだ。あとは、地下水を蹴る水音だけが暗い洞窟に響いていた。 42

2015-03-04 22:16:32
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キリマのランタンが暗い洞窟を照らす。3人は無言で走っていた。どこまで続くか分からない、洞窟の道。すでにいくつかの分岐を通り過ぎ、入口へ向かって進んでいるはずだった。しかし、先程犠牲になった軽戦士によれば、突然行き止まりが現れるという。ジルベルはようやく重い口を開いた。 43

2015-03-05 22:10:36
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「決めておかねばならんな」 「決める……何をです? ジルベル師匠」 若いギルーはまだジルベルの思惑を知らなかった。ジルベルは走りながら、ギルーに向かって言った。「行き止まりが来たとき、誰が犠牲になるかだ。その役を、私が引き受けよう」 「そんな!」 44

2015-03-05 22:15:16
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ギルーは不安そうな声で反論した。「僕が犠牲になります! ジルベル師匠の方が、経験も、技術もあります」 しかし、ジルベルはそれを否定した。「正直私には、この魔法陣の歪みは分からない。どうせ分からないのなら、ギルー、そしてキリマ。君たちに任せたいのだ」 45

2015-03-05 22:23:09
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ジルベルはさらに続ける。「いつまでも、私が師匠では居られないのだよ。ギルー。君は戦士として経験を積んできた。しかし、いつまでも経験を積んではいられない。経験を生かす時が必ず来るのだ。そして、それが今日この日だ」 ギルーは言い返せなかった。いつまでも彼は甘えてはいられない。 46

2015-03-05 22:32:18
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足音は依然として3人を追跡する。「僕に、できるでしょうか」 ギルーの不安そうな返答を、ジルベルは笑って返した。「キリマもいるじゃないか。二人いれば、できないことは何もない。そう深刻な顔をするな。大抵のことは、笑い飛ばしていけばいいのさ」 そう言って二人を鼓舞する。 47

2015-03-05 22:35:02
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「俺が死んだら、蘇生費用を頼む。いくらか蓄えがあっただろう。今日の日の保険にはなったな。なぁに、少しの間、死ぬだけだ。泣いて、喚いて、取り乱して、絶望する。そんなことは、人生にはあまり必要じゃないんだ。笑っていろ、ギルー」 ジルベルはそう言って洞窟の奥を見た。 48

2015-03-05 22:42:03
減衰世界 @decay_world

キリマは洞窟の奥を照らして、「ああっ」と声を上げた。入口に向かって走っていたはずなのに、そこには岩盤の行き止まりがあったのだ。3人は立ち止った。ジルベルは、若いギルーとキリマの肩に手を置き、最後に微笑んだ。「後は頼んだ。この魔法陣の歪みを、明らかにしてくれ」 49

2015-03-05 22:46:42
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腰に下げたメイスを構えるジルベル。バケツ型のヘルメットを被る。ギルーとキリマを後ろにして、一人前に出た。鋼鉄のスリットの向こう側のの表情は分からなかったが、きっと笑っているのだろうとギルーは思った。彼は自分の言ったことを、自分の身でいつも示してきた。 50

2015-03-05 22:52:39
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「僕はやってみせます。僕は未熟でも、弱くても、きっといい考えが浮かぶんです。ジルベル師匠が笑ってくれるから、僕も笑って、全てを切り抜ける気がするんです」 足音が近づき、ジルベルの周りをヒタヒタと歩く音がする。ジルベルの裾や首元から、血が溢れる。鎧や布を、汚していく。 51

2015-03-05 22:59:08