#月曜朝のたわわ (その8)
#月曜朝のたわわ 僕は、この子に逆らうことができない。 弱みを握られている。 「人聞きの悪い話やな、うち脅したりしてへんよ」 プールサイドに腰をおろし、友達と駆けていく弟を見送りながら彼女はぼそと呟いた。 twitter.com/Strangestone/s…
2015-05-08 16:24:12#月曜朝のたわわ 何も知らない者にとっては、面倒見の良い女子大生に見えるだろう。 事実、彼女は面倒見がよい。歳の離れた(後で聞いたが後妻として迎えた義母の連れ子らしい)弟も非常に懐いていたし、彼女のアルバイト先……つまり我が社における勤務態度も良好だった。 だが違う。
2015-05-08 16:30:19#月曜朝のたわわ 他の誰も知らなくとも、僕だけは知っている。 というか、彼女と弟さん達のプール入場料を支払ったのは僕だ。立場としては仕事先の上司に過ぎない僕が彼女達の遊行費を支払う義務は、少なくとも表向きは存在しない。 表向きは。 「いやあ、さすがは独身貴族サマやな」
2015-05-08 16:33:32#月曜朝のたわわ 真横に座ってる僕の手にある領収書を取り上げ、その額に目を丸くしながら彼女、市ノ瀬梢が感心する。屋内の温水プール、それも複合施設ともなれば子供料金を含めても四人分となれば決して安くはない出費だ。 しかも、これはまだ前哨戦なのだ。 「や、約束は守ってもらう」
2015-05-08 16:39:03#月曜朝のたわわ 僕は声を震わせ、神経質そうに防水腕時計を見る。 予定に間に合わせるためには、このプールで過ごす時間をコントロールしなければいけない。 「心配せんでも、弟たちも今日はソッチをメインに考えてるし。ちゃーんと言い聞かせてるから」 「何事にも想定外はある」
2015-05-08 16:44:57#月曜朝のたわわ 万全を期したつもりでいても、予想だにしないところから計画は破綻するものだ。 そう。 趣味のない仕事人間を演じ、会社の人間関係も最小限度に抑え、忘年会等も一次会で退去しても怪しまれぬよう振る舞ってきた。傍目につまらぬ人間と映るだろうが、全ては自衛のためだ。
2015-05-08 16:50:01#月曜朝のたわわ この国は異端を許さない空気がある。 少なくとも僕が生まれた頃、とある凄惨な事件をきっかけに異端を徹底的に弾圧する空気があった。熱心な教育者だった両親は、小学生だった僕の宝物を取り上げ「あなたのためなのよ」と言って全て燃やしてしまった。 許せるものか。
2015-05-08 16:52:42#月曜朝のたわわ 「はいはい、顔が怖いことになってるで鮫島係長」 「係長補佐だ市ノ瀬君」 「こまかいなあ、そんなんやから三十過ぎても合コンの話ひとつ来ない堅物やて陰口叩かれるんや」 ま、そんなOLはうちがしばいたけど。プールで遊ぶ弟が転ばないよう見守りながら彼女は呟いた。
2015-05-08 17:03:43#月曜朝のたわわ 「生憎だが、独身で困ったことはない」 「現在進行形で困ってるやないか」 ぐ。 彼女は即答しながら僕の胸元に裏拳を当てる。漫才師か貴様はという悪態を飲み込み、彼女の指摘が間違っていないことに僕は不機嫌となる。 たしかに僕は今困っている。 困っていた。
2015-05-08 17:06:47#月曜朝のたわわ 「うるとらまんにせよ仮面ライダーにせよ、映画館でお子様向けの限定プレゼントあるのは常識やないか。今まで鮫島係長どうやって限定プレゼント集めてたん?」 「あ、集めるようになったのは最近なんだ」 思わず声を上げるが、嘘は言っていない。
2015-05-08 17:24:21#月曜朝のたわわ 子供の頃、理解できない説明と共に捨てられたヒーローたちの玩具に絵本。 両親の監視も厳しく、気付けばニュースですら活字媒体を優先するようになり、二十歳を過ぎるころには自宅にTVもビデオもない生活が当たり前のようになっていた。
2015-05-08 17:28:54#月曜朝のたわわ そのヒーローが、平成も二十年以上経過して今更のように新作が作られたと知った。 正直、今更だと思っていた。 携帯に備わってるワンセグ機能を初めて使い、暇つぶしで見た。 泣いた。 気付けばインターネットで映像機器にソフトを一揃い購入し、映画公開を知った。
2015-05-08 17:39:32#月曜朝のたわわ 劇場限定グッズとやらが三十過ぎの男に与えられない事実を知らず映画館スタッフと問答しているところを、今日のように弟を連れた彼女に発見されてしまったのである。 以来、彼女は妙に馴れ馴れしく振る舞う。 「いやあ、あの時は御馳走様でした」 「あの時『も』だろう」
2015-05-08 17:49:08#月曜朝のたわわ アルバイトで会社に来れば、よく絡んでくる。 業務上接する機会が多い立場ではあるが、今までにはない頻度のため社内の男女が妙に反応している。 あの堅物が。 やっぱり若い女の子が好きなのね。 おいおい十歳は離れてるぞ。 援助交際だわ援助交際。 等々。
2015-05-08 18:02:08#月曜朝のたわわ 迂闊に発言しようものならば自分と彼女が交際していると誤解する者も出てくる始末。 バツイチ独身者は青春を謳歌しても許されるのに、未婚の独身者であることの何が悪いのか。 「市ノ瀬君は軽い部分はあるかもしれないが仕事には真剣だし、付き合ってて損はないと思うよ」
2015-05-08 18:09:26#月曜朝のたわわ うん。 アルバイト社員として評価するなら、彼女は極めて優秀だ。そのまま正社員になってくれないかと人事がこちらに話を振ってきたこともある。どうして係長ではなく補佐の自分に話を振ったのかは分からないが。 映画館での醜態さらしから二か月で、この扱いである。
2015-05-08 18:15:49#月曜朝のたわわ 「せやけど、おかげで二人でこういう場所に来ても誰も不思議に思わへんようになったでしょ」 物事は考えようやで、係長。 そう笑う。 「係長の大好きなヒーローの特撮ショー、さすがに一般人の独身男性が独りで行くにはハードル高すぎやで多分」 「その点は感謝する」
2015-05-08 18:19:57#月曜朝のたわわ 彼女の指摘は全くもって正しい。 原作を尊重しつつも大胆なアレンジを加えると評判の特撮ショーは、大人の鑑賞にも耐えられる出来栄えだと聞いている。まして今回の題材は、僕のように子供の頃のファンが涙を流すほどだとSNSに感想も流れ始めていた。 「ありがとう」
2015-05-08 18:24:05#月曜朝のたわわ 素直に感謝の言葉が出せればいいのだが、独身を三十年以上も続けるとそれも難しい。 「え、なんやて?」 それでも隣にいるのだから聞こえてるだろうに、彼女はわざとらしく耳に手を当てて聞き返し、直後に堪えきれぬと吹き出してしまう。 「係長ほんま愉快な人やな」
2015-05-08 18:43:00#月曜朝のたわわ 愉快? 僕が? 生来一度も受けたことのない評価に僕は思考が停止しかける。 「だって普通のスケベ親父なら、弟の引率を買って出て女子大生のスケベボデーにセクハラし放題したいとか思いますやろ」 言いながらパーカーを開く彼女。現れるのはレオパルドン級の乳。
2015-05-08 18:47:39#月曜朝のたわわ 「そうなのか?」 「これでもうち、バイク通学する前は通学電車での痴漢率150%やで。最初に乗った車両で痴漢にあうのは100%で、別車両に逃げ込んだ先で痴漢に遭うのが50%」 「往復で?」 「片道ですわ」 いやもう、よくぞ今まで貞操守れたわと彼女は笑う。
2015-05-08 18:52:58#月曜朝のたわわ ん? 今なにか物凄い発言を聞いてしまったような。 何かの勘違いかと首を動かしてみると、どういう訳か顔を真っ赤にした彼女が手足をばたつかせ、開いたばかりのファスナーをすぐに閉じてしまう。 「ちゃ、ちゃうねん。今のノーカン」 「君は大変苦労していたんだな」
2015-05-08 18:55:26#月曜朝のたわわ 「せ、せやで。学校でもバイト先でも、何気なくセクハラ発言ばっかされて。こっちは弟とホンマモンの家族になるのに大変やってのにウリしてただの会社重役の愛人だの若殿さま専属の踊り子部隊だの言いたい放題風評被害されまくりやった」 触れてはいけないスイッチだったか。
2015-05-08 18:59:03#月曜朝のたわわ なるほど彼女は映画女優もできそうなほどの美人であり、スタイルも見事だ。 いつだったか取引業者のスケベ親父が露骨に下心満載の顔でやって来た時もあったが、そういうものに疎い自分でさえ彼女を別部署に避難させた程度には異性への魅力がある。 「係長は違ったんや」
2015-05-08 19:03:06#月曜朝のたわわ 違ったのか。 何が違ったのだろう。 「係長はな、まずうちの履歴書を見て字が綺麗やと褒めてくれた。自分の努力だけじゃここまで綺麗な字にはならない、教えてくれた人が素晴らしいからこんな字が書けるようになるんやって、うちの死んだおばあちゃんを褒めてくれたんや」
2015-05-08 19:05:42