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@ublftbo
リクエスト頂いたので、引用します。引用元は、クラーエ[著]、秦・湯川[編訳]『攻撃の心理学』1ページ。「第1章 攻撃の定義と測定」より。かなり長いですが、重要なのでまるごと引きます。
@ublftbo
引用始め 「 この章の目的は,これから攻撃の社会心理学的研究について論議していくための前提として,2つの基本的な問題について検討することである。第一は,われわれのキー概念である攻撃という言葉の意味を定義して,この概念に含まれる現象を明らかにしなければならないことである。」(続く○
@ublftbo
○続き)「ある行動が攻撃として分類されるべきかどうかを決める基本的な規準についての統一見解を示すこと,および攻撃行動の多様な現れ方を理解するために,異なる攻撃形態の類型を示すことが重要である。第二に,攻撃研究に用いられる一般的な研究法を検討することが,現在の一連の知識に」(続く●
@ublftbo
●続き)「ついて批判的な評価を進めていくうえで不可欠である。研究結果が特定の測度に強く影響を受けていることは,心理学者の間では周知のことである。しかしながら,攻撃についての公的な議論では,攻撃の原因や結果についての結論が方法論的基盤にあまり注意を払わずにやりとりされてい」(続く△
@ublftbo
△続き)「るのがふつうである。その好例は,メディア暴力の有害な影響についての論争である。そこでは肯定と否定の両方の立場とも,結論の違いがしばしば方法論の違いからきていることをあまり考慮せずに,自分たちの見方を確証するために研究結果を文献として選んでいる。したがって,攻撃」(続く▲
@ublftbo
▲続き)「についての学術論文のレビューは,攻撃の研究で用いられている主な研究法の効用と限界を検討することから始めることが適当であろう。」 引用終了  以降のつぶやきで、引用部分についての解説を試みます。
@ublftbo
(引用はじめから○まで。)まず、「攻撃」の定義が重要ということ。「攻撃」は日常的にもよく使われる言葉で、意味の受け取り方も、ある程度の共通点がありつつ人によってズレが出てくるから、まず、その現象の意味合いを学術的に定義し、それについてコンセンサスを得るのが大切。
@ublftbo
(●まで)要するに、「何を”攻撃”とするか」の観点が肝要であるということ。その判断の規準がバラバラであると、論者によって「攻撃」の意味内容に統一が取れていないことになり、議論が成り立たない、噛み合わない、となりかねません。そして、「攻撃」の分類の観点。
@ublftbo
(●―△)「研究結果が特定の測度に強く影響」←つまり、どういった尺度(ものさし)を用いて「攻撃」を「測る」かという視点。研究結果とそれへの解釈はそこに強く依存します。尺度は適切にデザインされているか、研究方法についてはどうか、と批判的に検討する必要があります。
@ublftbo
(△―▲)例として、メディアの影響論について言及。つまり、肯定あるいは否定のどちらの立場も、自らの主張が、用いた「方法」に依存していることを考慮しない場合があるのを指摘。実験計画や尺度構成の適切さなどをクリティカルに考える。もちろん統計解析の用い方についても。
@ublftbo
(▲から終了まで)だから、「攻撃」についての学術論文をレビューするにあたっては、用いたメソッドについてきちんと検討することから始めるのが重要である、とクラーエは主張している訳ですね。
@ublftbo
こんな所でしょうか。ちなみに2ページでは、「攻撃(aggression)という言葉は心理学者の専門用語であると同時に,日常で使う言葉としてしっかりと定着している。しかしながら,同じ用語を使っていても,必ずしもそれが意味する内容まで正確に一致しているわけではない。」と指摘。
@ublftbo
だから、学術的な研究の結果、たとえば、〇〇を与えたら「攻撃性」が高まった、というのがあったとして、それをマスメディアが、「〇〇によって攻撃性が高まることが判明」と報じた場合に、その世間での解釈のされ方(社会的認知)にズレが生ずる場合がある訳です。言語論的な問題でもあるのでしょう。

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