中森明夫氏による「KAGEROU」評

『アナーキー・イン・ザ・JP』著者中森明夫氏による『KAGEROU』レビュー
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中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

『KAGEROU』読了。これはひどい! と思った。文章はひどい、比喩は陳腐、人物描写は平板、セリフは凡庸、構成は粗い…よっぽど途中でやめようかと思った。これがポプラ社小説大賞? ありえない! これが大ベストセラー? ふざけんな! 真面目に小説書いてるのバカらしくなった。

2010-12-17 23:54:10
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

それでもなんとか最後まで読み通した。結果…びっくりした。意外だ。なんと…感動した。正直に告白する。涙がこぼれた。近年、読んでもっとも心を動かされた小説の一つだ。このツイートをするかどうか随分、迷った。でも、いいや。…えいや! っと、やってやれと思った。

2010-12-18 00:02:44
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

最初に断っておきます。これはまったく私の個人的な感想です。文学としてどうかとか、賞に値するかとか、そういうことは知りません。ちゃんと書店でお金を払って買った一読者であり、かつ自身も小説を出版した新人作家として(そしてアイドル評論家として)の感想です。

2010-12-18 00:11:02
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

思いっきりネタバレなので注意! ストーリー。40歳の男が借金に追われ自殺しようとする。止めたのは臓器移植団体の職員。男は自分の全臓器・身体を提供する代わりに家族にお金を遺す。病院に収容され、自分の心臓を提供することになる20歳の女性と出会い、一時の逃避行。

2010-12-18 00:17:07
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

…てなストーリーはどうでもいい。私が注目したのは心臓を失った男が人工心臓を埋め込む設定。なんとそれが…ゼンマイ仕掛けなのだ! ありえない!? 大ブーイング。わずかに肯定的評価してる大森望氏でさえ呆れていた。つまり映画化してもゼンマイ仕掛けの心臓のシーンはありえないでしょうと。

2010-12-18 00:22:00
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

KAGEROUネタバレ注意! …寝転がって読んでた私が、起き上がったのはこの場面だ。機械装置に繋がれてた男が機械を引きちぎり自らのゼンマイ仕掛けの心臓のネジを巻きながら、見そめた二十歳の美少女と逃避行、穴に潜りこんで愛を語る。この場面で不覚にも涙がこぼれた。

2010-12-18 00:25:15
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

断言しよう! 『KAGEROU』は水嶋ヒロの私小説だ。巨大な機械に繋がれてかろうじて生きていたのは芸能人としての彼自身だ。病を患う二十歳の美少女は絢香そのものだ。彼女との想いを遂げるために彼は巨大な機械(=芸能プロ)から自らの身体を引きちぎった。それは自らの命を賭した決断だった!

2010-12-18 00:32:50
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

そう気づいてから私はずっと泣きっぱなしだった。泣きながら『KAGEROU』を読んだ。病の少女・絢香と結ばれた瞬間から水嶋ヒロは芸能プロから仕事を干された。芸能人としての彼はその生命をおびやかされた。比喩ではない。おそらく彼は自殺を考えたのではないか? もしや絢香との心中も…。

2010-12-18 00:43:07
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

なぜ断言できるか? 私自身がそうだから。私は水嶋ヒロとよく似たタイプだと思う。自信家で一見、楽天的…。そういうタイプの男が追い込まれて自殺を考えた時、どうするか? 冗談を言うのだ。『KAGEROU』に散見されるダジャレ、腰くだけギャグがその証拠。あれは必死の男のギャグだ。

2010-12-18 00:50:51
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『KAGEROU』の評でもっとも批判的なのは書評家の豊崎由美さん@toyozakishatyouのもの。その豊崎さんが唯一、評価するのは主人公がゼンマイ仕掛けの心臓のネジを巻き忘れないこと。さすが豊崎社長! たしかにあの場面は感動的だ。…なぜか?

2010-12-18 00:58:19
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

追い込まれた水嶋ヒロが必死で自らのハートのネジを巻きながら書いたのだろうから! 穴に逃げ込んだ男のゼンマイ仕掛けの心臓のネジを少女が巻いてあげる場面。そこで不覚にも私は涙を流した。まぎれもなく水嶋ヒロと絢香が互いを励ましあい、なんとか生き延びようとするその姿が浮かんだ。

2010-12-18 01:02:21
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『KAGEROU』はひどい小説だと非難されている。文学の名に値しないとも言われる。その受賞は出来レースとも疑われている。しかし…。これだけは言いたい。人気スターである青年がすべてを投げ打って愛する女性と生き延びるために本気で書いた小説なのだ! その「本気」に撃たれた。

2010-12-18 01:09:45
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水嶋ヒロが小説を書いていた頃、私もまた小説を書いていた。私の『アナーキー・イン・ザ・JP』は『KAGEROU』の百分の一の売り上げにも達しないかもしれない。それでもその「本気」では負けていない。だからこそ彼の「本気」もよくわかる。伝わってくる。本気で小説を書いたものどうしとして。

2010-12-18 01:23:56
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

『KAGEROU』は再生の物語だ。主人公が一度死んで甦るように、俳優・水嶋ヒロもまた死んで作家・齋藤智裕として再生を果たす。そんな祈りがこめられている。かげろうという名の昆虫が短くもはかない命を生き、次代に生命を託すように。

2010-12-18 01:36:23
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

『KAGEROU』を読み終わってわかった。水嶋ヒロは(物語中の)ヤスオであり、齋藤智裕はキョウヤなのだ、と。これは一度死んで、生き延びる男の物語だ。よくできた小説や良質の文学を求める読者にはお薦めしない。今、自らのハートのネジを巻いて必死で生きている人にこそ薦めたい。

2010-12-18 01:46:58
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補足です。『KAGEROU』には個人的に感動しましたが、小説としては失敗作だとは思います。あくまで小説としての完成度を求める方にはお薦めしません。失敗の理由は多々ありますが大きいところを指摘しておきます。医学用語を駆使して中途半端にリアリスティックにしているところ。

2010-12-18 05:41:30
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

そのためゼンマイ仕掛けの人工心臓が出てきた時点で「ありえない!」と思ってしまう。私はゼンマイ仕掛けの人工心臓のほうを活かすべきだと思う。この小説の魅力はそちらにある。そのため医学用語や中途半端にリアリスティックな部分は捨てて最初からファンタジーとして描くべきだった。

2010-12-18 05:44:40
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

著者の齋藤智裕氏はカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』に影響を受けていると思いますが、カズオの件の作品では医学用語がほとんど出てきません。最初からシチュエーションのアイデア一発勝負で(SF作品ともなりえたものを)あくまでファンタジーとして押しきっています。

2010-12-18 05:49:49
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

映画化した場合、ゼンマイ仕掛けの人工心臓の場面はありえないとの指摘があります。これはティム・バートン監督の『シザーハンズ』のような映画にするべき。ジョニー・デップが両手がハサミになった青年の悲喜劇を好演して感動させた。私がファンタジーにするべきとはそういう意味です。

2010-12-18 05:56:09
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『KAGEROU』を文学に近づけるにはシュールなシチュエーションを最大限に活かし、かつ描写の精度を上げる鍛錬が必要。ラテンアメリカ文学が参考になる。作家・齋藤智裕さんにはコルタサル短篇集『悪魔の涎・追い求める男』(岩波文庫)の一読をお薦めします。

2010-12-18 06:04:18
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

私は『アナーキー・イン・ザ・JP』という小説を先頃出版しました。二年間かけて他の仕事を断っての小説執筆は相当の覚悟と労力を要した。経済的にも苦しかった。小説について本気で考えている人間の一人だと思います。そういう人間が『KAGEROU』をちゃんと評するのは意味があると考えました。

2010-12-19 13:52:14
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

読者は自由に作品を評する権利がある。しかしプロの目にしか見えないこともあります。『KAGEROU』は高額賞金の小説賞を受賞し、しかも受賞者が有名俳優であったためベストセラーが約束されていたような作品です。それですごく優遇されているように言われる。が、私の目にはそう見えません。

2010-12-19 13:57:36
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

本を出版する工程。刷り出した原稿をゲラと呼び、それを直す作業を最低三回はやります(三校)。著者、編集者、校正者、校閲者があたる。主に校正は文字や表記、校閲は内容の間違いをチェックする。『KAGEROU』がそれをちゃんとなされていたか正直、疑問に思います。

2010-12-19 14:03:47
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

232頁の間違いにシールを貼られたことが話題になっています。40万部もシール貼り!? しかも間違いの内容を知って仰天しました。三校を経て印刷されるまでこの間違いに気づかないなんて絶対にありえないことです。編集者、校閲者はまともに原稿を読んでいたのでしょうか?

2010-12-19 14:09:20
中森明夫☆新著『推す力』11月17日発売 @a_i_jp

『KAGEROU』には直すべき間違いが多くある。ラストで紹介される人物は「現在は看護学校に通学」とあるのに「職業・無職」とある。「職業・看護学生」でしょ!(その前の前の人物は「職業・高校生」となってるから学生が無職じゃない)。こんなのは編集者や校閲者が直してあげるべき。

2010-12-19 14:14:10