たいらい先生の、日本海軍機プロペラ塗装の手引き
- EnjakuHaruzono
- 15990
- 4
- 0
- 2
日本海軍機のプロペラ裏「茶色」塗装についての一問一答
発端は、私がなんとなく挙げた、作り掛けの「強風」のプロペラの写真から。
「海軍機のペラ裏って黒じゃね?」と思った方も居られるだろうが、それについては後半で。
スツーカも天龍も帰省用の荷物に入れてしまったので、久々に強風1號。 上級者はあまり使わないクレオス8番 (しかも20年物の品質改善前の奴だ!) の銀だが、独特のくすんだ感じは、1/72だと程良いスケール感があって好き。 #エアモデル pic.twitter.com/ewvuXW2WBd
2015-05-02 13:31:54あと、昔の塗装指定は黒だった気がするが、どうやらペラ裏は濃い赤茶だったらしい。これまた艶消しだった頃の古いレッドブラウンで塗る。 現行の奴より、ちょっと赤が強いんだよね。 私くらい手が遅いと、20年経っても塗料一瓶が使い切れない。#エアモデル
2015-05-02 13:35:07@EnjakuHaruzono ペラの表裏塗りわけラインはこうですね a6m232.server-shared.com/358.jpg
2015-05-02 13:37:32上記写真は零戦研究サイト「零式艦上戦闘機計器盤」より、零戦もしくは二式水戦用と推定される実物 (http://a6m232.server-shared.com/page023.html)
@gk0tairai へえー、初めて見た! 今回はシルバーのリカバリーが難しいから諦めるけど。ちなみにこれはどこのメーカーの?
2015-05-02 13:41:38@EnjakuHaruzono プロペラは官給品なので航空機製造会社ごとの差異はありません。ペラは住友が作って官が領収して各社へ
2015-05-02 13:44:44@gk0tairai なるほど、じゃあ製造時期が同じなら、中島も三菱も川西も、プロペラの塗別線や色調だけは共通な訳だ。
2015-05-02 13:54:18@EnjakuHaruzono そうなりますね。先端の赤線の本数も生産時期によって変わります。1本になるのは17年夏以降に生産されたもので、それ以降も生産が続いた中島製零戦二一型の識別点にもなります。19年に入るとペラの塗粧は表裏ともに茶色に規定が変更されます
2015-05-02 14:00:59@EnjakuHaruzono 訂正で赤線1本へ変更は18年8月以降でした。ここが17年6月で生産終了の三菱製二一型と19年5月まで生産が続いた中島製二一型を見分けるポイントなのは変わりません
2015-05-02 14:22:23@gk0tairai やー、やっとマトモにネットが使える環境になったよ。 ちなみに、大戦後期のペラ全体に塗られた茶色と、前期の裏面のみの茶色は、同一色と解釈していいんだろうか。模型の作例見ると、後期の茶色は前掲のペラ裏のより明るめに塗られている印象が強いけど。
2015-05-03 23:15:48@EnjakuHaruzono 19年1月の通達は塗料自体の変更ではないので同じ色ですよ。ち50小豆色NOです。昨日日本機ペラ塗装の一通りの流れをツィートしました。 模型は作る人の考証力とかでまた違った表現になるでしょうから・・・。その辺は褪色とかではないでしょうか
2015-05-03 23:46:01私との一問一答はここまで。
上で触れている「一通りの流れ」が以下。
日本海軍機プロペラの塗装とマーキング小史
日本軍機のプロペラの色の話。 初期海軍機の金属製ハミルトンプロペラの表側は無塗装。これは見栄え目的ではなくジュラルミンの腐食防止のため。2馬力のモーターで木綿バフ磨きをかけて鏡面に仕上げている。 pic.twitter.com/v6IcUTAY9f
2015-05-02 17:31:44裏面(正しくは腹面で表側は背面という)は濃い小豆色でプラモの塗装指示によくある黒ではない。これは防眩用の色で塗りわけも規定があった。海軍機用プロペラの生産は住友金属が行い、海軍領収後に武装や無線機と同様に各航空機製造会社へ支給する。 pic.twitter.com/SWVt8VUa2L
2015-05-02 17:42:46昭和13年制定の「陸海軍航空基本部品規格」で海軍機のペラは危険防止のため、背側の端100ミリの位置に翼端標識として30ミリ幅で赤線を2本入れると規定される。18年8月に規定変更があり2本の赤線は陸軍と同じ50ミリ幅の赤線1本になる。 pic.twitter.com/rqp0WSL9Iv
2015-05-02 17:52:06「陸海軍航空基本部品規格」については、近代デジタルライブラリーで昭和13年6月1日版が閲覧可能 (http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1112376/2) だが、残念ながら公開中の内容では2本の警戒標識の幅についての記載は確認できず。
ネタ元が判る方、情報求ム。→5月8日21時58分追記: ネタ元についてたいらい氏より補足あり。この註の二つ下に添付。
但し、「強風」試作一号機の正面写真 (http://ja.wikipedia.org/wiki/強風_(航空機)#/media/File:N1K1_contra-rotating_prop.jpg) に上記寸法をあてはめるとピッタリ一致するので、値そのものは正しいと思う。
さらに規定は変更されて、昭和19年1月10付けでプロペラとスピナーは全面プロペラ用塗料「ち50」(=濃い小豆色)の塗粧仕上げになる。翼端標識は赤線1本のものを黄色に変更。 pic.twitter.com/b2tUhP2WPJ
2015-05-02 18:02:15@EnjakuHaruzono 航基規格の原本アジ歴でみれるんですね。警戒標識の数字等の出典は「世界の航空機」1952年10月号以降数号分、北川佳男さんの文章からです。北川さんは住友でペラの生産にあたってた人です。
2015-05-08 21:54:59ここまでのまとめ
と、まとめ人による註。
プロペラに塗られていた「茶色」について
-
日本海軍機のプロペラ裏の防眩塗装は「黒」では無く「小豆色」。
お馴染みの假規117で云うところのN0 (「0」は数字のゼロで、オーではない) で、具体的な色はこちらの日塗工の色見本との比較から、修正マンセル5R3/1近似と推定される。http://plaza.rakuten.co.jp/zerosenochibo/diary/200611010004/ -
昭和19年1月10日付で、プロペラの表側やスピナーも総て上記「小豆色」塗装指定となる。
つまり、大戦中期までのペラ裏の防眩塗装は、大戦末期にプロペラやスピナーに塗られていた、あのレッドブラウン調の色と同一。
プロペラ翼端の帯 (警戒標識) について
-
昭和13年~18年7月までは、翼端から100mmの位置に30mm幅の赤帯を2本。写真からは帯同士の間も30mmの様にも見えるが詳細不明。
-
昭和18年8月~12月の間は50mm幅の赤線1本に変更。翼端からの位置に言及が無いが、前掲の近代デジタルライブラリーの記載から、恐らく翼端より50mmの位置。
-
昭和19年1月10日以降は、プロペラの全面小豆色塗装に伴い、帯色が黄に変更。假規117には4種の黄色が収録されているが、どの黄色が該当するかは不明。
「第2次世界大戦軍用機の塗色に関する研究」 (http://maker-one.ddo.jp:8080/cdh88520/color_list_for_ww2fighters.html#c20) を参考にすると、C1かC4?
C1色見本: http://plaza.rakuten.co.jp/zerosenochibo/diary/200611110004/
C4色見本: http://plaza.rakuten.co.jp/zerosenochibo/diary/200611110001/
ここからは、何故、公式に規定されていた「茶色」の防眩塗装が、いつの間にか黒色塗装として定説化してしまったのか、と云う話。
日本機のペラの色、プラモ界ではなぜ裏が黒と伝わっていったのか、MA誌で日本機作例をやってる加藤寛之さんが古い雑誌からまとめてる。 <「プロペラ裏面は暗褐色」の濃~いウラ話>全6回 www016.upp.so-net.ne.jp/slb_hasegawa/s… www016.upp.so-net.ne.jp/slb_hasegawa/s…
2015-05-02 23:17:40<「プロペラ裏面は暗褐色」の濃~いウラ話> www016.upp.so-net.ne.jp/slb_hasegawa/s… www016.upp.so-net.ne.jp/slb_hasegawa/s… www016.upp.so-net.ne.jp/slb_hasegawa/s… www016.upp.so-net.ne.jp/slb_hasegawa/s…
2015-05-02 23:20:21リンク先の加藤氏の記事は随想的で要点が掴み辛いのだが、1960年代~70年代に掛けて、黒説と茶色説が混在していたものが、多数派の黒に収斂されていったと云う事である。
注意すべきは、渡辺利久氏の発言に有るように、ほぼ黒に見える濃色について、モデラー以外の人はあまり厳密に色の名を表現しない、と云う事だろう。
例えば携帯電話のカラーバリエーションで、ジャーマングレーやミッドナイトブルー位の色のものを指し示す際、日常的には「黒いケータイ」と云ってしまう筈である。
故に、長谷川一郎氏の当事者への聞き取りでも、「N0小豆色」を黒と証言した方が一定数居たであろう事は想像に難くない。
我々モデラーも、日常生活で触れる、模型以外の色については似たようなアバウトさではないだろうか。言葉から色を導き出すことの難しさを示す端的な例であろう。
模型誌を読んでない人の為の、加藤寛之氏についての豆知識
モデルアート誌を中心に活動されているベテラン航空系モデラー。
個人ブログ等は開設されて居ないようだが、インターネット上では、インターネット模型誌?「Webモデラーズ」http://www.webmodelers.com/whatiswebmodelers.html で作品を観る事が出来る。