天叢雲剣譚【1-5】
- sio_murakumo
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クルーザーに迫っている敵の艦載機――それは今までに見たことがないものだった。真っ白で丸い形、傍から見ればスポーツ用のボールのようだが、上部に角、下部には深海棲艦の砲と同じような口を携えていた。さらに今にも敵を屠ろうと言わんばかりに、血に染まったような紅い光を目にたたえている。
2015-03-27 23:53:54しかし未知の敵だからと言って臆するわけにはいかない。すでに敵は目の前にいるのだから――。 水面を蹴った私は、空中へと飛び上がる。だがそれだけでは届かない。高さを稼ぐために、私は次いでクルーザーの舳先を、最後にブリッジを三段跳びの要領で踏み込み、さらに高く空中へと飛び上がった。
2015-03-28 00:01:58徐々に白い艦載機と私の距離が縮まってゆく。しかし艦載機は私とすれ違うように、横を通り抜けようとしていた。その口元がニヤリと、してやったりと言わんばかりの歪んだ笑みのようにも見える。だが私も同じような笑みを浮かべているだろう。 それは私に先ほどの戦いで一つ学んだことがあったから。
2015-03-28 00:12:29このタイプ――口の中に武器を携えたタイプにはへ級のときと同じ方法が通じる、と。 私は両手で槍を持つと、タイミングを計って後ろに下げていた槍の柄を艦載機の口に引っ掛ける。 「墜ちなさいッ!」 力を振り絞って槍を振りぬくと、白い艦載機は野球のボールのように遥か遠方へと飛んでいった。
2015-03-28 00:17:37「やったわ!」 だが振りぬいた反動により空中で反転した私の身体は背中から落下していく。誰かが鬼気迫る声で叫んでいるが何を言っているのかわからない。切迫した状況のはずだが頭では、これが自由落下なのかなんて考えていた。しかし次の瞬間には身体がバラバラになるような衝撃が全身を襲った。
2015-03-28 00:23:11四肢を切り裂かれたような錯覚を覚える痛み。私は声にならない悲鳴を上げながら、口を動かす。全身を苛む痛みに視界は霞み、意識は少しずつ遠ざかる。本来なら水面に浮かぶはずの身体も、心なしか指先から沈み始めていた。これが、沈む感覚。真綿で首を絞められているようなそれが逆に心地よかった。
2015-03-28 00:36:44するとみんなが慌てて私を囲うように群がる。口々に何か言っているがまったく聞き取ることができなかった。私に構うよりヲ級を何とかしなさいよ――そう声にならない声を発して、私の意識は途切れた。
2015-03-28 00:40:05「どうしたの? 叢雲」 「……どうもないわ。ただ昔を思い出していただけよ」 鎮守府正面に海に面して作られたL字型の港。その出っ張りの先端にある白い灯台にもたれ掛り話す自分と少し背の高い女性。そして二人を眺めている自分。この奇妙な状況を見て、これが私の昔の記憶だと気付いた。
2015-03-28 00:40:43ということは横にいるあの人は……。 「昔のこと?」 「……こういう光を見ていると、嫌でも思い出すのよ」 記憶の中の私は灯台の白色灯の光を悲しみの籠った眼差しで見つめる。 「つまり軍艦として生きていたころの記憶ってこと?」 「ええ、そうよ」 「艦娘って過去のことも覚えているの?」
2015-03-28 00:46:37「はっきりとしたことは覚えてないわ。けど今の私は生まれていないはずなのに、断片的な記憶はある。……不思議よね」 溜息混じりに呟く私。そんな私に寄り添うように近づくあの人。 「……私はあなたの過去を詳しくは知らない。知っているのは叢雲が昔、何処で戦い、何処で喪われたか、だけよ」
2015-03-28 00:51:46「秘書艦なのに、それは薄情じゃない?」 「嫌じゃない。あなたの記憶を許可なく覗くみたいで。貴女達にもプライバシーはあるでしょう?」 「……それは、どうなのかしら」 「まあ、あるってことにしましょうよ」 ニコリと微笑むあの人。昔の出来事のはずなのに今でも一字一句鮮明に覚えている。
2015-03-28 00:58:34「それでそのことがどうかしたの?」 「……貴女って配慮があるのかないのか、よくわからないわね」 「そうかしら」 「まあいいわ。私はそのことについて、ある人に謝らないといけないのよ。せっかくこうやって人の身体を手に入れたのだからできることはやりたいの。この口で謝罪を伝えたい――」
2015-03-28 01:08:17「ふぅん……それでその人は? 艦娘になっているの?」 「風の噂で聞いたことがあるわ。それが何処の鎮守府なのか、本当にいるのか確認してないし、その術もないけれど」 「……そうなの。じゃあまずは出会うとこから、ね」 「そうなるわね。けどいつになっても構わない。必ず私はやり遂げるわ」
2015-03-28 01:14:36灯台の白い光を見上げしっかりと、決意を込めて呟く記憶の中の私。それを聞いてあの人はにっこりと笑ってこう言った。 「そう、じゃあ私はそのお手伝いをするわ。叢雲がその人となるべく早く会えるよう」 「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。でも資材を使い果たすのだけはやめなさいよね?」
2015-03-28 01:24:07「そこは大丈夫よ。万一そんな風に出会ったら、感動に欠けるじゃない」 「……それもそうね」 二人は顔を見合わせると優しく笑みを交わす。そして不意にあの人の顔が曇り、神妙な面持ちで呟く。 「しかし……不思議ね」 「何が?」
2015-03-28 01:28:22「もちろん貴女達のことよ。一度海に出れば兵器になり、陸に上がれば普通の女の子に戻る……普通では考えられないわ。正直言って、最初貴女たちをどう扱えばいいのかわからなかった」 「……」 「たまに考えるのよ。貴女達艦娘に言葉を、性格を、感情を持たせた意味は何のためだろうって……」
2015-03-28 01:33:13「そんなことずっと考えていたら身が持たないわよ」 「でも考えずにはいられない性格なの。もしかしたらこの戦いが進めば何かわかるのかもしれない、わね」 「あなたにはそういうの似合わないわ。とにかく今は、鎮守府を守らないと」 「それが最優先……よね」 「もちろんよ……きゃあっ?」
2015-03-28 01:39:37突如二人を、突風が襲う。季節は春と言えども、夜風はさすがに冷たいのだろう。記憶の中の私は身体を震わせる。 「寒いの?」 「べ、別に寒くないわ」 「仕方ないわね……はい」 そう言うとそっと着ていた上着をそっと羽織らせる。 「だ、大丈夫だってば!」
2015-03-28 01:49:18「気にしないの。さあ、夜風も冷えるし戻りましょう。明日も出撃でしょう?」 くるりと踵を返すあの人。その場に顔を赤らめて立ち尽くす記憶の中の私。 「まったくもう……」 掛けられた上着の端をギュッと握りしめ、記憶の中の私は誰にも聞こえない声でこう言った。 「ありがとう――提督」
2015-03-28 01:55:13「……っ!」 夢から無理やり引きずり出される、嫌な感覚で私は目覚める。最初に目に入ったのは白いタイルの天井だった。そして首だけを動かして周囲を観察する。目についたのは空のベッドとそれを仕切るカーテン。 「どうやら無事に帰ってきたみたいね……」 額の汗を拭いながらそう独りごちる。
2015-03-28 02:02:22どうやら相当寝汗を掻いていたらしく背中はじっとりと濡れていた。あまりの気持ち悪さに思わず身体を起こすが、その動作に身体中が悲鳴を上げた。 「痛いわね、まったく……」 痛みに身を捩らせながら、何とか上体を起こし、膝を伸ばしたままベッドに座る。するとそこに妙高がバタバタと現れた。
2015-03-28 02:07:03