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池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
姫路城の池田輝政は、昨年話題になった『つねちゃん』こと池田恒興の次男だよ。そして長男はおれ、之助(元助)です。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
浦島虎徹が打たれたのは江戸期ですし、現在は個人蔵なので、おれもよく分かりません。
蜂須賀小六正勝+「家政」 @Hachisuka1526
あの遊技にでてくる浦島虎徹殿は池田家に伝わったもの。鳥取の池田家には池田由之殿という恒興殿の孫、元助殿のご嫡男がおりました。この由之殿に嫁いだのが、某の孫娘でございまする。蜂須賀、池田は親戚同士…虎徹殿も、もしかするとそのような縁で渡されたものかもしれませぬなぁ
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
鳥取池田家は息子、由之の家系かというとそうではなく、輝政の子の家系でね。由之は池田家の家老になっている。理由は、おれが死んだとき、由之はまだ幼く、池田の家督を輝政が継いだからなんだ。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
ちょっとややこしいんだけれど。由之が居た頃、鳥取藩を治めていた池田家は、浦島虎徹の伝わった鳥取池田家ではなく、岡山池田家のほうなんだよ。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
鳥取にはまず、おれの弟の長吉が入った。そのとき、輝政は姫路に入っている。 長吉の子の代に転封となる。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
まとめていないから時間掛かってごめんね。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
その頃の池田家は、姫路、鳥取、岡山を治めていた。 その頃、姫路を治めていたのは輝政の嫡男・利隆。岡山を治めていたのは利隆の異母弟の忠継。忠継が継嗣無く死去すると、忠継の同腹弟の忠雄が跡を継ぐ。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
姫路を治めていた利隆が若くして亡くなると、幼い息子・光政が継ぐことになる。 姫路は要所でね、幼い光政にはとても治められない。そこで長吉の子の長幸が治めていた鳥取へ移ることになる。その後、姫路には本多忠勝殿の息子・忠政殿が入った。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
ここで池田家は、岡山と鳥取の二つの藩を治めることとなる。 岡山には忠雄、鳥取は光政だね。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
岡山を治めていた忠雄が死去する。その跡を継ぐことになったのは、3歳の光仲。 岡山も、要所でね。幼い光仲には治められない。普通ならば改易になるところを、徳川家康様の曾孫ということもあるのか、当時、二十代半ばになっていた光政が治めていた鳥取と交換する形で国替えとなる。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
ここでようやく、いまでいうところの『鳥取池田家』と『岡山池田家』が、それぞれ鳥取と岡山を治めることになる。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
この説明、分かりにくいね…文章で説明するのは難しいな。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
池田宗家は輝政の嫡男、利隆の家系である岡山池田家。 一方、利隆の弟である忠継の家系である鳥取池田家は分家ということになる。 石高は鳥取のほうが多いけれど。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
それから訂正! このツイート( twitter.com/yuki_ikeda1559… )で、『忠継の家系である鳥取池田家』と書いたけれど、正しくは忠継の同腹弟の『《忠雄》の家系である鳥取池田家』です。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
利隆の母は、輝政の正室で中川清秀殿の娘・糸姫。 忠継の母は、輝政の継室で徳川家康様の次女・督姫。 だから鳥取池田家には、松平姓を許された者も居る。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
さて、最初の話に戻るよ。 この分かりにくい説明で理解してくれた方はいらっしゃるだろうか…。 かつて鳥取に居て、家政殿の娘御を室に迎えた、おれの息子である由之の家系は、岡山池田家の家老筋になるんだよ。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
あとで紙に系図を書き出してみようか。幾分かはマシになるかな。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
これで、少しは分かりやすくなったかな。 姫=姫路藩、岡=岡山藩、鳥=鳥取藩、だよ。 数字は何代目というわけではなく、この系図における順番を示しているよ。 図に書き損ねたけれど、光仲が鳥取池田家、光政が岡山池田家になるよ。 pic.twitter.com/Xjp5P5jD5I
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池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
これに蜂須賀家を加えると、こうなる。 pic.twitter.com/4ahWyM8gFO
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池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
鳥取池田家は蜂須賀家の血を引いていることになるね。途中、加賀前田家から養子を迎えるが、室が光仲の血を引いている。 しかし幕末は、徳川家から迎えた養子で迎えることになる。養子の室は池田の娘だけれど、忠継・忠雄の同腹弟・輝澄系の子だそうだ。
池田勝九郎之助 @yuki_ikeda1559
ちょっと関係のない話。大阪城の石垣にはたくさんの巨石が使われている。その巨石の中の、一番大きなものは忠雄が担当したものなんだ。と、いうより、大きい順で並べたとき、上位をほぼ占めている(*`・_・´*)! 『大阪城 池田忠雄』で調べると、詳しいものが出てくるよ。
NHK広報局 @NHK_PR
【お城ファンのみなさんへ】 今夜の歴史秘話ヒストリアは「なんでこんなに真っ白なの?~いよいよオープン!姫路城 今月27日にグランドオープンをむかえる国宝・姫路城。“白すぎるのでは?”との声も挙がる姫路城大天守の白さの謎に迫ります。総合22:00から。
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