塩谷賢 #哲学表現基礎論 第5回「ギブソンの視覚論から、絵画はどのように考えられるのか?」

塩谷賢 #哲学表現基礎論 第5回「ギブソンの視覚論から、絵画はどのように考えられるのか?」の簡単なまとめです。
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塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

【予習復習図書】 J.J.ギブソン, 古崎敬他訳(1978=1986)『生態学的視覚論―ヒトの知覚世界を探る』サイエンス社 amazon.co.jp/%E7%94%9F%E6%8…

2015-05-13 22:55:14
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

<内容詳細> 視覚を「脳と眼」の問題として捉えるのではなく,環境の中を動き回る,頭に付いている眼が,環境の中における対象を,「いかに見るか」という,視覚への生態学的アプローチの書.現代知覚心理学のパイオニア,ギブソンによる,古典光学に代わる生態光学の提唱.

2015-05-13 22:56:24
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

【予習復習図書】 モーリス・メルロ=ポンティ, 竹内芳郎, 小木貞孝訳(1945=1967)『知覚の現象学』〈1〉みすず書房 amazon.co.jp/%E7%9F%A5%E8%A… 竹内芳郎, 木田元, 宮本忠雄訳『知覚の現象学』〈2〉 amazon.co.jp/%E7%9F%A5%E8%A…

2015-05-13 23:04:55
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

塩谷賢 #哲学表現基礎論 第5回の時間がやってまいりました。

2015-05-14 13:08:55
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

ギブソンは生態学的視覚論において、デカルト以来の、屈折工学に基づく放射光が目から入って…という視覚モデルではなく、包囲光のなかを生物が進んでいくというモデルを考案した。「生物が視覚情報をどう扱うか?」と問うとき、「どう扱うか」が視覚情報に与える影響に注目する。 #哲学表現基礎論

2015-05-14 13:14:01
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

包囲光のなかを動いていくことによって、その配列が変わる。それによって生物は自らの位置と運動を知る(ギブソンが例にあげるのは飛ぶ鳥と泳ぐ魚)。捕食対象であれ、天敵であれ、競争相手であれ、相手を見つけ、近づくか離れるかを決める。植物の場合は走光性。 #哲学表現基礎論

2015-05-14 13:25:15
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

戦略のバリエーションを作りだすには、相手がどこにいるかどういう姿勢にあるかどちらを向いているかなどの情報を得なければならない。そのために、光の配列の動態のなかのinvariant(関係的な不変性)としての〈像〉を取り出す。 #哲学表現基礎論

2015-05-14 13:40:49
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

社会性(群れなど)を持つ動物は、“見る”だけでなく“見られる”も重要になる。また、仲間の何を見るか、仲間の視線の方向を見るのか、体色の変化やディスプレイを見ているのか。そしてそれらは自分が仲間から“見られる”要素でもある。そのとき、評価値は量化されて評価される。 #哲学表現基礎論

2015-05-14 13:47:41
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

つまり、「Aは餌をたくさんとってきてくれる」という能力の評価は「餌をたくさんとってきたAのイメージ」や「Aのとってきた餌の数を刻んだ枝」などとセットで評価される。 #哲学表現基礎論

2015-05-14 13:51:29
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

行動をするということは“像”invariantを変化させるということであり、変化させるという局面では“制御”(control)が必要となる。通常、私たちは制御できるところを「情報」と呼んでいる。つまり、私たちは「こうやったらこうなる」の連関をあらかじめ知っており…#哲学表現基礎論

2015-05-14 13:56:49
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

…しかもその連関を知っていることを忘れている。シミュレーションをするときに重要なのは、制御対象とならないことを知っているがゆえに忘れている=情報化されないものを、どのように取り込むか、どのように捨てるかということ。#哲学表現基礎論

2015-05-14 14:00:54
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

「見る」という行為は、単一の行為ではなく、制御に及ぶ、行為の多様体なのだ。 では、それをふまえたうえで、私たちは絵画をどのように考えられるのか?#哲学表現基礎論

2015-05-14 14:04:36
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

ラスコー洞窟やショーヴ洞窟の壁画は、ひとつの絵に見えるが、あれは千年以上かけて、書き足されたり書き直されたりしている。建築だって、300年くらいかけて少しずつ増築されている教会はざらにある。こういう場合、全体の設計図なしにそれを作っているのは誰なのか?#哲学表現基礎論

2015-05-14 14:19:17
塩谷賢ゼミ(非公認) @shiotani_bot

先ほど、「見る」ということは行為の多様体だと言ったが、それは情報が多様体であるということでもある。情報が多様体であるとはこの場合、同じレベルの貼り合わせではない。異なるレベルの情報の同水準への移動の必要がある(代表は数値へのcode)。#哲学表現基礎論

2015-05-14 14:30:57