共同体感覚を醸成するツールとしてのアナログゲーム

ADHD、アスペルガー症候群などの発達障害のあるお子さんを対象に、50種類以上のアナログゲームを使った療育を実施しています。その目的は子どもたちにアドラー心理学でいうところの「共同体感覚」を醸成してもらうことにあります。 ブログでは、実際に使用しているゲームを紹介しています:http://ameblo.jp/houkagotouday/theme-10089023196.html
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松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

先日、すごろくやの丸田店長とお会いしたとき、帰り際に恐る恐る質問したことがある。「ゲームを楽しむためではなく、教育のために使うことってどう思われますか?」という質問だ。丸田さんの答えは「お楽しみにしようとすればなるし、教育に使おうと思えば使えるんじゃないですか」というものだった。

2015-04-28 21:02:21
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

ゲームというのは、単なるお楽しみでもなければ教材でもなく、そのどちらにもなりうる・・・言い換えればもっと高次な何かなのだ。丸田さんはその何かを見ている。それはなんだろう?とここ最近ずっと考えていた。

2015-04-28 21:07:10
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

お楽しみにも教育にもなりうるゲームの本質、それはおそらく「場を共有する」という点にある。もう少し専門的な用語を使えばアドラー心理学でいう「共同体感覚」の醸成である。この点においてアナログゲームほど優れたツールを私はしらない。

2015-04-28 21:14:21
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

共同体感覚とは、ドイツ語でGemeinschaftsgefuel、英語ではCommunity feeling とか Social Feelingと訳される。私はこの感覚のことを「『自分は一人じゃない』という感覚」のことだと定義づけている。

2015-04-28 21:19:36
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

共同体感覚、言い換えれば「『自分は一人じゃない』という感覚」には二つの側面がある。ひとつは安心感・充足感としての面だ。「自分のことを見てくれている人がいる」「自分に何かしてくれる人がいる」あるいは「自分が他者に何かできる存在である」という感覚だ。

2015-04-28 21:31:38
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

アナログゲームとの関連で言えば、プレイヤー一人ひとりは互いに無視できない影響を行使しうる対等な存在であり、(少なくともルールが守られている限りは)誰かが無視されたり、一人が他者に行動を強制できるような権限は持たない。その点において、ゲームの世界では「誰もがお互いを尊重している。」

2015-04-28 21:35:47
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

共同体感覚、言い換えれば「『一人じゃない』感覚」の二つ目の側面は、協調性・規律性の面である。「お前一人でやってるんじゃないんだぞ!」と怒られるときのあの感覚である。

2015-04-28 21:39:39
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

「その場がどんなルールで構成されているかを観察する」「全体のために時として個人の要求を引っ込める」ということ。これはアナログゲームにおいては「ルールを守ってプレイすること」に相当する。

2015-04-28 21:43:49
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

ルールが守られなければ、言い換えれば協調性・規律性が発揮できなければ、ゲーム中において先に述べたような共同体感覚の「個々人が尊重される」という安心感・充足感が失われる。両者は表裏一体である。

2015-04-28 21:44:52
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

まとめれば、人々はアナログゲームという場を通じて、同じルールを共有する過程で、一人ひとりを尊重し、尊重される経験を繰り返し、その結果「自分は一人ではないという感覚」すなわち共同体感覚を得るのである。

2015-04-28 21:57:31
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

それは楽しみであるといえばそうだし、大いなる学びであるといえばそのとおりだろう。いずれにしても人生にとってきわめて有益な経験であることには違いない。

2015-04-28 22:00:14
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

では、そんな有益なツールであるアナログゲームが、なぜこの日本においてかくもマイナーな立場におかれているのか?その理由は、それに"ゲーム"という名前がついているからではないかと、私は考えている。

2015-04-28 22:05:53
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

"ゲーム"はこれまでこの国において、漫画やアニメなどと並んで消費される娯楽コンテンツとみなされてきた。しばらくの間娯楽を提供し、飽きたら次の新しいものを消費するというサイクル。さて、ここでいうゲームとはいうまでもなく、デジタルゲームのことである。

2015-04-28 22:10:07
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

アナログゲームとデジタルゲームの違いは「プレイヤー同士がルールを共有するか否か」という点にあると考える。アナログゲームではプレイヤー同士がルールを「意識して」守らないとゲームが崩壊する。ところがデジタルゲームではルールを守る(守らせる)のはプレイヤーではなくプログラムの役目だ。

2015-04-28 22:15:30
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

デジタルゲームではゲーム自体に備わったプログラムがプレイヤーにルールを守ることを強制するため、プレイヤー自身のルールを守るという意識、言い換えれば共同体感覚を構成するところの規律性や協調性がなくとも娯楽として成立してしまう。

2015-04-28 22:23:13
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

それゆえ、この国において単純に"ゲーム"と呼ばれてきたところのデジタルゲームは、より高次の概念としてのゲームが持つ共同体感覚の醸成、言い換えれば「場を共有する」という力を殺がれた形で、単に消費されるだけのコンテンツとして発展してきたともいえる。

2015-04-28 22:37:31
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

その結果として、アナログゲームもまた"ゲーム”の亜種として、他のデジタルゲームや漫画やアニメと同じく消費されるだけのコンテンツとしかみなされていない傾向があるとしたら、それは「デジタルゲーム先進国」であるこの国の不幸のひとつかもしれない。

2015-04-28 22:39:39
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

そうして、アナログゲームが消費されるコンテンツとしてしかみなされない限り、それはプレイするのに場所と人を用意せねばならぬ点で、デジタルゲームより不便な”ゲーム”の1ジャンルに永久にとどまることになるだろう。

2015-04-28 22:47:31
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

アナログゲーム会にしたって、それを単にアナログゲームというコンテンツを消費するための人と場所を用意する仕組みとしか考えなければ、オンラインゲームでPvP鯖を建てることと何ら変わりはない。誰がどこでやっても違いはない。

2015-04-28 22:51:46
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

しかし、「場を共有する」ツールとしてのアナログゲームの力を信頼し、ルールを共有しあいお互いを一人のプレイヤーとして対等に尊重しあう経験を通じて

2015-04-28 22:59:26
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku

人々に「共同体感覚」とそれに伴う安心感・充足感、協調性・規律性を取り戻してもらうための場として考えるならば、それこそは今を生きる人々がもっとも渇望しているところのものであろう。

2015-04-28 22:59:29

コメント

柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2015年5月3日
アナログゲーム、アナログゲーム以外の何であれ、人間や機械によって表現された表現方法や表現物は人間の活動のミニチュアだと、私は考えています。 教育現場での教育効果は、先生生徒間の関係と生徒同士の関係によって発揮されています。 アナログゲームによって教育効果が発揮されるのがルールを守って相手を意識することの結果であれば、デジタルゲームでもルールを守って相手(作者や他のプレイヤー)を意識すれば同様に発揮されるわけです。
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柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2015年5月3日
(承前)例えば、デジタルゲームの上手い人は、ルールを把握してルール内の操作を反復練習したり、進行ルートをパターン化したりと、黙読的な対話を積極的にしているわけです。
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柵田思量【φ(..)メモメモ】 @sakutashiryou 2015年5月3日
ツイートされているアナログゲームというのは、ある状況や状態を擬似的に追体験する、シミュレーションやロールプレイングと同様に考えてよろしかったですか?、それとも当初から同様にお考えでしたか?
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Cook⚡生還しました。後遺症なし!詳細はピン留め @CookDrake 2015年5月4日
ゲームの交渉を通じて、楽しみつつ現実で騙され毟られることへの抵抗力を付ける。これは素敵なアイデアだ。ゲームの交渉は、軽度知的障害者だけでなく、対人関係で腰が引けたりつい何でも請け合ってしまう気の弱い人にも良い訓練になるかもしれない。
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Cook⚡生還しました。後遺症なし!詳細はピン留め @CookDrake 2015年5月4日
交渉で自分を有利に導くことに苦手感のある人でも、全員が勝利を目指すことが前提になるゲームという枠組みを利用することで、生身の頭脳を駆使する相手に要求を出すことを練習できる。
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Cook⚡生還しました。後遺症なし!詳細はピン留め @CookDrake 2015年5月4日
「これはゲームだ」と考えれば、刷り込まれた引け目や罪悪感を横において置くことが出来るだろう、というのがポイント。ゲームの枠組みが「交渉すること」への罪悪感から守ってくれるだろう。
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Cook⚡生還しました。後遺症なし!詳細はピン留め @CookDrake 2015年5月4日
コンピュータ相手だと、この「生身の相手への引け目を乗り越える」や「仲良くしている相手の要求でも自分に不利なら断る」の練習は出来ない。
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Cook⚡生還しました。後遺症なし!詳細はピン留め @CookDrake 2015年5月4日
書いてから気がついた。私のコメントは別まとめも読んだ上でのもので、ちょっと混ざっちゃってる部分があります。ので、もう一つのまとめを置いておきます。>知的・発達障害のあるお子さんに「カタン」で療育したケース - http://togetter.com/li/815740
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