2015年3月29日

推理小説批評についてのやりとり

興味をひかれた巽昌章氏のツイートの前後をまとめた。
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巽昌章 @kumonoaruji

推理小説評論家であったが絶賛開店休業中

巽昌章 @kumonoaruji

岡和田晃氏への応答――SFセミナー2014を経て niqui.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/s…

2015-03-29 12:34:43
巽昌章 @kumonoaruji

いまの仁木氏の見解が岡和田氏に当てはまるかどうかは問わない。私がリンクしたのは、推理小説を考えていても常に出くわす問題だからだ。私たちは世界を認識しようと努力することはできても、一気に世界を直視することはできない。だから、批評家が小説から読み取ることができるのは(続く)

2015-03-29 12:56:56
巽昌章 @kumonoaruji

世界をとらえたいという欲望の強度その作品における試行錯誤、結果として立ち現れる仮の世界イメージである。「セカイ系」とは、中間領域(社会)をすっとばして大状況(世界の危機)と小状況(キミとボク)を妄想的に直結させようとする志向のことだと私は考えてきた。だから、(続く)

2015-03-29 13:02:24
巽昌章 @kumonoaruji

セカイ系の特徴として社会の欠如を挙げることはいいとして、社会が欠如しているからダメだとセカイ系を批判するのは的外れなのだ。そうした批判には、仁木氏のいうように、ではそれまでの小説が中間領域をきっちり認識してきたのかという反問が可能である。いいかえれば(続く)

2015-03-29 13:06:51
巽昌章 @kumonoaruji

セカイ系であろうが、新本格であろうが、社会派推理小説であろうが、まず、世界を把握したいという欲望とその努力の有様を読み取ることろから批評は出発すべきなのだ。松本清張は社会を見据えていたが西尾維新には社会が欠けているといった言い回しは、しょせん俗論に過ぎない。

2015-03-29 13:10:44
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

文芸評論 博士(学術)日本映画大学准教授。編著『東日本大震災後文学論』『地域アート』震災文芸誌『ららほら』単著『新世紀ゾンビ論』『虚構内存在』『シン・ゴジラ論』『娯楽としての炎上 ポストトゥルース時代のミステリ』

d.hatena.ne.jp/naoya_fujita/

藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

.@kumonoaruji そこで、時々思うのは、現在では「探偵小説」(推理小説)は、本当に通俗なのかどうかです。ジャンルの歴史と発展の積み重ねで、世界にも稀に見る高度な達成をした一部の推理小説は、一般読者からすると「通俗」ではないのではないだろうか。

2015-03-29 13:03:10
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

.@kumonoaruji 逆に、「純文学」と呼ばれるジャンルの作品でも、綿矢りささんの『蹴りたい背中』とか、又吉直樹さんの『火花』のような、多分、多くの人が共感して読みやすいタイプの作品があると思うんですよ。従来の「高尚」「通俗」の分類でジャンル分けが、もうしにくいかな、って。

2015-03-29 13:04:36
藤田直哉@新刊『シン・エヴァンゲリオン論』河出新書 @naoya_fujita

.@kumonoaruji 高度化し複雑化した達成度の高い推理小説が、「高尚」かどうかはさておき、(ミステリとしての)芸術性は、高い、と一応見做すことにしておくと、「ミステリ」の内部でも、通俗な作品とそうでない作品があるという状況なんじゃないかなぁと。(どっちが良いかはさておき)

2015-03-29 13:06:08
巽昌章 @kumonoaruji

@naoya_fujita 推理小説の外部(たとえばいわゆる純文学)との関係としての通俗―高尚の問題と、推理小説内部での通俗ー高尚の両方が考察されなければならないことはおっしゃるとおりです。それは、推理小説の中の「本格」の位置取りの問題とも関連してくるでしょう。また(続く)

2015-03-29 13:38:22
巽昌章 @kumonoaruji

@naoya_fujita 現代ではそうした仕組みが壊れているのではないかというご指摘ももっともです。ただ、後者については、壁が壊れた!自由万歳!ということなのかどうか。われわれはまた別の空間的力学に縛られているのではないかという疑問は残ります。とりあえず、私自身の関心は(続く)

2015-03-29 13:41:24
巽昌章 @kumonoaruji

過去の推理小説をめぐる諸問題(たとえば乱歩の「通俗」性、清張の位置づけ、佐野洋らの革新志向)をこうした空間的なものとして分析することさえ、まだなされていないので、まずそれを意識するところまで戻らねばならないのではないかということです。

2015-03-29 13:44:30
岡和田晃_新刊『サンワード』が出ました @orionaveugle

著訳『掠れた曙光』『反ヘイト・反新自由主義の批評精神』『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷』『「世界内戦」とわずかな希望』『アゲインスト・ジェノサイド』、『ウォーハンマーRPG』『T&T』『エクリプス・フェイズ』向井豊昭関連、編「ナイトランド・クォータリー」『現代北海道文学論』『アイヌ民族否定論に抗する』『北の想像力』

akiraokawada.hatenablog.com

このツイートは権利者によって削除されています。
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巽昌章 @kumonoaruji

@orionaveugle 岡和田さんの抗議については一言もありません。私が考えたのは、清張のアクチュアリティをめぐる平野ー吉本論争や、新本格の現代性をめぐる笠井さんの議論の構図を、この議論から連想したということで、仁木さんの文章を一読しての荒っぽい把握に違いないし我田引水です。

2015-03-29 13:56:28
巽昌章 @kumonoaruji

@orionaveugle 消すべきかどうかは、仁木氏の意見が岡和田氏にあてはまるかどうかは問わないと断っており、非難として書かれたものでないことは文脈からもわかるはずです。ご批判の主眼は不勉強で我田引水で程度が低いという点だと思いますので批判をつけたまま残すでどうでしょう。

2015-03-29 13:57:57

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