即興童話・カルタドールの修繕屋

深夜に即興で書いたお話です。
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さささ @sasasa3397

「カルタドールの修繕屋に行ってみるといいよ。何でもたちどころに直してくれるから」そう言われた青年は、きょろきょろと旧い街並みを見回していました。白い壁と茶色の屋根。大昔に揃いで建てられたかわいらしい建物が並びます。裏手に回って少し探すと、ようやく目当ての店が見つかりました。

2015-04-04 03:13:38
さささ @sasasa3397

その店には『カルタドールの修繕屋』と傾いで文字の薄れた看板が掛かっていて、曇った窓ガラスの向こうには何やら雑多な物が沢山積み上げられているようでした。青年はひとつ深呼吸をして、古びたドアノブをかちゃりと回しました。「いらっしゃいませ」すると、中から声がします。

2015-04-04 03:15:58
さささ @sasasa3397

店の中は、外から見たよりもずっと沢山の物がありました。人形に振り子時計。食器。楽器。埃っぽいような、少し懐かしいような匂いの中、それらは静かに佇んでおりました。「何か修繕がお入り用でしょうか?」そう話しかけてきた店主は不思議な人で、青年と同じほどにも、老人のようにも見えました。

2015-04-04 03:18:55
さささ @sasasa3397

「ええと、このオルゴールが鳴らなくなってしまって」青年は、大事に抱えていた包みを取り出します。蓋に薔薇の花が彫られた、木製の箱。蓋を開ければ綺麗な音が流れ出すはずだったのですが……。「久しぶりに鳴らそうと思ったら、うんともすんとも言わなくって」「成る程」

2015-04-04 03:21:36
さささ @sasasa3397

店主は、失礼、と箱を手に取り、軽く揺さぶりました。かちゃかちゃ、と小さな音がします。「わかりました。中身を見ますのでね、少々お待ちください」そうして、軽やかな手際でさっさっ、と箱を開け、虫眼鏡で眺め、ピンセットで何かを挟み、何かを代わりに入れ込み……。「出来ました」

2015-04-04 03:24:59
さささ @sasasa3397

青年はあっと驚きました。あまりに修繕が早く終わってしまったからです。「外れた部品を新しく入れ替えただけですからね。ちょうど在庫がありました。……そして」店主は、小さな紫色のガラス瓶を取り出します。よく見ればそれは、やはり薔薇の花があしらわれた香水瓶なのでした。

2015-04-04 03:27:12
さささ @sasasa3397

しゅっ、とひと吹き。オルゴールがかぐわしい薔薇の香りに包まれました。青年は呆気にとられます。「さあ、どうぞ」螺子を巻いてください。店主はそう促しました。青年は、甘い香りの染み付いた箱を手に取り、きりきりきり、と螺子を巻き、箱を思い切って開きました。すると。

2015-04-04 03:29:49
さささ @sasasa3397

『お母さん、これなあに』子供の頃の青年が言いました。『それはオルゴールよ。ほら』まだ若い母親が、きりきりきり、と螺子を巻き、箱を開いて見せます。すると、甘やかなメロディが流れ出しました。『これはね、私の一番好きな曲よ。お父さんがプレゼントしてくれたの』父は去年亡くなっていました。

2015-04-04 03:32:18
さささ @sasasa3397

『すごくきれい』『そうね。お前が大きくなったら、これをあげましょうか。お嫁さんにあげてもいいものね』『お嫁さん』難しい顔をして考えます。彼は幼くて、まだ自分にお嫁さんが来ることなど想像もできませんでしたから。『大事にするのよ』優しい手が髪を撫でます。『うん!』

2015-04-04 03:35:02
さささ @sasasa3397

はた、と青年は我に返りました。オルゴールは螺子が切れかけ、最後の音をゆっくりと奏でていました。頰には、一筋の涙。ここは、子供の頃を過ごしたあの家ではありません。古びた奇妙な修繕屋です。でも、今の幻はあまりにくっきりとしていました。「……その、すみません。母の、形見なんです」

2015-04-04 03:37:49
さささ @sasasa3397

店主は軽く頷きました。「一昨年亡くなって、それで、そのまましばらくこれも開けてなかったんですけど……」ついこの間のことです、中を開き、故障に気がついたのは。「……ご結婚、なさるのですか」「はい」青年は背筋を伸ばしてそう答えました、「これを、あげたいと思ってて」

2015-04-04 03:41:06
さささ @sasasa3397

「きっと、お喜びになることでしょう」店主は優しく頷きます。立ち込めていた薔薇の香りは、いつの間にか微かな残り香に。青年は、びっくりするほど安い修繕代を払い、軽い足取りで店を出て行きました。そして一度振り返ると、修繕屋は家々に紛れ、どこにあったかまるでわからなくなっていました。

2015-04-04 03:43:45
さささ @sasasa3397

青年は、石畳の道をずんずん歩いていきます。オルゴールは落とさないよう、細心の注意を払って。すると、道端でしくしくと泣いている子供が目に入ったのです。青年はしゃがんで、どうしたの、と尋ねました。「あのね、お人形が壊されちゃったの」子供はしゃくりあげながら答えます。

2015-04-04 03:45:55
さささ @sasasa3397

傍には、腕のもぎ取られた人形が哀しげに転がっていました。いたずらっ子の仕業でしょう。「ママの作ってくれた人形なのに」「お母さんに直してもらったらどうだい」「ママ、もういないの」青年は人形を見、子供を見、そうして、しばらく考え……。

2015-04-04 03:48:23
さささ @sasasa3397

「カルタドールの修繕屋に行ってみるといいよ。何でもたちどころに直してくれるから」そう言って、にこりと笑ったのでした。

2015-04-04 03:48:55