俺と南部と時々オトン(仮)

尼子と尼子のお父さんの話です。
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「ひとりごと、いいか」 「…?」 「俺が5歳の頃の話だ。俺には兄ちゃんがいてさ。俺の親父は次期尼子家当主として兄ちゃんにつきっきりだった。俺はいつだって後回しだ。でも親父だって今期投手として忙しい。結果俺は見向きもされなかったのさ」 「…」

2015-05-07 01:51:16
停止 @hryu_s

「悔しくて悲しくて堪らなかった。今考えれば当たり前のことなんだけどよ。でもやっぱり辛かったんだ。それで、父さんの暇を見つけて、『今度連句の練習がしたいから付き合ってくれ』ってお願いしたんだ。あの人は優しく許諾してくれたよ」 「…」

2015-05-07 01:53:54
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「…、…だがそれから1ヶ月経ってもあの人は俺に構ってくれない。むしろ敵方が動いたせいでひどく尼子家は慌ててた。祖父ですら俺を見ていなかった」 「…」 「…居ても立ってもいられなくてあの人のところに行った。そうしたらあの人は女中に甲冑の着替えを手伝ってた。そして俺を見て言ったんだ」

2015-05-07 01:56:31
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「『ごめんな三郎四郎、また今度な』…、…もうめちゃくちゃに怒ったよ。何があんなに俺を昂ぶらせたのかは覚えてないが、ひたすらに悲しくて悔しかった。あの人にありったけの罵詈雑言をぶつけて勢いよく障子を閉めて部屋に閉じこもった」 「…」 「………遠くで馬が何頭も駆けていくのが聞こえた」

2015-05-07 01:58:55
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「…」 「……、…それからあの人は帰ってこなかった。あの人がいつも愛用していた、血塗れの笛だけが帰ってきた。大方喉を弓で刺されたんだろうよ」 「…、…」 「祖父が激怒して再度出陣の命を掛けてるのをぼんやり覚えてる。俺はもう何もできなかった」 「…」

2015-05-07 02:01:28
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「血塗れの笛を持って部屋に帰って、未発表の句をじっと見てた。続きは父さんが答えやすいように、あの人が読んでた本にかかったものばかり考えてた。ああ、あの人はこの句になんて続けてくれるだろう…なんて言ってくれるだろう…、…もうその時は辛い悲しいじゃなくてただ呆然としてた」 「…」

2015-05-07 02:04:27
停止 @hryu_s

「……………だからもう俺は連句が作れない」 「!…」 「…、…いつまで引きずってんだって話だよな!悪いな…南部のじっちゃんよ 暗い話しちまって…いや、これは独り言なんだが…」 「…」 「忘れてくれ………」

2015-05-07 02:06:50
停止 @hryu_s

「『三郎四郎』」 「……!?」 「『約束を守れなくてすまない』」 「じっ、……、嘘だろ…、と……とう…さ」 「『お前が句を頑張って練習していたのはよぅく知っているよ。実を言うとね、もう上の句をすでに知っていたんだ。お前が寝ているあいだに見させてもらった』」 「は?、え、あ…あ…」

2015-05-07 02:09:55
停止 @hryu_s

「『お前が勉強熱心なのが父さんは嬉しかったよ。きっとお兄ちゃんを支えてくれるだろうと思っていた。…まさかお前が当主になるとは思わなかったけどね』」 「…」 「『苦労をかけてすまない』」 「…遅ぇよ」 「『…そうだね。少し遅すぎた』」 「遅ぇンだよ!!!何もかんもよ!!!」

2015-05-07 02:12:09
停止 @hryu_s

「あんたが!!!あんたが兵士を鼓舞しようっつって!!戦場で笛なんか吹かなかったら!!あんたは生きてたのに!!~~~ッ、なんでそうやってあんたは他人のことしか考えられねえんだよ!!一度きりの人生をなんでそうやって他人に使えるんだよ意味分かんねえよ!!!」 「『……他人のため…か』」

2015-05-07 02:13:37
停止 @hryu_s

「そうだよ!!わかってるよ俺だって!!あんたがそういう人間だって!!!こんな時代に生まれるには優しすぎたんだって!!!でも!!!それでも!!!俺は、…俺は!!!……父さん!!!!」 「『三郎四郎』」 「………ッ、ぐ、」 「『今、名前はなんていうんだい』」

2015-05-07 02:16:16
停止 @hryu_s

「………晴久 …尼子晴久……」 「『そうか…いい名だ お前によく合う名前だ』」 「…」 「『晴久。…5年しか一緒に居られなかったな。本当にごめん』」 「…もういいよ」 「『でもな、父さんはお前が生まれた日のことをよぅく覚えてるぞ。丁度嵐の日だったな。ひどい風の日だった』」

2015-05-07 02:19:44
停止 @hryu_s

「…」 「『館中ガタガタ言ってな、庭の木はへし折られるわ、砂は巻き上げられるわで出産どころの騒ぎじゃなくなってな。もうそれはそれは大変で』」 「…」 「『畑の様子を見てくるっつったじいさんが風に巻き上げられて飛んでたな』」 「…フッ」

2015-05-07 02:21:28
停止 @hryu_s

「『父さんもビビっちゃってな、母さんのこと抱きしめて飛んでいかないように頑張ったよ。それでも母さんは強い人だった。館中大騒ぎの時、俺だけに見守られて、お前を産んだんだ。その時だった』」 「…」 「『お前が大きい声で泣いた、そう、その瞬間、暗い空に光が差したんだ』」 「…!」

2015-05-07 02:23:45
停止 @hryu_s

「『晴れたんだよ。庭を荒らしに荒らした暴風雨が!もうみんなたまげてな、何者が生まれたんだってわぁわぁ騒いだもんさ。でも俺は嬉しかった。風すら操る強い子が生まれたんだと!』」 「…!」 「『…だから勢いで俺の幼名をつけたんだ』」 「…、…そうだったのかよ」 「『ウン、それだけ』」

2015-05-07 02:26:29
停止 @hryu_s

「……なんだよそれ」 「『…要するに。俺にとっておまえは本当に大切な子だったよ』」 「!」 「『長男も次男も関係ない。おまえが俺の子として生まれてきてくれて嬉しかった。ありがとう三郎四…おっと、晴久』」 「……でいい」 「『ん?』」

2015-05-07 02:28:42
停止 @hryu_s

「三郎四郎でいいよ。俺はあんたの子だから。俺があんたの子としてちゃんと居れた頃の、名でいい」 「『…今でもちゃんとお前は俺の子だよ。お前が生きてるかぎりね』」 「……、…」 「『さっきお前は父さんのことを”他人のことしか考えられねえ”って言ったが』」

2015-05-07 02:30:41
停止 @hryu_s

「…」 「『おまえもそうだよ、きっと。他人のことしか考えられない。自分がいくら傷ついてもね。優しい子だ。……俺の子だな!やっぱ!ウン!』」 「……」 「『……三郎四郎』」 「…っ、ぐ、う、…クソ、…ッ……」 「『…長くなってしまったから、最後にひとつだけ頼みたいことがある』」

2015-05-07 02:33:20
停止 @hryu_s

「……な、に」 「『笑ってくれ』」 「は、」 「『にこっと。よく笑ってくれたじゃないか。ととさまー、ととさまー、って』」 「バッ…!そんな…、……で、…できねえよ……」 「『なに、簡単さ。口の端をあげて、…にっこりと笑って見せておくれ』」

2015-05-07 02:34:58
停止 @hryu_s

「…とう……」 「『ん?』」 「ありがとう…父さん………」 「『………こちらこそ。…じゃあ…、…まだこっちには来るんじゃあないぞ』」 「…ハン!ジジイと一緒に豪勢な館でも建てて待ってるんだな!…その時は!」 「『たっぷり連句に付き合わせてもらうよ、もちろん』」

2015-05-07 02:37:00
停止 @hryu_s

「約束だかんな!!!!」 「『ああ、約束。もう破らない、絶対に』」 「……………じゃあ、暫く」 「『ああ。 …頼むぞ、三郎四郎』」 「任せときな。…この尼子家5代目当主尼子晴久、天下取ってやるぜ」 「『フフ…、楽しみにしているよ』」

2015-05-07 02:39:31
停止 @hryu_s

「………、………じっちゃん」 「…、……」 「ありがとよ …俺のためにさ」 「…あちらから懇願されたので入れたまでよ。…気は晴れたか?晴坊」 「…ああ!嵐が過ぎ去ったあとの空みてえにな!」

2015-05-07 02:41:15
停止 @hryu_s

尼子の名前の流れはアレ完全に私の作り話で、本当は「将軍・足利義晴から「晴」の一字を賜って、晴久と改名する。これは吉田郡山城の戦いにて失墜した自らの権威を回復するための行動だったと思われる。」byうぃき先生だそうです。てへっ。

2015-05-07 02:43:53
停止 @hryu_s

でもお父さんの死因は本当です。 尼子のお父さん「あれれ~?戦中なのに兵士のモチベがめっちゃ下がってるぞ??ここは俺の笛で元気づけよう!ピッピー!!」 敵兵士「あそこで笛吹いてる奴がいる、殺せ」 尼子のお父さん「ぐへえ矢が喉に刺さった」 っていう。アホか(失礼)。

2015-05-07 02:45:19
停止 @hryu_s

ちなみに尼子が号泣しながら尼子のお父さんに怒鳴ってるシーン、書きながら先日のワンドロの尼子の号泣絵が浮かんできて途中で何度か笑いました。 ご清聴ありがとうございました。なんか結構好評なのでいつか漫画にしたいです。

2015-05-07 02:47:52