吉宗の時代に、年貢を全面金納に切り替えたら年貢米売値の低迷は解決したか?

「江戸幕府は米の年貢米の納入にこだわらず、さっさと現金納税に切り替えてたら、もろもろの問題は解決していたのに」という見解が妥当かどうか、考察してみました
歴史 徳川吉宗 江戸時代 年貢
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ut_ken @ut_ken
江戸時代スレで来月にはようやく吉宗編に入れそうで、そのために少し考察してみた仮定のこと。吉宗政権は、米が多すぎて年貢米の売値が大きく値崩れしていたという問題に直面していて、
ut_ken @ut_ken
それに対して井沢元彦が「だったら米でなく金で納めるようにすれば解決するのにそれをしない吉宗は保守的で愚かだ」と『逆説の日本史』で書いてたのですが、仮に吉宗の代にそれに全面的に制度を切り替えられたとして(現実問題無理だと思うが)そ通りになるかと考えてみたら…無理。下手すりゃより悪化
ut_ken @ut_ken
仮にいきなり(数年~10年内で)納税を現金メインに切り替えたとしよう。作ってる作物もいきなり切り替えられるわけはないから、当然、農民は米を主に売って納税のための現金を確保する(そもそも現実でも年貢納入以外にも農民は自分でも米を売っていた)。
ut_ken @ut_ken
市場に大量の米が出回り値崩れ、という結果に何ら変わりがないか、むしろ個々の農民や村に任せる分、余計に無秩序に米が市場に出回りかねない。毎年の収入に応じた徴税をするなら、結局税収減というのには変わらないし、一定の金額を納税するなら農民側の負担はさらに増す
ut_ken @ut_ken
そもそも史実での吉宗時代の米の値崩れの原因は、急激な品質優先の貨幣改鋳による、通貨不足でおこったデフレ。そのデフレ下で、農民も武家も少しでも現金収入を得ようとして米を売りまくるから、余計に自体が悪化した。その解決は吉宗政権後期の貨幣流通量優先の、再改鋳&インフレ政策
ut_ken @ut_ken
結局、史実同様、明確に意図してではないが、商品作物推奨を進めてそこからの現金収入を増やしていったり、年貢も実質現金納にしていくのを、吉宗の代だけでなく長期的な年数をかけて進めていく…というのが妥当な結論になってしまう

コメント

水野修平 @mizunosyuhei 2015年4月18日
このまとめで出てくるような金納による問題って、唐代の両税法の実施の時に問題になって結局は次第に物納容認になったような記憶がある。 結局、金納制度に移行したとしても売った米を上手く流通に載せる仕組みが伴わないと拙いし。 江戸幕府の時には慶応の改革時に旗本の軍役を金納に代えているから将来的には農民の租税も金納になる可能性があったけど、享保と慶応の経済環境が違うから参考にしづらいし、実際に金納化が行われる事になる明治の地租改正の時も米の流通秩序が混乱した筈なのですが……。
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