世界最初のタイムマシン小説『アナクロノペテー』

H・G・ウェルズ以前に書かれたエンリケ・ガスパール・イ・リンバウのタイムマシン小説『アナクロノペテー』(1887年)のあらすじの紹介および、それに関連したSF小説に対する考察。 読みやすいように自分でまとめてみました。
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カスガ @kasuga391

一行と前皇后は、献帝とクララの結婚式の最中に反乱を起こすが、大臣の曹丕の策略により捕らえられる。しかし、突然に現れた弓兵部隊が「スペイン万歳!」の叫び声と共に献帝を射殺し、一行は解放され、クララは救出される。

2015-03-13 19:12:45
カスガ @kasuga391

謎の弓兵部隊の正体はクララの恋人ルイスとその部下の軽騎兵たちであった。一行がベルサイユに帰還した時に再び実体化していたルイスらは、次の逆行の前に密かにガルシア電流を浴びていたのである。

2015-03-13 19:13:20
カスガ @kasuga391

前皇后は、「永遠の命の秘密」へ通じる手掛かりである、西域人からもたらされた羊皮紙の地図を一行に示す。その地図には、ボンペイの皇帝ネロの石像の下に「永遠の命の秘密」があることが記されていた。

2015-03-13 19:13:51
カスガ @kasuga391

嫉妬から狂気に陥った博士に代わり、ベンハミンがアナクロノペテーの指揮を取り、一行はボンペイを目指す。ボンペイでネロの石像から掘り出した箱には、いくつもの結び目が編まれた紐だけが入っていた。

2015-03-13 19:14:15
カスガ @kasuga391

ベンハミンは、それがソロモン王の時代の結び目文字であることに気付いた。その結び目文字は次のメッセージを表していた。「永遠の命を求める者よ、ノアの土地に行け」

2015-03-13 19:14:40
カスガ @kasuga391

紀元前3308年の世界で出会った575歳の老人に、ベンハミンはボンペイで掘り出した紐を見せる。老人は、それはノアと呼ばれる男の口癖だと告げる。

2015-03-13 19:15:08
カスガ @kasuga391

「永遠の命を求める者よ、ノアの土地に行け」それは、人類の堕落を戒めるノアの言葉だった。

2015-03-13 19:15:25
カスガ @kasuga391

そして、ベンハミンは、「永遠の命」とは、すなわち神の御国であったことに気付くのだった。

2015-03-13 19:15:40
カスガ @kasuga391

間もなく始まった大洪水の中を逃げ延びて、一行は命からがら波間に漂っていたアナクロノペテーまで辿り着く。

2015-03-13 19:15:59
カスガ @kasuga391

一方、シンドゥルフォ博士が操縦装置を破壊したことから、操作不能に陥ったアナクロノペテーは一行を乗せて凄まじい勢いで時間を遡り続け、天地創造の瞬間の火の玉に突っ込んで爆発する。

2015-03-13 19:16:28
カスガ @kasuga391

……シンドゥルフォ博士が劇場で目をさますと、ちょうどジュール・ヴェルヌの演劇が終わったところだった。隣には先日ルイスと結婚したばかりのクララがいた。すべての出来事は一場の夢に過ぎなかった。

2015-03-13 19:16:52
カスガ @kasuga391

この物語から読者は次の教訓を得るであろう。博士は時間を戻そうと(deshacer tiempo)した、しかしスペイン人の本分は時間を作ること(hacer tiempo)である! おしまい。

2015-03-13 19:17:13

なぜ『アナクロノペテー』は歴史に残らなかったのか

カスガ @kasuga391

昨晩紹介した世界最初のタイムマシン小説『アナクロノペテー』について、少し解説を補足。

2015-03-14 05:58:35
カスガ @kasuga391

長々と書いたあのツイートだけど、パリ市長に若返らせるよう頼まれた中年娼婦たちが、時の逆行と共に絹のドレスまで蚕に戻って丸裸の少女たちになるくだりとか、モーセ時代に食料が枯渇した際に、「天よりのマナ」で食料を補給するくだりとか、あれでも細々したエピソードは結構端折ってる。

2015-03-14 05:59:10
カスガ @kasuga391

あと、19世紀のスペインの小説に、いきなり後漢の献帝とか曹丕が登場して驚いた人もいたかもしれないが、Wikipediaによれば本作は外交官だったリンバウの清国領事時代に執筆された小説であり、そのためにリンバウの中国史の知識が反映されてるのだそうな。

2015-03-14 05:59:46
カスガ @kasuga391

さて、「タイムマシンによらないタイムトラベル」にまで話を広げれば、リンバウは「最初のタイムトラベル小説」の作者ではない。リンバウ以前にも、アメリカ合衆国の作家エドワード・ページ・ミッチェルが『逆回りした時計』の題で、かなり複雑なタイムトラベル小説を書いていた。

2015-03-14 06:00:13
カスガ @kasuga391

『逆回りした時計』はpixivの小説機能で拙訳を公開してあるので、興味を持たれた方はどうぞ。現代の読者の目で読んでも、充分に面白い短篇であることは保証します。 pixiv.net/novel/show.php… (露骨な宣伝)

2015-03-14 06:00:51
カスガ @kasuga391

ウェルズよりもリンバウよりも古いこの『逆回りした時計』で、既に「存在の環」的な一種のタイム・パラドクスの概念は扱われていた。

2015-03-14 06:01:30
カスガ @kasuga391

更に、翻訳だと表記の関係で反映できなかったが、英語の「ガートルード」とオランダ語の「ヘルトリューデ」は原文ではほとんど同じ綴りの名前であり、読者に、「もしかして、ガートルード大伯母の正体は?」と思わせる構成にもなっている。

2015-03-14 06:02:08
カスガ @kasuga391

実に、現在の通俗的なSFで頻繁に扱われている「タイムトラベル関連のアイデア」は、ウェルズが『タイム・マシン』を書く以前に、あらかた出尽くしていたことがわかるであろう。

2015-03-14 06:02:37
カスガ @kasuga391

しばしばSFジャンルは、H・G・ウェルズという一人の巨人により創始されたと錯覚されがちだが、実はタイムトラベルにせよ透明人間にせよ冷凍睡眠にせよ、ウェルズ以前に先例があった。そして、ウェルズの作品はそれらの先人の肩の上に乗って書かれたものに過ぎなかった。

2015-03-14 06:03:27
カスガ @kasuga391

では、なぜミッチェルやリンバウの創作が忘れ去られ、ウェルズの名が「タイムトラベル」と「タイムマシン」の創始者として残ったのか。それは、ミッチェルやリンバウの作品が「アイデア・ストーリー」に過ぎなかったのに対し、ウェルズの作品は「SF」だったからだと思う。

2015-03-14 06:04:29
カスガ @kasuga391

ミッチェルやリンバウはタイムトラベルという素材をウェルズより早く取扱い、そのアイデアから発展していく物語を描いた。しかし、そこには「未知の技術が人類と社会がどのように変革させていくか?」という視点はなかった。

2015-03-14 06:05:14