スパイスを探しに#2

冒険者の二人がスパイスを取りにあるダンジョンを訪れたときの話です。そこには不思議な老人がいて…… #1はこちら http://togetter.com/li/798275 #3はこちら http://togetter.com/li/807614 #4はこちら http://togetter.com/li/809985 続きを読む
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(前回までのあらすじ:行方不明者が出ているスパイス工場へ潜入を開始した赤錆鎧の騎士ミェルヒと画家のエンジェ。二人は草の生える坑道の奥で、謎の老人と出会う。彼は通行料を払わねば進ませないという。通行料をしぶしぶ払うミェルヒだった)

2015-03-28 00:18:32
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――スパイスを探しに#2

2015-03-28 00:20:56
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ミェルヒとエンジェ、そして老人の3人は草をかき分けて進む。一見今までの坑道の風景と変わらない。鉄骨がむき出しの壁や天井。光を帯びた岩壁。草原のように草が密生する地面。しかし、そこに奇妙なものが加わった。草むらの地面に、粘着質の糸が現れたのだ。 34

2015-03-28 00:23:40
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糸はまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされている。ミェルヒの金属靴や、エンジェのブーツに絡みついた。ただ、動きが阻害されほど粘性は強くは無い。「この糸、何でしょうか」 ミェルヒは老人に質問する。「この工場に住み着いている化け物の仕業じゃ」 老人はそう答えた。 35

2015-03-28 00:28:04
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「化け物……それはいったい……」 ミェルヒの言葉を、老人は「静かに」のジェスチャーで遮った。「ここから先は声を静かに、動きをゆっくりにしろ。奴らが起きる」 老人はそう囁いた。ミェルヒもエンジェも、それに従って静かに老人の後についていく。やがて老人の言っていた意味が分かる。 36

2015-03-28 00:30:01
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3人の視線の先には……巨大な芋虫がいた。先程のカマキリと同じように、皮膚が半透明で近づかなければ分からない。しかし、近づくことでその丸太のような輪郭が分かるようになる。翡翠のような薄い緑をした芋虫が、雑草を牛のように食んでいるのだ。老人はゆっくりと歩み寄る。 37

2015-03-28 00:32:55
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老人は巨大芋虫に接近すると、ポケットからペンのような細長い管を取りだした。どうやらそれは吹き矢らしく、先を芋虫に向けて息を吹き込む。すると小さな針が飛びだし芋虫に突き刺さった。芋虫の動きが鈍くなる。丸太のような胴体のうねりが小さくなり、半透明だった皮膚が濃い緑になる。 38

2015-03-28 00:40:18
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それを見届けた老人は、ミェルヒとエンジェを招き寄せた。芋虫をよく観察する二人。芋虫は完全に眠っているか、麻痺しているようだった。「この辺りから奥に向かって、ゆっくり探索していこう。お前さんたち、行方不明者を探しに来たんじゃろ?」 老人はそう言って芋虫の足元を指差した。 39

2015-03-28 00:43:32
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そこには、冒険者の装備と思われる残骸がバラバラに散らばっていた。「こいつら、人を食うんですか?」 ミェルヒは驚きの声を上げる。「そうとも。こいつらは草ばっかり食っているように見えるが、人間だって食うぞ。糸を見ただろう。足元の粘つく糸じゃ」 そう言って老人は地面を指差す。 40

2015-03-28 00:45:38
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「奴らは常日頃から糸を吐いておる。それは、常に糸を吐かないと奴らの糸を作る内臓が破裂するからじゃ。それほどまでに高い生産力を持っておる。動くものを見つけると、凄まじい勢いで糸を吐き、動けなくなったら人間だろうが象だろうが食ってしまうんじゃ」 そう老人は解説した。 41

2015-03-28 00:47:40
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ミェルヒは坑道の奥に目を凝らす。すると、半透明であったが、たくさんの蠢く芋虫を見つけることができた。「なるほど、おじいさん、毒矢ではなく麻痺毒を使う理由は何です? 大きさは問題でないでしょう。この世には象を殺せる毒も……」 「金を節約しておるのじゃ」 42

2015-03-28 00:53:07
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「毒の調達が面倒でのう。この麻痺毒は農薬を加工して作れるが、殺傷性の高い毒はそう簡単には手に入らん」 ミェルヒとエンジェ、そして老人は同じ手順で芋虫の横を通り過ぎていった。老人は針が刺さらないよう注意しながら、手袋で針を回収する。毒液も十分あった。 43

2015-03-28 00:54:57
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やがてさわやかな草原は途絶え、坑道内部には異臭が立ち込めるようになった。広い坑道は、芋虫の群れと、丸裸の地面、そしてサッカーボールほどのフンが大量に転がる醜悪な世界に変わっていった。 44

2015-03-28 00:58:11
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老人を先頭にミェルヒとエンジェは芋虫の間を縫って進む。やがて、芋虫のいない場所が現れた。そこには巨大な機械があって、ワイヤーで足場が吊ってあるのだ。「ここは……」 「エレベーターじゃ。芋虫が嫌う薬品を撒いておる」 ミェルヒの疑問に老人が答える。 45

2015-03-28 20:36:33
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「エレベーター……操作方法は分かるんです?」 「もちろんじゃ」 老人は機械に近寄り、手際良く操作していく。ゲートが開き、足場に入れるようになる。「さぁ、乗るんじゃ。生存者はいないみたいじゃが、せっかく金を払ったんじゃ。手ぶらで帰るのももったいないじゃろう」 46

2015-03-28 20:39:22
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「そうですね、僕らはスパイスを手に入れるためにここに来ました」 「下層には少し残っておる」 ミェルヒは鎧をガチャガチャ響かせながら足場に乗る。ミェルヒはブーツについた粘つく糸を剥がして、後に続く。老人は最後に乗った。レバーを下げるとゲートが閉じる。 47

2015-03-28 20:42:46
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やがてエレベーターはゆっくりと下層に向かって降下していった。ミェルヒは疑問を口にする。「おじいさん、おじいさんなら虫をやり過ごしてスパイスを自由に回収できるように思えます。何故通せんぼしてお金をせびっているのですか? スパイスを売った方が金になるじゃないですか」 48

2015-03-28 20:48:28
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老人は寂しそうに言う。「工場の暴走は深刻なんじゃ。得体のしれない魔法の生き物がひしめき合っておる。ワシは何度も深層に潜れないか試した……だが、ワシの力ではどうすることもできなかった。スパイスは持ち帰ってもいいと言った。だが、簡単に持ち帰れるとは言っておらん」 49

2015-03-28 20:50:49
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「そんなぁ、おじいさんは僕らより強いのに、僕らがおじいさんにできないことをできるわけないじゃないですか」 「お主らと、ワシが別々であったならな。しかし、ワシとお主らが協力すれば話は別じゃ。しっかり働いてもらうぞ」 そう言って老人は笑った。エレベーターは静かに降下する。 50

2015-03-28 20:55:30
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「ワシはたくさんの従業員を抱えていた……そいつらも、危険で割に合わないこの仕事を止めて去っていった。そうして今は一人じゃ。自分一人ではスパイスは手に入らない。冒険者を雇う金もなく、通行料をせびる日々じゃ。工場さえ暴走しなければ従業員を全員養えたのにのう」 51

2015-03-28 20:58:47
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老人は寂しそうに続ける。「去って行ったものを恨みはせん。全てはワシが甘かった故だ。満足に金も払えないワシから逃げていくのはしょうがない話よのう」 やがてエレベーターは下層に辿りつき、大きな金属音を立てて停止した。開くゲート。やはり、草原の坑道が続いている。 52

2015-03-28 21:00:56
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「昔はこの工場にも夢があった。仲間がいた……」 老人の眼には、かつての工場の風景が映っていた。鈴なりに実をつけるスパイスが、坑道中に生い茂っていた。坑道の中央に渡された木道を行き交うのは、笑顔の仲間たち。老人の幻想は途切れる。今の坑道には、雑草が生い茂るのみだ。 53

2015-03-28 21:03:38