天叢雲剣譚【2-1】

天叢雲剣譚【2-1】です。新たな提督がやって来た潮岬鎮守府、その未来とは――。
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天叢雲剣譚 @sio_murakumo

ゴロリ、とベッドで寝返りをうつ。同室の初雪は任務に出ているせいで部屋には私しかいない。借りていた本も読み終えてしまったため、することも無くなってしまった。ただベッドの上をゴロゴロと数度往復する。このように暇になることがなかったため、時間の潰し方がわからないのだ。 「暇だわ」

2015-04-11 23:36:38
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

ポツリと呟くが返事が返ってくることは無い。はぁ、とため息を吐いてから天井を仰ぎ見る。私がここまで暇になってしまった原因ははっきりしていた。 先日この潮岬鎮守府に着任した鶴木、アイツのせいである。 それまで提督のいなかった鎮守府を最初期の艦娘である私が取り仕切っていたのだが――。

2015-04-11 23:44:21
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

文字通り提督が来てしまった(私は認めていないけれども)以上、その権限を委譲しなければならない。そのため提督としての権限を失った私は再び普通の艦娘として生活を送ることになったのだ。このように自分の時間を持てるというのは非常にありがたいのだが、今のようにありすぎるのも困りものである。

2015-04-11 23:53:35
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「何かないかしらねぇ」 その欲望剥き出しの言葉に反応してなのか、天井にあるスピーカーからノイズ混じりのチャイムが流れると、続いてキーンというハウリング音が室内に響く。それが治まり聞きたくもないアイツの声が流れてきた。 「特型駆逐艦叢雲、至急執務室まで来なさい」

2015-04-12 00:03:09
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「やれやれ……一体何の用なのかしら」 ベッドからスルリと降り、少し乱れた服装を直しながら足早に部屋を出る。私の部屋から執務室はそう遠くないため、ものの一分もしないうちにその前に着いていた。コンコンコンと三回、短くノックしてから部屋へと入る。 「失礼するわ……ってあら?」

2015-04-12 00:15:11
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

執務室の窓際、鶴木がいる提督机の前に見たことのない人が二人立っていた。二人は部屋に入った私に視線を投げかける。一人は栗色の髪に、緑を基調とした服。体格からしておそらく軽巡だろう。 そしてもう一人、彼女は服装、雰囲気共に見覚えがあった。そう――伊勢と同じだ。

2015-04-12 00:21:17
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「紹介するよ。本日付けで当鎮守府に来た戦艦日向と軽巡大井。詳しい紹介は本人からお願いするわね」 鶴木が促すと二人はこくりと頷いた。 「では私から。球磨型軽巡洋艦四番艦の大井です。魚雷の扱いなら任せてください」 「軽巡、大井ね。私はここの秘書艦、叢雲。これからよろしく頼むわ」

2015-04-12 00:32:12
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

スッと手を差し出すと、大井は同じように手を出して私のを握り返す。短い握手を終えると、待っていたもう一人――おそらく伊勢型の彼女が口を開こうとした、そのときだった。 扉を隔てた向こう、廊下からバタバタと慌ただしい音が聞こえたかと思うと、バーンと執務室の扉が開かれる。

2015-04-12 00:45:56
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「ひゅーがー! 待ってたよー!!」 普段では見られない俊足で抱き着く伊勢。しかし日向は表情を崩さずに応じる。 「伊勢、落ち着け。皆が驚いているだろう」 「えー、だって日向が来るって聞いてたからさー。仕方ないじゃん」 「だからといって、抱き着くのはどうかと思うぞ」 「えー」

2015-04-12 01:05:04
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

頬を膨らませて伊勢はぷりぷりと怒るが、日向はまったく意に介さない。それからも伊勢は何度も構って欲しそうにしていたが、日向がそれに応じることは無かった。 「それで伊勢、せっかく日向と大井が来たことだし、この鎮守府を案内してもらってもいいかしら? 長良も呼んでいるから二人で頼むわ」

2015-04-12 01:28:03
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「わかりました。それではいってきます。行きましょう、日向、大井!」 「何でいきなり馴れ馴れしいんですかね……」 大井は少々不満げな表情を浮かべながら、やれやれといった様子で伊勢についていった。執務室には鶴木と私が取り残される。 「……また妙なのが来たわね。先が思いやられるわ」

2015-04-12 01:28:32
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

はぁ、とため息に似た何かを吐き出す。しかし私と違い、鶴木はニヤニヤと満足げに三人が出ていった扉を未だに見つめていた。 「ふふ、いいじゃない。個性豊かで見ているには申し分ないわ」 「……アンタ、その皆を纏めないといけないって自覚はあるのかしら?」 「あらら、失礼ね。もちろん」

2015-04-12 01:35:52
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

にこにこと笑顔を絶やさずに鶴木は話す。この鎮守府に来てから変わらないいけ好かない表情に、私はいつも通り苦虫を噛み潰したような顔を浮かべているのだろう。 「それで、私を呼んだ理由は何なのかしら。まさかあの二人を紹介するだけ?」 「それならちゃんとした用があるわよ。はい、これ」

2015-04-12 01:44:43
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

鶴木は机の上に置かれていた一枚の資料と思しき紙をペラリと目の前に差し出した。それを受け取りざっと目を通す。 「……大規模作戦? どういうことなの?」 「読んで字の通り。近々そこで呉、舞鶴本営合同の深海棲艦掃討作戦が行われるそうよ。そこを根城にしているとかしていないとか、でね」

2015-04-12 01:49:53
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「なるほどね。それでこの紙を見て、私はどうすればいいの?」 「心の片隅にでもしまっておいて頂戴。未確定の要素も多いから。だけどいきなり言うのもあれだし、ある程度の覚悟はして欲しかったから」 「わかったわ。しかしこの辺鄙な鎮守府によく声が掛かったわね」 「そりゃあ私ですからね」

2015-04-12 01:58:40
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

ふふんと鼻を鳴らして椅子の上で踏ん反りかえる。その言葉に疑問を覚えた私は鶴木にこう問いかけた。 「どういうことよ?」 「文字通りの意味。これでも大本営からは一目置かれているのよ? だから日向と大井も配属されたし、大規模作戦参加にも声が掛かった。二つとも私が来てからでしょう?」

2015-04-12 01:59:21
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「……」 確かに鶴木の言う通りだった。ここ最近ぱったりと止んでいた新たな艦娘の配属、大規模作戦への参加がここに来て一気に舞い込んできた。あまり信じたくはないが鶴木は、期待されている人材なのだろう。ただそれなら他の道も選択できただろうし、別に提督である必要はないはずだ。

2015-04-12 02:06:44
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

私はその疑問を正直にぶつけることにした。 「それならアンタはどうして提督になったのよ? その頭脳なら他にも選択肢はあったでしょう?」 「まあね。ただ興味があっただけよ」 「興味? 何に対して」 そう尋ねると鶴木はピッと人差し指を私に向けた。私は訳も分からず、その先端を見つめる。

2015-04-12 02:07:46
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「君たち艦娘について、ね。貴女達ほど興味深い存在はいないわ」 「じゃあ何、アンタは私たちに近づくためだけに提督になったというの?」 少し考えてから鶴木は答える。 「まあ概ね正解ね」 「ふざけてるの? 前にも言ったけど、死と隣り合わせの戦いなのよ? 国を守る戦いってわかってる?」

2015-04-12 02:14:20
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

机を両手でバンと叩き、鶴木に詰め寄る。何枚も紙が舞いあがるが、鶴木は全く動じる様子はない。 「それはわかっているわ。だけど私には国を護るつもりは毛頭ないわ。正確には……貴女達艦娘を護りたい、ってのが正確ね」 「アンタ、本気なの? そんな理由で、提督になったというの?」

2015-04-12 02:14:33
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「ええ。貴女達の可能性は凄いわ。それを戦いで喪うのはもったいない。だから私は貴女達を護るために、提督になったのよ」 俄かには信じがたい理由に思わず眉を顰める。鶴木の表情は至って真剣だ。おそらく本当のことを言っている。私は吐き捨てるように言った。 「馬鹿げているわ。そんな理由で」

2015-04-12 02:15:58
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「そうね、馬鹿げているわ。でも艦娘を護ることは国の防衛につながる、私はそう考えているわ」 言っていることはわからないことではない。だが、その理由は私には受け入れられるものではなかった。 「……わかったわ。私がアンタに望むことは、誰一人失わず、この戦いに勝つこと。それだけよ」

2015-04-12 02:16:16
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「肝に銘じておくわ。必ず全員で生還しましょう」 「……それならいいわ。じゃあ私はこれで失礼するわね」 クルリと踵を返し扉を開けようとノブに手を伸ばす。しかしそのとき、 「待って叢雲。まだ終わってないわ」 「何よ」 「私は貴女の質問に答えた。今度は貴女が私の質問に答える番よ?」

2015-04-12 02:17:14
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

鶴木はスッと立ち上がりスタスタと机の前まで歩いてきた。そしてと私を真っ直ぐ見据え、執務机の上に腰掛ける。 「まあ等価交換といこうじゃないの。構わないわよね?」 先程までとはうって変った獣のような挑む視線に、嫌な予感を覚えつつ答える。 「……いいわ。それで聞きたいことって何」

2015-04-12 02:17:42