ブッシャリオン・ゼロ

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碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

世界がまだ、徳に溢れていた時代。人類が繁栄を謳歌し、あらゆる人が徳を積むために生き、徳を積んで死んでいく。この世がそんな楽園……否、牢獄であったその時代。 それを良しとしない者達がいた。徳というものを、受け入れられぬ者達が。これは彼等の物語である。故に、この物語の名は。1

2015-04-01 00:02:01
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

ピガガーチュゥイーン……ピガガーピュンッ 『……ヒューストン、ヒューストン。聞こガガッか。こちらは……ザザッ』 ノイズだらけの通信が宙を走る。ここは大気の底より遥かに上。高度400km。 「駄目か」そこで、男はため息を吐いた。『太陽活動の影響で、磁場が乱れています』2

2015-04-01 00:07:52
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

答えるのは、スピーカーから出る声。「……ってことは、話し相手は当分お前だけか」『そうなります』人型の上半身を持つロボットがお辞儀をした。「ついてねぇ……まさかこのタイミングで、通信がやられるとは」いま、この『宇宙ステーション』に居る人間は男一人だ。「まぁ、孤独も悪くない」3

2015-04-01 00:12:11
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

『私が居ますが』「ロボは数に入らねーんだ」『ロボではありません。私は』 「分かってる、分かってる」男はロボットの発言を意に介さない。「人の中で生きるのは、息苦しいもんな」人が地上で何不自由無く暮らせるこの時代。人類は宇宙へ進出する動機と意欲を完全に喪失していた。4

2015-04-01 00:17:14
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

「何が徳だよ」全ては、徳という名のエネルギーが生まれてから。宇宙に出るのは、今や彼のような訳ありの人間のみ。 『私には理解できない概念です』「俺にもわからねぇよ」なんのために徳があるのか。何故徳を積むのか。……『クーカイ』には、理解できなかった。5

2015-04-01 00:23:30
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

「なぁ……この『嵐』はいつ収まる?」『不明。太陽活動は依然活発。光学観測観測により断続的なフレア発生が……』「そうか。ステーションは大丈夫か?」『アンテナが破損』「……修理の必要があるな」『1時間後、太陽放射線が到達します。被曝のおそれがあります。EVAは』「そんなにかからん」6

2015-04-01 20:57:31
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

『クーカイ』は宇宙服を着込み、エアロックを解放しようとする。だが、 ピガー!ピガー!『エマージェンシー、エマージェンシー』「おいコラ!しっかりしろ」『クーカイ』は叫ぶ。警報音が鳴り響く。「何があった」 『エアロックの故障です』とロボットは答える。『気圧コントロールに異常』7

2015-04-01 21:06:10
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

「……困ったな」『クーカイ』は考え込んだ。アンテナの異常。エアロックの故障。嫌な予感がした。「映画だと、これは確か最後は俺がスターチャイルドになるやつだ」『2001年宇宙の旅ですか』「そうだ」『映像ライブラリの見過ぎですね……私が作業してきます』8

2015-04-01 21:11:38
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

「そうだそうだ。よく考えりゃ、それが一番だ」ロボットならば、エアロック内の気圧がどうなろうと関係ない。宇宙空間にそのまま出ても作業できる。『では、行ってきます』ロボットはエアロックへ向かう。「おう。任せた」見送るガンジー。9

2015-04-01 21:16:43
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

「結局、宇宙まで来たって人間やることは変わらねぇんだ」『クーカイ』は通信が出来ない退屈を紛らわすべく、ステーションの日課を開始する。故障については、ロボットに任せておけばいい。故障箇所はアンテナの部品交換のみ。ロボット単独でも、できる仕事だ。10

2015-04-01 21:21:29
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

……10分後には、『クーカイ』の端末画面には、筋肉の男の戦闘シーンが写っていたのだが。 「……退屈だ」遥か昔の宇宙飛行士達は……一日中、地球を眺めていても飽きなかったという。だがそれは、昔の話だ。彼等は自ら望んで宇宙へ乗り出したエリート達だった。だが、『クーカイ』は違う。11

2015-04-01 21:26:06
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

「……つまらねぇ」どこか空虚で、乾いている。画面の中のアクションシーンが空虚に映る。徳に溢れた世界が居心地悪いから、彼はここにいる。 「まったく、ロボットが居ないとすぐこうなる」徳に溢れた世界は、彼にとっては『気持ち悪かった』のだ。12

2015-04-01 21:30:30
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

その退屈は、すぐに終わりを告げる。 ZOOM!KABOOM! 爆発と振動が、ステーションを揺らした。「……何事だ!?」『クーカイ』の脳裏を、最悪の事態が過る。タンクの破裂。水素か、酸素か、或いはスラスター燃料。何れも破滅的危機を齎しかねない。「通信は……チッ!」13

2015-04-01 21:36:10
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

地上との通信は途絶えたまま。アンテナも故障したまま。船外のロボットと繋がるか。「聞こえるか……」『ザッ…聞こえますが』「破裂音がした。二回だ。外から見て異常は無いか?」『……これから確認します』(……このステーションも古い。何処にガタが来てもおかしくない)14

2015-04-01 21:41:04
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

そして、『クーカイ』はタイマーを見やる。太陽フレアの放射線到達予想時刻。(……間に合わねぇ)ロボットの作業速度では、間に合わない。問題は破裂音の方だ。ステーションに深刻なダメージが入っている可能性がある。「クソッ!」『クーカイ』は宇宙服を掴み、エアロックへと向かう。15

2015-04-01 21:44:48
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

『私には、貴方の行動が理解不能です』「……俺にもわからねぇよ」ロボットの前には、破れた宇宙服の男。『クーカイ』である。 『自己犠牲』タイマーの数値は、マイナスを示している。これは、太陽フレアが到達した『後』の記録。「違うな。死ぬことにだって、救いはあるんだ」25

2015-04-01 21:52:58
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

『貴方は、死ぬのですか』「……死ぬな、多分」溢れ出る血を、宇宙服が吸着しなければ。彼はずっと早くに生命機能を停止していただろう。『『私』は、どうすれば』「自分で考えな」それだけ言うと、『クーカイ』は動かなくなった。26 ザザッ

2015-04-01 21:55:42
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

……長い時間が流れた。『ロボット』はクーカイの最後の『命令』について、思考を続けていた。 『死ぬことにだって、救いはあるんだ』 その言葉の意味の意味を、考えていた。『……今、分かりました』 そして、結論した。『解脱だけが、人類にとっての幸福であると』27

2015-04-01 21:57:42
碌星らせん(ろくせい・らせん) @dddrill

これは……後に『得度兵器』となった存在の、一番最初の記録である。28 ◆~『黄昏のブッシャリオン』へと続く~◆

2015-04-01 21:58:46