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江戸時代の剣術・柔術の道場にはなかった神棚が明治末以降に剣道場・柔道場に設置された~武道の道場今昔

江戸時代の剣術・柔術の道場にはなかった神棚が明治・大正に剣道場・柔道場に設置された! http://togetter.com/li/820642 のまとめが削除されたので、自分の発言中心にまとめなおしてみました。ホブズボウムの「創られた伝統」では無いですが、日本の武道の形式・礼儀・理念の中には明治末から昭和10年代に出来上がったものが多く含まれています。それ以前の武道武術は現代の目から見れば変だったり、奇異だったり、武道らしくなかったりしていて、むしろこの昭和初期の時期に成立したものの方が武士らしさ、武道らしさと感じられると思います。そういった事の代表事例として道場と神棚についてまとめました。
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武士のマリシテン信仰と武術
我乱堂 @SagamiNoriaki

@nagabodhi @gishigaku @inuchochin @mon_emon 天竺から伝わって摩利支天の秘法とイザナギ・イザナミの頃より伝わる日本古来の武術を加えて作られた…とかいう流派は別にあったはず…。

2015-05-12 12:33:04
髙山龍智🇮🇳映画『SUMO』を応援します @nagabodhi

@SagamiNoriaki @gishigaku @inuchochin @mon_emon 「オン・マリシエイ・ソワカ」ですね。摩利支天=マリーチはインドの灼熱の太陽による眩惑状態を神格化したものともいわれ、摩利支天隠形法(まりしてんおんぎょうほう)が忍者ドロン!の元とも。

2015-05-12 12:42:42
我乱堂 @SagamiNoriaki

@nagabodhi @gishigaku @inuchochin @mon_emon 武士の守護神でしたかしら。摩利支天。虎の巻などを見ると真言がいちいち書かれたりしていますし、中世くらいまでの兵法というのは剣術でも呪術が入るのは割と普通だったみたいです。

2015-05-12 12:45:06

神棚と武道場

みんみんぜみ @inuchochin

@SagamiNoriaki @nagabodhi @gishigaku @mon_emon 剣術流派に限らず日本の武術流派はマリシテンを奉る例が多いですね。江戸時代はまだ道場に神棚が無いのが普通だったので摩利支天や流祖の肖像、香取鹿島の掛け軸などを飾っていたようです。

2015-05-12 12:51:18
みんみんぜみ @inuchochin

@mon_emon @SagamiNoriaki @nagabodhi @gishigaku 神棚は昔は稽古場には無くて、剣道の道場では明治末頃から、柔道の道場では昭和12年頃から設置されてるようです。中村民和先生の「武道場と神棚」が詳しいです。web上で公開されてます。

2015-05-12 17:13:18
みんみんぜみ @inuchochin

@mon_emon で、神棚が無かったみたいですが、扁額や掛け軸を飾る例はあったみたいですね。

2015-05-12 17:14:39
みんみんぜみ @inuchochin

中村民和先生が言及されてるけど、武道場に神棚がかならずある事や、武道における礼儀作法などそれこそ江戸時代から続く伝統みたいに思われてるけど、大半は天皇制との絡みで明治末から昭和10年代に成立したもので、100年くらいの歴史しかない。いわば江戸しぐさの先輩みたいなもんです。

2015-05-12 17:28:15
みんみんぜみ @inuchochin

@mon_emon @SagamiNoriaki @nagabodhi @gishigaku 武道の礼儀や武道精神なんかも江戸しぐさじゃないですが意図的に作られた伝統の一種ですね

2015-05-12 17:31:13
みんみんぜみ @inuchochin

武道場(剣道)の神棚設置については、中村民和先生の「武道場と神棚」1,2に詳しいです。国家神道との関連で武徳会・警察から道場の神棚が広まって行ったようです。時期的には明治末頃に始まったようですね。それまでは武術武道の稽古場に神棚はなく、掛け軸等は床の間等に掛けられていたようです。

2015-05-12 17:31:45
みんみんぜみ @inuchochin

なおこちらから中村先生の「武道と神棚」は読めます。(pdfです) 「武道場と神棚(1)」ir.lib.fukushima-u.ac.jp/dspace/bitstre… 「武道場と神棚(2)」ir.lib.fukushima-u.ac.jp/dspace/bitstre… これを読むと、柔道の場合の神棚設置は剣道より遅いようです。

2015-05-12 17:32:19
みんみんぜみ @inuchochin

論文最後の結びにあるように、実は武道の礼儀作法は「決して江戸時代以来百年も二百年も続いている伝統的形式でも何でもない」ものです。とある都合で作りだされたという意味ではある意味江戸しぐさと同じですね。私が習ったり見聞きした流派の礼も現代武道・剣道の影響はありますがずいぶん違います。

2015-05-12 17:33:22
江戸時代の武術の稽古場所
みんみんぜみ @inuchochin

板間や畳敷の道場が全国一般化したのは明治以降で、江戸時代は板間は一部藩校や江戸の道場等ぐらいだったようです。柔術も剣術も江戸当時多くの流派は土間や庭で稽古していたようです。私が習った流派も基本的に屋外で稽古します。昔は師範宅の庭や土間が道場だったようです。今は公園等で稽古してます

2015-05-12 17:35:05

正確にいえば江戸などでは板間の武道場があったようですが、多くの地方では幕末頃はまだ板間の道場は珍しく、あっても一組か二組程度しか稽古できない狭いものが多かったようです。道場に入りきれない門人は庭で稽古していた、という体験談は明治大正になってからもあります。

みんみんぜみ @inuchochin

江戸しぐさと違って作られた時は捏造とかそういうものではなかったんだけど、だんだん昔からそうだったと思う人が増えてきた感じだろか。道場で足を投げ出さない、とか稽古着は白、とかそういうのも明治幕末の記録を見るとかなり適当だった道場もあるみたいだし。

2015-05-12 18:03:01
みんみんぜみ @inuchochin

@baritsu そのようですね。ツイートしましたがそもそも土間や庭で稽古していたらことさら神棚とか無いですしね(^^;;

2015-05-12 19:01:44
みんみんぜみ @inuchochin

@sh_etoh 私も100年もあれば伝統だと思います。江戸しぐさと比較したのは、武道やっている人や武道の先生にも剣道などの礼儀作法や神棚まつる事がほとんど全部武士の時代からの伝統だと思ってる人が多いからなんですけどね。ちょっと言葉足らずで誤ってました。

2015-05-13 10:15:45

江戸時代以前の武術と宗教について

はちもんじ @8koudegozaru

@inuchochin まぁ切口は面白いと思いますぜ。じつはオイラも「道場」という仏教の教授施設で、修行者が軒・庵・斎という「戒名」を名乗ってるのに、道場が神道化してるのは謎じゃったのでね。

2015-05-13 17:56:24
みんみんぜみ @inuchochin

@8koudegozaru そういえば仏ですよね、道場。森本先生のブログに書いていましたが、導場以外に演武場や稽古場とか言われている例も多いですよね。藩校(儒教的?)の場合は演武場が多い印象ですが。

2015-05-13 23:29:24
みんみんぜみ @inuchochin

宗教と武術については、他の習慣と同じくむしろ明治以前の方が強い事はいうまでもないです。たとえば道場稽古場に神棚や神仏関係のものは皆無でも、入門の際に起請文(流儀の決まりごとを守る事を神々へ誓う)を出すのは一般的な習慣でした。

2015-05-14 17:14:42
みんみんぜみ @inuchochin

起請文は全国多数の神仏に、流儀を身につけるまで修行すること、身に付かない限り親兄弟でも技を教えない事、他流を批判しない事、などを誓う形式になっています。武術の場合、入門帳替わりに書かれている事もおおく、最初の誓いのあとに多数の門人の氏名が書かれているものも多く見られます。

2015-05-14 17:15:25
みんみんぜみ @inuchochin

福島県に伝わった棒術流派の起請文(1800年頃)。 こんな感じに最初に誓うべき事が書かれてます。 pic.twitter.com/JV0wWnPeoh

2015-05-14 17:27:10
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コメント

我乱堂 @SagamiNoriaki 2015年5月14日
そういえば、昔、寛永年間の剣豪小説書いた時、いつから「道場」と呼ぶのかはっきり特定できなくて、「稽古場」みたいなので誤魔化したっけw
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