お待たせいたしました! 「石田三成の青春」第三話 「軍師の条件~半兵衛と三成」第一回 始めさせて頂きます。#石田三成の青春 pic.twitter.com/fL4Et8AP49
2015-04-14 19:00:15石田三成の青春 第三話 軍師の条件~半兵衛と三成 (一) 長浜の町に長い冬が訪れる前、山々が色とりどりに紅葉(もみじ)する。#石田三成の青春
2015-04-14 19:01:39春の桜の薄紅色に心おどる若さがあるなら、秋の紅葉は華やかながら、何かを成し遂げた達成感とともに盛時を終える寂寥がある。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:03:44天正五年晩秋、松永久秀との信貴山城の戦いから帰った羽柴筑前守秀吉は、長浜城の天守から、紅葉した山々を眺めていた。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:04:35一戦を終えた秀吉だが、紅葉した山々に寂寥を感じることはない。間もなく毛利攻めが開始される。しみじみと達成感に浸る暇などない。ましてや織田の隆盛はまだまだ続く。盛時を終えるなど考えられなかった。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:05:22だから、目の前の燃えるような紅葉の赤は、ただただ秀吉の武人の闘志を掻き立てた。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:06:08「見事じゃのう」 誰に言うともなく呟いた秀吉の言葉に、 「ほんに見事でございますなぁ」 傍らに立ったおねが答える。そして、 「松寿丸、もそっとこちらへ」 後ろに控えている少年を笑顔で手招きした。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:06:58おねに松寿丸と呼ばれた少年は、播磨国御着城主・小寺政職の家老・黒田官兵衛孝高の嫡男だ。小寺政職が織田信長に臣従した証として人質に寄こした。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:07:42これより前に、信長に伺候した官兵衛は、軍師として秀吉に従っていた。小寺の人質として松寿丸が差し出された表向きの理由は、主君である小寺政職に人質となるような子がなかったためなのだが、その実は、信長が、軍師としての官兵衛を欲していたためだ。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:08:32小寺政職が背いても、官兵衛さえこちらにいればそれでいい。 なんとも合理的な信長らしいではないか。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:09:22松寿丸は、秀吉に預けられた。 松寿丸は、この年十歳。 秀吉おね夫婦には、子がない。これまで、血縁地縁で手もとに置いた、福島市松、加藤虎之助を我が子同様に養育していた。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:10:17だが、彼らもこの年、十七歳と十六歳。ともに元服を済ませ、正則、清正と名乗りも変えた。おねの目から見ればまだまだ子供だが、以前のように傍において何かと面倒をみるということはなくなった。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:11:02寂しく思っていたところへ、松寿丸が人質としてやってきた。 おねは松寿丸が長浜城にやって来たその日から、 「松寿丸、松寿丸」 と、傍らから離そうとはしなかった。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:11:49「綺麗であろう」 おねが、遠慮がちに近づいてきた松寿丸の肩を抱き、膝を折り、目の高さを合わせた。 「はい」 松寿丸の返事は素直で元気だ。だがどこか寂しく聞こえるのは、季節のせいばかりではあるまい。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:12:56利発な松寿丸は、幼いながら、人質としての自分の立場を心得ている。おねにはそんな松寿丸の健気さが不憫でたまらないらしい。愛しげに松寿丸を見つめるのだった。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:13:59そんなおねが、ふと秀吉の方を見て言った。 「この度も、市と虎は、よう働いてくれたそうでございますね」 市と虎。 福島正則、加藤清正のことだ。元服して一人前の武将となった今も、秀吉もおねも内輪では、このように幼名で呼ぶ。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:14:48「ああ、あの二人、群を抜いておるわ。戦をするために生まれて来たようなやつらよ」 秀吉が嬉しそうに答えるが、 「まあ、何をたわけたことを。戦をするために生まれてくる者など、おってたまるものですか」 #石田三成の青春
2015-04-14 19:15:36おねにピシャリと言われて、秀吉が、 「これは、しもうた。いらぬことを言うて、奥方様に叱られてしもうた。松寿丸、助けてくれ」 大げさに、松寿丸の助けを求めた。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:17:05「おまえ様」 おねが秀吉を睨んでみせる。 「おお、こわや。こわや」 秀吉は、松寿丸の後ろに隠れようとする。 秀吉の態度に、おねが噴き出した。秀吉は笑っている。そして松寿丸も笑いだした。 天守が明るい笑いに包まれた。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:17:58やがて、おねが、 「佐吉はまだ、御供はかないませぬか」 遠慮がちに訊ねる。 「あやつのことは考えておる」 真顔に戻った秀吉が前を見たままきっぱりと答えた。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:19:19風にのって紅葉した楓の葉が一枚、天守に舞い来て、そして、ふわりと床に落ちた。 #石田三成の青春
2015-04-14 19:20:20(二) 石田三成は、長浜城下に拝領した屋敷の一室で一人、自分の腕を枕にしてごろりと横になっていた。 #石田三成の青春
2015-04-15 19:01:19秋の夕暮れ。 秋の夕日は釣瓶落としとはいえ、まだまだ辺りは明るい時刻。行儀の良いこの男にしては、珍しいことだ。 #石田三成の青春
2015-04-15 19:02:30秀吉に仕えて早三年の月日が流れ、三成は十八歳になっていた。 元服し、名を佐吉から三成に改めたのが一年前、それを機に、城下に屋敷を賜って、長浜城の小姓部屋より移り住んだ。 #石田三成の青春
2015-04-15 19:03:14共に小姓として仕えた福島正則、加藤清正もほぼ同時に元服し、彼らもまた城下に屋敷を拝領して、小姓部屋を出ている。 #石田三成の青春
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