『月に向かって打て!』 大杉勝男 小話

まとめました。
雑談 大杉勝男 日本プロ野球史
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ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
名打者の多くは素質が開花したエピソードを持っています。 様々な金字塔を打ち立てた王貞治さんは日本刀を持って素振りをし、その尋常ではない素振りの数で畳に穴を開け、あの特徴的な一本足打法を編み出しました。
ゆずおろし @yuzu_4showtime
ベイスターズ山城物語きたよ!
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
最速で1000本、2000本安打を放った榎本喜八さんは合気道からバッティングの秘訣を編み出し、 三度の三冠王に輝いた落合博満さんは周囲の目から離れ、握力を失って手からバットが離れなくなるほど素振りをし続けたというエピソードがあります。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
プロの世界で生き残るためには常人には考えられないほどの努力や試行錯誤が今日もプロ野球では繰り広げられています。 しかし、そんな数多くある名打者たちのエピソードの中でも、今回紹介する選手に勝る選手はそうはいないのではないでしょうか。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
1968年9月6日 東映フライヤーズ対東京オリオンズ戦。 その日4打席で凡退をしていたフライヤーズのとある選手はスランプに陥っていました。 並外れたパワーとバッティングセンスを持ち、1年目からスタメンに名を連ねていたその選手は、しかし、中々一流への殻を破れずにいました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
アッパースイングが原因で振り遅れていたその選手をどうにか矯正しようとコーチは思考を巡らせていました。 『打球を鋭いライナーで飛ばさせるためにはどういうスイングをさせたらよいか』
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
そんな時、打球の角度に理想的な目標物が夜空を照らしていることにコーチは気が付きました。 『あの方向に飛ばせるように意識させればこの選手の悪癖も治るのでは』 すかさずコーチは選手に声をかけ、夜空を指さしながらこう言います。
やっすん/やすお @YassunET
お、月に向かって打て、か?
東北の鷲、秋月 @akizuki62
月に向かって打て、かっこいいですね。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
大杉勝男さんは岡山県出身。 兄は名門倉敷高で甲子園でベスト4になった選手で大杉少年も甲子園に強い憧れをもっていました。 彼も名門関西高校に進学し、1年生からレギュラー。その非凡な才能は兄をも凌ぐものでした。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
ですが、高校2年生の頃、兄が白血病で亡くなり、その4ヶ月後には父も病気で他界。 働き手を無くした大杉家は一気に困窮に陥り、大杉少年も野球部を退部。 軟式野球部へと転部せざるをえない状況に陥ります。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
困窮し、苦労を重ねる母親を見て大杉少年はプロ野球選手になって母親を楽にさせてあげたい、とプロ野球選手を志します。 苦難の連続でも、亡き父、兄から送られた手紙が大杉少年の心に火を灯しました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
亡き父から宛てれられた手紙にはこう記されてありました。 『大杉勝男は野球屋になるのではない、野球の達人になるのだぞ。苦闘ありて、栄冠あり。人生において失意のときの苦しさをじっと忍ぶこと。その苦しみを味わってこそ最大の成長期がある』
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
亡き兄の手紙はこう記されてありました。 「勝ちゃん、その道の王様になるのは素質です。勝ちゃんにはそれがあります。あとは努力あるのみです。努力。その字は簡単に書けます。でも難しいことです」 大杉さんは終生、その手紙を大切に持ち続けました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
軟式野球部だったものの非凡な才能を認められて高校卒業後は社会人野球の丸井に所属しますが、わずか1年で廃部の憂き目にあいます。 それでもプロへの道を諦めきれない大杉選手はツテを頼りになんとか東映フライヤーズの入団テストへとこぎつけます。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
その入団テストで柵越えを連発。また、広角に飛ばせるその技術に首脳陣たちは度肝を抜かれました。 特に高く評価したのが名将水原茂監督でした。 既にフライヤーズは獲得資金を使い果たしていましたが、水原監督の鶴の一声によって1965年、大杉選手の入団が決定されました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
夢の舞台に辿り着いた大杉選手の次なる目標はもちろん『4番打者』でした。 自身の持つパワーを活かし、一日でも早くフライヤーズの4番打者として活躍し、育ててくれた母親に恩返しがしたい。 そう意気込む大杉選手でしたが、その夢の前にあまりにも高い壁がそびえ立ちます。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
張本勲 広角打法を武器にNPB唯一の3000本安打達成者にして史上最多の7度の首位打者、504本もの本塁打を放った史上最強の安打製造機が東映フライヤーズの4番には君臨していました pic.twitter.com/Y12RFeRli7
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ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
張本選手は大杉選手を非常に評価していました。その並外れたパワーと才能に『コイツはいつか三冠王を獲る』と確信し、弟のように可愛がります。 若手に厳しく、時には鉄拳制裁も辞さなかった張本選手が手を出さなかった数少ない後輩選手でもありました。
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