関東大学フットサルリーグの歴史より第三弾 - 東京大学フットサルチーム「さんぱち先生」編、NUファンターズ(現YSCC)、あとがき/順天堂大学フットサル部GAZIL(ガジル)の紹介(語り・鈴木陽二郎氏)

関東大学フットサルリーグ(CFL)の運営など、大学生のフットサル競技の普及・発展にご尽力されているエフネットスポーツの鈴木陽二郎(YJR)氏による、学生フットサルの歴史について語られた一連のツイートまとめ第三弾になります。どうぞご覧下さい。
サッカー
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YJR @YJR1980
今日の関東大学フットサルリーグの歴史は、「さんぱち先生編」です。
YJR @YJR1980
さんぱち先生は東大のサークルではありません。 チームなのです。 成り立ちが、創始者の笹生氏のクラスメイトで作ったチームがスタートだったのです(笑) そのチームのスタートが弊社が主催していました、東大御殿下記念館での開催していたフットサル大会だったのです。
YJR @YJR1980
当時月1回~2回東大御殿下でフットサル大会を開催しておりました。 単純に月に大会数と同じ数笹生氏と会っていたわけですね。 そりゃ仲良くなりますよね。 でも、笹生氏を最初に認識したのは、とある事件からでした。
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御殿下記念館は、フロアの隣が、プールという作りなのです。 なにやら、誰もいないであろう、プールで人の気配!! 突撃すると、そこには人が!! それが笹生氏でした(笑) そりゃ激怒する私(笑) そんな形で笹生氏と私の付き合いがスタートしたのです。
YJR @YJR1980
笹生氏との交流が始まり1年くらいしたときに、笹生氏の回想ではメールでって事だったけど、自分は直接伝えたような。 「学生だけのリーグ戦やってんだけどでない?」って感じの軽いノリで(笑)
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まぁ食いついてこないと思ってました。 だって、彼らは、学外の大会には出てなかった?し、仲間で勝利を目指すの事が目的で、フットサル自体には興味がなかった。 スタイルもフットサルとしての進歩はなかった。といった印象がある。 今では信じられないが、全くフットサル感はなかった。
YJR @YJR1980
が、予想に反して、参入(笑) 笹生氏の回想と照らし合わせると2002シーズンからの参入。 笹生氏の回想。 ow.ly/KcABf
YJR @YJR1980
スタイルはサッカースタイル。 今でこそ、東大生らしいインテリジェンスあるフットサルをするのがさんぱちですが、当時はインテリジェンスなんてものは、皆無(笑) なぜなら、フットサルの知識は必要がなかったですから。
YJR @YJR1980
少し前後しますが、弊社が東大御殿下で運営していた事で、東大にフットサル文化は少し根付きました。それがパサーズといった形で現れたわけです。 パサーズが無ければ、さんぱち先生の成長はなかったでしょうね。
YJR @YJR1980
パサーズがなかったら、岸もゆうも中田もフットサルをしていたかどうか? そういった側面を見ると役に立ったのではないかな?
YJR @YJR1980
さんぱち先生は、パサーズ色が強くなっていくと同時に安定したインテリジェンスが前面に押し出るような色にかわっていった。 笹生氏達第一世代卒業後の話。 その後岸、しゅん、前さこ、ゆう、そして、中田、ともや、たか、じゅんとフットサルスキルにあふれる選手が引っ張っていくことになるのです。
YJR @YJR1980
といっても、確か参入後すぐに入れ替え戦に進出。 今までも覚えているが、笹生氏が相手と接触し、YJRストップ。 鼻をおったのかな? 続行をお願いされたが、却下。 その影響でさんぱちは敗退。 相手はGOONY。岡田に点を決められた。笹生氏と接触したのは岡崎?だったきがする。
YJR @YJR1980
その次のシーズン。2003年。 昨日触れた、ZOTTの伝説のトリプルヘッダーの日。 さんぱち先生は、勝てば2部優勝の試合を見事に敗戦! しかし、彼らが立派なのは、ショックを引きずらず、その後のオフィシャルをしっかりとこなした所。 その試合がZOTT-森くまの優勝決定戦。
YJR @YJR1980
ちなみに、その時のさんぱち先生の相手がNUファンターズ。 現YSCCなのであります!NUファンターズは、淀が選手で、ナラ、いの、中野、大地、つっちー、弟、ちゃびん、なべしゅんなどなどのいい選手?が揃っていたわけです。 その後関東にあがったのも、驚きはありませんでした。
YJR @YJR1980
2004年に1部昇格を果たすも、下位から中位とぱっとしない。 しかし、1部に居続ける。力は確実につけている。 そして、10年に遂に1部優勝を果たすわけですが、1人、ターニングな男がおります。 ゆうでも中田でもなく!!
YJR @YJR1980
誰かというと・・・・ やっぱり五十嵐なのです。 イケメンだから(笑) ではなく、エボ?だったよねプレーしていたのは? しっかりとフットサル選手の知識、経験、実力を持ち合わせていた。 きっと、中田とか下の代は、五十嵐の影響を受けているのではないかな。
YJR @YJR1980
五十嵐の実弟は、エボのエース五十嵐稜です! そんな流れで、五十嵐弟もさんぱちで時折プレーしてたりしてます。
YJR @YJR1980
五十嵐兄の加入が1つの大きなポイントだった気がする。 パサーズ組に大きな影響を与えたのではないかと思ってますが。 それくらい、能力の高い選手だった。東大生で初めてみた本格派だった。
YJR @YJR1980
そして、遂に、2010年に1部優勝。 五十嵐がエースナンバーを背負い、高野ゆうがPIVO。 若手の中田、新山、佐々木、浅川が躍動。GKは松本。 なお、この頃からさんぱち‐BRBのラインが出来る。
YJR @YJR1980
創設から8年。笹生氏が耕し、岸世代が種をまき、2010で開花した。 そんな事を思ったのを思い出しました。 なお、2004年にさんぱちメンバーと一緒にサッカーの学内大会に出たのは凄くいい思い出です!!
YJR @YJR1980
東大生。でも出来る。と言っては語弊がありますが、サッカースキルに絶対に的に自信が無い分、インテリジェンスで取り返す。そのインテリジェンスがそのスキルをも上回る。 その姿は痛快そのもの。その土台から、スキルが高いメンバーが揃った2010は優勝相応しい内容とメンバーだったわけです。
YJR @YJR1980
といった感じです!! 最後に歴代ベスト5を! GK 笹生氏 FP 高野、岸、五十嵐、中田
YJR @YJR1980
御静聴頂きありがとうございます! 今日の語りはここまで!!
YJR @YJR1980
当時くっそ生意気だった小中康雄をぶっ飛ばそうとしたら、先輩から「それは俺らがやります」って言ってくれた。 それを言ったのは、佐藤亮の兄、つかさだった。あと遠藤。 この二人は、地元で先生をしている。この2人は当時からできていた。
YJR @YJR1980
そんな印象的な出来事(笑) 毎晩印象的な事も1つ紹介していこう(笑)
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