1950年代のオーストリアHeimatfilmに見る幻想のオーストリア・ハンガリー帝国軍

第二次世界大戦後、ドイツに併合されていたオーストリアは再び独立を取り戻しました。 その時、失われた国の誇りを取り戻すために人々が必要とした幻想、それがかつての栄光の時代、オーストリア・ハンガリー帝国を舞台にしたHeimatfilm(郷土映画)と呼ばれる娯楽映画です。 そんな映画を見た感想ツイートをまとめました。
映画 オーストリア・ハンガリー帝国 heimatfilm
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はじめに

オーストリアで1950年代に作られたHemiatfilm(郷土映画、と訳されることが多いようです)といえば、多くがチロルやザルツカンマーグートなどの自然を舞台にし、民族衣装を着た登場人物が歌を歌う…というイメージが強い娯楽映画です。

しかしその中に、今はすでにないオーストリア・ハンガリー帝国時代、フランツ・ヨーゼフが統治した時代の、それも軍を扱ったHeimatfilmの一群があるのです。なぜ突然こんなニッチな映画が生まれたのか、そしてそれはどんな筋で、どんなものを見せてくれる映画だったのか。これはそんな該当映画作品を解説しながらご紹介するまとめです。


なぜこんなコスチューム劇が1950年代に沢山作られたのか?
しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
アメリカ映画の描写禁止コードであるヘイズ・コード(1930-68)は有名だれど、ドイツ併合下の墺映画会社(厳密には併合されているので「墺」と呼ぶのは間違いだろう。正確にはウィーン・フィルム社内規というべきか)内でもこれに類するちょっと特殊な自粛・禁止事項があった。(1941年)
しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
たとえば、「喫煙者、戯画化された教員、子供のいない夫婦、婚外子」の描写の禁止。これはまあ、併合元国家のイデオロギーを考えればわかる。さらに「ベルリンを否定的に描くこと、ベルリン方言を話す登場人物」の禁止も、オーストリア人がこれをどう描くかという「お約束」を知っていれば理解できる。

※この内規では「ベルリン」とありますが、要はプロイセンのこと。
オーストリア人がプロイセンやプロイセン人をどう扱うのが「お約束」なのか… ということは『K.u.K Feldmarschall』(墺洪軍元帥)のご紹介をお読みいただければお分かりいただけると思います。
『Ihr Korporal』(貴女の伍長)の下着店で働くドイツ人丁稚もこの「お約束」要員という扱いです。

しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
そしてここに「墺洪軍の制服」「ハプスブルク家の人物」を登場させることの禁止がくる。これらが「われわれ(ドイツ人とは違う)オーストリア人」というアイデンティティの拠り所だからこそ、併合下では禁止されなくてはならなかったのだ。これが戦後に墺洪軍ものHeimatfilmが登場した理由。
オーストリア・ハンガリー帝国軍ものHeimatfilmレビュー

その1

『Kaiserjäger』(皇帝猟兵)1956年作品

舞台はチロル。オーストリア・ハンガリー帝国軍のエリート部隊として知られたチロル皇帝猟兵。その演習に男装した貴族令嬢が陸軍幼年学校生として参加するというメルヘン。

しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
ああもう破れかぶれです。オーストリア・ハンガリー帝国軍で男装女性兵士を見たければ、みなさんこの映画を見ればいいんですよ。『Kaiserjäger』(1956) 彼女が着ているのはKadettenschuleの制服です。 pic.twitter.com/R0p9Ui3A5P
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
オーストリアの戦後映画は、自国のアイデンティティを取戻すための美化された昔物語から始まった。そんな墺洪帝国ものの隠れた秀作『Kaiserjäger』(1956)。伯爵令嬢が陸軍幼年学校生に男装してチロル山岳猟兵の演習に参加する話。 pic.twitter.com/TQIaRYXE9M
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
おじいちゃん!クリスマスにはこの洋服ダンス(の中身)が欲しいです!#クリスマスのお願いをしてみる 引用は毎度おなじみ『Kaiserjäger』(墺 1956)より、孫娘を陸軍幼年学校生にでっちあげようと思いつくおじいちゃん。 pic.twitter.com/Lq6ieMpMLc
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
昨日のオーストリア映画『Kaiserjäger』(1956) がえらくリツイートされてるんだけれど、これ、日本未公開作品なのです。すでに公開後50年過ぎてますから、文字放送字幕が手に入ればわたしが字幕作ってもいいけど、この時代のオーストリア映画は、第二次大戦期ドイツに併合されて…
しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
.@schnitzel_san …国としてのアイデンティティをめちゃくちゃにされた後で「でもこの国には古き良き時代=オーストリア・ハンガリー帝国時代があった」という神話を作り、それを杖として再び立ち上がろうとしたものなので、まったく批判精神のないKuK万歳脳天気オペレッタです。…
しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
.@schnitzel_san …そういう前提を理解して見ないと、退屈極まりないキッチュな映画…で終わってしまいます。ちなみに超有名なロミー・シュナイダーの『シシィ』三部作もこの時代の流れに沿って作られた「KuK神話」作品だということは言わずもがなです。

※この作品に限らず、現在ではほぼすべてのHeimatfilmがパブリックドメイン作品となっています。ですので、ここでご紹介した作品のほとんどはYouTubeなどで見つけることができます。

それにしても「字幕つくってもいいけど」などと偉そうですみません。一応文字放送テキストがあれば字幕翻訳は可能です。字幕の作法についてはまだ素人なのですが…。

オーストリア・ハンガリー帝国軍ものHeimatfilmレビュー

その2

『Hoch klingt der Radetzkymarsch』(ラデツキー行進曲よ高らかに響け)1958年作品

「ラデツキー行進曲」で知られるラデツキー元帥の副官とメイドの恋愛。そこに「働く女性(メイド)をからかうな」という隠しメッセージが見え隠れする。墺洪ものなのに公開当時の社会を反映した女性運動の影響が見えるような気がする、不思議なファンタジー。

※セルフツッコミになりますが、「墺洪軍」つまりオーストリア・ハンガリー二重帝国軍の成立は1867年。ですので1858年以前を舞台としたこの映画におけるオーストリア軍は正確にはまだ墺「洪」軍とはいえません。公開年がラデツキーの没後百年にあたったため、この時代に設定したものと思われます。

しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
懸案の仕事が一個終わったので、自主 Heimatfilm Stunde 開催。本日の作品は将校さんとメイドさんの墺洪ラブコメ『Hoch klingt der Radetzkymarsch』(1958)。おお、墺洪将校壁ドン!! pic.twitter.com/Am0K4X6Ry0
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
…と言いつつ、独密林から届いたHeimatfilmを観るのであった。これ、ラデツキーがまだ生きてた時代という設定なので、1858年前のはず。だから自分の制服知識だと「これ合ってるのか?」になることが多い。Hoch klingt der Radetzkymarsch (1958)
しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
この映画、すでにパブリックドメイン扱いなのでYoutubeでも観られるのですが( youtu.be/lWUhuv22laU )さすがに画像が荒く、制服の細部が分からなかったため、DVD購入と相成ったのでありました。そこか?! …そこだ!
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
この話の舞台は二重帝国成立前なので、わたしの知っている歩兵の制服とちょっと違う。歩兵連隊名プリンツ・オイゲンとあるが、58年以前には見当たらないので、諸々架空と観るべきだ。でもこのウエストの絞りのバックショットだけでご飯三杯はいける。 pic.twitter.com/nTFZJYt6tv
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
プリンツ・オイゲンは竜騎兵第13連隊で、歩兵じゃないしましてやウィーンにはいない(プラハ)。ちなみにこのKrispindl(ウィーン方言で細身の人の意)はBoy Gobert (1925-1986)。腰回りのシルエットがすばらしい。 pic.twitter.com/VbkfJtDq0s
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
@meme9630 Gobertは1950-70年代のオーストリア映画で、ダンディやスノッブを演じさせるときの定番俳優でした。なんというか、ひょろひょろふんわりした、ムードメーカー俳優です。今回経歴を調べて分かったのですが、ブルク俳優でした。(ドイツ語圏で最高級の舞台俳優レベル
しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
『カリ城』結婚式ではサーベルならぬ剣のアーチだったけど、わたしが最近ナイスだと思ったのは先日の『Hoch klingt der Radetzkymarsch』ラストシーン、オーストリア将校のサーベルとメイドさんの羽根はたきのアーチpic.twitter.com/CDDzUuxccX
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
それにしてもオーストリア製Heimatfilm をスクリーンショットと共にご紹介した時のみなさまの関心の高さには本当に驚かされます。そろそろこれらの映画を体系的に日本に紹介する需要があると思いたいんですが。単発の作品翻訳ではなく、成立の背景までを含めた紹介の…。
オーストリア・ハンガリー帝国軍ものHeimatfilmレビュー

その3

『Die Deutschmeister』(ドイッチュマイスター)1955年作品

オーストリアHeimatfilmの金字塔、『Sissi』と同年に公開された、オーストリア行進曲の名曲誕生秘話……というスタイルのメルヘン。
田舎娘がウィーンで粋な将校さんと恋をする…というパターンは、シュニッツラーの頃からのオーストリア文芸の定番。ただしシュニッツラーとは違って、Heimatfilmならハッピーエンドが待っています。

しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
今日のHeimatfilmは『Die Deutschmeister』(1955)。墺洪軍マーチのブラス演奏では定番のDeutschmeister-Regimentsmarschの成立秘話という筋立てで、作曲者ユーレクをめぐる物語。 pic.twitter.com/70K9ldxVek
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しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san
実はキャストがあの『シシィ』(同年公開)と丸かぶり。主人公はロミー・シュナイダー、主人公の伯母はシシィでルドヴィカ役、伯母の崇拝者である宮廷顧問官はシシィでコミカルな警官を演じていたヨーゼフ・マインラート。別人のようなステキ貴族ぶり。 pic.twitter.com/kIjdp5UaDu
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コメント

うすらカバ2号機 @usurakaba2 2015年4月4日
ハンガリーってさ、もしかして美男は細身であるべきみたいな価値観ない? ハーリ・ヤーノシュのダンスとか見ると、踊ってる軍人役の人みんなほっせーんだよね。
うすらカバ2号機 @usurakaba2 2015年4月4日
字幕……期待……ちらっちらっ
こざくらちひろ @C_Kozakura 2015年4月4日
『うたかたの恋』はここに混ぜちゃいけないんですかね。
こざくらちひろ @C_Kozakura 2015年4月4日
でもまあ、ルドルフ以上に父親のフランツ・ヨーゼフのプライベートのほうが圧倒的に物語性があるんです。こういう映画に字幕をつけるくらいなら、私の手持ちの『Briefe』(フランツ・ヨーゼフが妻エリーザベトに送った書簡集)の上下巻の翻訳をお願いしたいところです。
kartis56 @kartis56 2015年4月25日
ちょっと調べてみたのですが、年代によって階級章の色が違うようです。 http://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Rank_insignias_of_the_Austria-Hungarian_Army
kartis56 @kartis56 2015年4月25日
特務曹長とか准尉は准士官の呼称なので、Stabsfeldwebel は上級曹長のほうがよさそう。 http://en.wikipedia.org/wiki/Austro-Hungarian_Army これのNon-Commissioned Officersのところの Kadett-Feldwebelから下のは、またちょっと違うっぽくて
kartis56 @kartis56 2015年4月25日
予備士官のシステムが変化したので矛盾とかあってややこしいよって書いてあるけど、面倒で少ししか読んでない。 http://www.austro-hungarian-army.co.uk/kadett.html
しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san 2015年4月25日
kartis56 軍事についてお詳しい方の助言、本当に助かります。感謝いたします。「特務曹長」というのはわたしもずっと引っかかっていました。この場合、Stabsfeldwebelはご指摘通り「上級曹長」のほうがふさわしいと思います。墺洪軍の階級章や軍服の大幅な変更は1914年の開戦以降になります。Heimatfilmが扱うのはそれ以前なので、この図表もその時代に限定して考えています。ありがとうございました。
しゅにっつぇる (和名:揚げたビーフ) @schnitzel_san 2015年4月25日
C_Kozakura お答え遅くなって申し訳ありません。ここで定義するHeimatfilmは1950年代にオーストリアで作られた映画に限定しております。『うたかたの恋』(Mayerling)は1936年のフランス映画、そのリメイクはアメリカで1957年と1968年に作られています。実はオーストリアにも50年代に作られた皇太子ルドルフものが一作あり(Kronprinz Rudolfs letzte Liebe, 1956)鑑賞済みですが、墺洪軍ものというわけではないので今回は除外しました。