40年後のすかたん列車 フランス編+オランダ・ベルギー編補足

「私は大阪市電の運転手だった」でどこの運転手とも気安く話す吉谷和典氏の旅行記すかたん列車から30~40年。フランスの話。
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Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
昨年、ベルギー・オランダについて変化を取り上げた吉谷和典氏のすかたん列車。今回はその補足とフランスについて。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
すかたん列車中、欧州は1:1972年11月、2:1975年8月、3:1977年8月、4:1982年6月、5:1984年5月の5回。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
フランスは5回とも訪問。5回ともパリに宿泊する話が出ている。 なお1,3,4,5でオランダに、2,3,4,5でベルギーが登場。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
1で滞在したアストラホテルは星が3から4に増え、現在も営業中。 astotel.com/hotel/1-astra-…
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
2~5の定宿、テルミナスノードホテルも営業中。アコーホテルズグループとなり、メルキュールブランドを冠している。 accorhotels.com/gb/hotel-2761-…
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
3で滞在したnewホテルも健在。なお、利用時は部屋に風呂トイレなしだったが、現在は全室シャワーとトイレは備わっているようだ。38年も経てば変わるということだろう。 newhotelparis.com
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
5で利用したPicardy Hotel(Piccadyと文にあるが、誤記ないしは誤植と思われる)も営業中。 hotelpicardy.eu
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
1ではかつてパリの地下鉄にあった入場制限ドアのことが書かれている。駆け込み乗車を防ぐために通路に設置されていたとのことだが、現在は全く見かけない。代わりにホーム部分に日本同様のホームドアが順次設置されている。と言っても完全設置はまだ先だろう。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
1には1等車の話もある。これは1991年に廃止された。1等車と言っても座席指定でもなく、若干内装に高級感を出した程度だったようだ。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
国鉄の急行地下鉄RERの乗車記にオベール駅の球形売店の話が出ている。下記サイトに出ているような形をしていたようだ。現在は撤去されてショースペースに使われたり、別の売店が設けられたりしている。 astudejaoublie.blogspot.jp/2014/05/paris-…
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
RERの券売機が複雑でボタンが多数付いている旨が1に示されているが、これも今はメトロやバスとの共通券も買えるタッチパネル式になった。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
ラ・デファンスの新都心も1の当時は寂しいビルと工事クレーン、バスだけの様子だったようだ。新宿副都心の初期のような感じだったのだろう。現在は人が行き交う新都心として機能している。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
SNCFのアンヴァリッド駅は1ではまだ終点で近郊電車のみの発着となっていた。現在のホームの南側にホームがあった。建物は当時からエールフランスが使用しているが、これは今も変わらない。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
話に出てくるメリディアンホテルは現在も健在。 lemeridienetoile.com
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
3ではゲントのシント=ピーテルス駅界隈で撮影を行っている。駅前には4,22の2系統が発着とある。現在は1,4,22の3系統が発着しているので系統の再編があったと思われる。 tundria.com/trams/BEL/Ghen…
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
ゲントとアントワープの間は旧型の国電で50分とある。現在のsncbの検索ページで調べると最速で56分。1999年春のトーマス・クック時刻表では51分(停車時間を含む)のでスピードダウンしている。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
昨年5月に同区間を乗車した際はベーフェレン経由の複線短絡ルートで50分程度で本年の乗車時はプールス経由の単線迂回ルートで1時間程度だった。検索すると迂回云々という情報はなかったが、工事等で適宜迂回、ということなのだろうか。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
1ではシャルル・ド・ゴール空港が開港前でロンドンのヒースロー空港からオルリー空港へ到着している。3では羽田(成田開港前)、4では成田からシャルル・ド・ゴール空港(ターミナル1)に着いている。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
ターミナル1とRERのターミナル1駅との連絡鉄道CDGVALは開通前なのでいずれも無料バスで駅に向かっている。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
オルリー空港もOrlyvalはなく、バスでパリ市内に向かっている。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
3,4ともRER B線が南北直通運転をする前であり、特に4はパリ北駅でホーム上乗り換えをしていた時期なので乗り継ぎをする様子が描かれている。今は直通運転をしていて、その時期の名残があまり感じられなかった。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
5ではリールからパリへTEEヴァトーで移動し、道中食堂車で食事を採っている。この列車は当時リール近隣からパリに向かう2時間強の国内列車だが、食堂車を営業していたことが分かる。なお食堂車は18時2分発という時間帯の良さもあってほぼ満席だったようだ。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
現在のリール・パリ間のTGVではビュッフェ非営業であった。1時間の乗車時間になり、リールの駅横に食品スーパーやファストフード店を多数有した巨大ショッピングモールがある時代、この程度の区間では食堂車はいらなくなったのだろう。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
TGVは4で登場している。この段階では最高時速260km。5では270kmにアップしているが、ストライキで乗れなかったとある。現在は320kmである。なお、TGVではストライキに会わなかったが、ゲントでは市電/バスがストライキで半分程度に減っていた。
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009
凱旋門は1で出ているが火曜日はエレベーター閉鎖中とある。登っていないようである。現在は一部休日を除き無休でエレベーターは障害者、高齢者用となっているが当時がどうだったか不明。
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