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知能検査の限界と問題点

文中にある「WISC-Ⅲ」は知能検査のひとつです。「操作的定義」などの用語が出てきますが、中盤あたりから比較的わかりやすい内容になってきます。
ynabe39 心理学
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渡邊芳之 @ynabe39
知能検査なんてそもそもあてにならないものです。RT @aonamida_pencil: でもWISCⅢってかなり診断の幅出ませんか?自分がADHDの検査うけた時がそうでした。
yuki @yukiyuki2525
@ynabe39 さすがにこれは誤解うけませんか? 操作的定義の上での「知能」を測るという上で「信頼性」はありませんか? しかし、知能の妥当性があるかは問題はのこりますが。だから、「尺度」としては信頼できるかと。尺度の使い方は考えていく必要がありますが。RT 知能検査なんてそもそ
渡邊芳之 @ynabe39
妥当性のあるテストには必ず信頼性もあります。しかし信頼性だけあって妥当性のないテストを作ることは簡単です。だとするとテストの評価の本質的な基準は妥当性だけになります。RT @yukiyuki2525: さすがにこれは誤解うけませんか?
yuki @yukiyuki2525
@ynabe39 心理学自体のそもそもが、操作的定義をせざるをえない目に見えないものなので(知能も)、その定義による尺度を測るという意味では、妥当なのでは? 知能は、それで測れるものが知能という 矛盾がありますが。 RT @ynabe39: 妥当性のあるテストには必ず信頼性もあり
渡邊芳之 @ynabe39
それだと循環論になってしまうので,妥当性の判断には必ず測定値以外の外的基準が必要です。RT @yukiyuki2525:  心理学自体のそもそもが、操作的定義をせざるをえない目に見えないものなので(知能も)、その定義による尺度を測るという意味では、妥当なのでは? ....
渡邊芳之 @ynabe39
まさに私の専門領域です。操作的定義とについてもっとも詳しく書いたのは「心理学的測定と構成概念」北海道医療大学看護福祉学部紀要,Vol.3,1996年です。この論文は「心理学論の誕生」北大路書房2000年にも再録されている。 @yukiyuki2525
yuki @yukiyuki2525
@ynabe39 おっしゃっていることは分かりますし、研究上ではとても重要な論。しかし、臨床やる上では、危うさを認識した上で信頼性だけでもどっしり構えて捉えないと本当に危険。 RT @ynabe39: それだと循環論になってしまうので,妥当性の判断には必ず測定値以外の外的基準が必
渡邊芳之 @ynabe39
「現に臨床の現場で使われているものだから,その妥当性に疑問があるとしても,それを軽々しくいうべきではない」。そんなつもりではなかったと思いたいですが,そう読めます。 @yukiyuki2525
渡邊芳之 @ynabe39
たしかに,知能検査は心理検査の中でもっとも信頼性の高いもののひとつですし,妥当性も比較的高いものです。知能検査に比べれば他の心理検査,たとえばパーソナリティ・アセスメントの妥当性は著しく低いです。 @yukiyuki2525
渡邊芳之 @ynabe39
しかしそれでも,知能検査の妥当性,とくに世の中一般で言う「頭のよさ」や実際の社会適応を知能検査がどれだけ把握し,予測できるのかには大きな疑問があるし,まじめに研究している人ほどそれには否定的です。 @yukiyuki2525
渡邊芳之 @ynabe39
ですから私は,臨床の現場で行っている人にこそ「知能検査の限界と問題点」を,その信頼性などという「テスト作成者だけが気にすればいい問題」よりもずっと大きな問題として意識してもらいたい。 @yukiyuki2525
渡邊芳之 @ynabe39
精神障害や発達障害に対する行政的な制度に知能検査が深く組み込まれていることは事実ですが,そのことと検査の妥当性は別問題で,「現に制度的に使われているんだから疑うべきでない」と考えてほしくありません。 @yukiyuki2525
渡邊芳之 @ynabe39
知能検査の妥当性を疑うということはとうぜん,それを基盤に作られている行政や福祉の制度も疑うことです。私は,臨床心理士は単なる「テスト屋」ではなく,それが用いられる状況や制度を疑うことも求められる職であると思います。@yukiyuki2525
渡邊芳之 @ynabe39
臨床心理士の資格が単なるPractitionerではなくScientist-Practitioner と位置づけられ,学会への参加や研究業績が求められるのは,「現に自分がやっていることへの批判的な視点」を失わないためだと思います。@yukiyuki2525
渡邊芳之 @ynabe39
私は,臨床現場で実際に知能検査を受け,それによって人生を決められてしまう人たちが「知能検査なんてそんなにあてにならないらしいぜ」と考えることは「よいこと」だと思います。「知らしむべからず」で医療や福祉ができる時代はとっくに終わっているはずです。
渡邊芳之 @ynabe39
そもそも臨床心理学会があのようになったこと,そこから抜け出した人々が心理臨床学会を作ったこと,臨床心理士の資格が作られたこと,そのすべての原点になったのが「心理検査に対してどのような態度をとるか」だったことを,もう知らない世代の臨床心理士がどんどんふえてるんでしょうね。
渡邊芳之 @ynabe39
私の息子が知能検査でIQ70と判定されたことと,息子がほんとうにIQ70であること,息子の知能がほんとうに同年代の平均の7割程度であることとの間には必ず一定の距離がある。これが「知能検査の妥当性」の問題。
渡邊芳之 @ynabe39
さて,当事者として妥当性の問題の存在を知っているのと知らない(知能検査で70ならほんとに70だと疑わないこと)の,どちらが今後生きていくのに有利だろうか。私は知っているほうが有利だと思うし,その有利性を私が専門家であることだけで独占することは不公平だと思う。
渡邊芳之 @ynabe39
もちろん,現場は妥当性の問題をよく認識しています。知能検査の結果は息子が特別支援学級に進学することに決まった重要な要素ではありますが,すべてではありません。検査だけでなく行動観察,長期的な経過観察などさまざまな判断材料が総合されて決まりました。
渡邊芳之 @ynabe39
そもそもどうして就学時に「さまざまな側面から発達を確かめる」かというと,ある側面から発達を評価すること自体,その評価方法のそれぞれに大なり小なり「妥当性の問題」があるからです。ひとつの基準だけで発達を判断すると間違える危険がある,だからいろんな基準からみて総合する。
yuki @yukiyuki2525
@ynabe39 この点は納得。でも、WISCではかられたものが、知能でないとして謎のX(WISC因子)だとして、縦断的もしくは、個人内で使うなどの用い方をするとどうでしょうか? RT @ynabe39: 精神障害や発達障害に対する行政的な制度に知能検査が深く組み込まれていること
yuki @yukiyuki2525
@ynabe39 これは本当に。研究者は特に行ってほしいです。しかし、臨床家が、疑いながらも、ジソウなどの手帳申請、医療の診断として、これらツールをつかう限り、患者さんにとって危うさをしりながら、しかし、正当な検査としてしないと。患者さんはどうなりますか? RT
yuki @yukiyuki2525
@ynabe39 まさに。だけども、私の回りのCPは、統計すらしらないです。私は基礎心理が大好きで。キョウシン・グルダイなどの検査に関する考察できる見方ができる方はCPの中に少ない。ただの「作文」だなぁと思わざるをえないことも。 だから、この論を、心理学会で大きな声でいってほしい
渡邊芳之 @ynabe39
ず〜っと言っております。 RT @yukiyuki2525: だから、この論を、心理学会で大きな声でいってほしい
渡邊芳之 @ynabe39
そっちにはお呼びがかからないですねえw RT @yukiyuki2525: あ 心理臨床学会で。
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コメント

noin @noin0220 2010年12月20日
上にまとめたこの一連の流れは「知的障害や発達障害について」へと続いていきます。 Togetter - 「知的障害や発達障害について」 http://togetter.com/li/79819
吉美駿一郎 @shunicirou 2011年10月25日
RT @ynabe39: 知能検査を「発明」したフランスのビネは「特別支援教育の父」でもある。それまで放置されていた知的障害の子たちに世界で初めて専用の教育を用意し,そこに集める子を選ぶために知能検査を作った。それが「頭の悪い人を排除するツール」に変容したのはアメリカに輸入されてからだ。
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