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68年前の中学生の理工系教科書を入手したので公開

1945年に終戦、それから2年後の1947年の終戦直後の教科書。 「私たちの科学 14 機械を使うと仕事はどのようにはかどるのか 中学校第3学年用」 「私たちの科学 16 交通通信機関はどれだけ生活を豊かにしているか 中学校第3学年用」
科学 理工 バイク 昭和22年 飛行機 教科書 工学 鉄道 自動車 テクノロジー
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古本市でゲット
ワカゾー @WakazoMarine
さあて今週末はついに名古屋の古本即売会です。ボクも遠方から参加しますので船関係の本を買い漁ってたらボクかも知れませせんよ!?www
ワカゾー @WakazoMarine
さて古本市での戦利品を公開しますよ。満足行く結果では無かったですが及第点かなって感じです。
機械を使うと仕事はどのようにはかどるのか
ワカゾー @WakazoMarine
1冊目は昭和22年発行の「私たちの科学 14 機械を使うと仕事はどのようにはかどるのか 中学校第3学年用」です。これ非常に面白い教科書で今でも興味津々に読めます。もちろんボクが"保護"したということは船への言及もあります。 pic.twitter.com/Qz68rC9y7T
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ワカゾー @WakazoMarine
終戦から2年後の教科書で終戦直後の実用科学を見る事ができる面白い教科書です。しかしながらボクの婆様は「小学校中退」と言っていたので一部の人しかこれで学んでないのだろうなと感じます。
ワカゾー @WakazoMarine
それでは中身を紹介しますね。この教科書は理工系ならば楽しいこと間違いなしですな。昭和22年当時の列車台車の説明ですよ。基本的構造は現代と変わらないですがコレを授業で教えていたことに面白さがありますpic.twitter.com/erTj3LURuu
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ワカゾー @WakazoMarine
続いてはミシンの構造重機械を紹介しているだけでないのが好印象です。おそらくですがこうした教科書の存在は中学卒業と同時に集団就職を控えているので社会の要望により作られたのだと思います。 pic.twitter.com/JFXELQAamO
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ワカゾー @WakazoMarine
驚きのオットーエンジンの紹介です。時代を感じますね。少なくともボクが学生のときには内燃機関の歴史として紹介される程度でした。それが実用するものとして紹介されています。当時のオットーエンジンは石臼を回すなどに利用されていたそうです。 pic.twitter.com/cAZjP7FVsJ
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交通通信機関はどれだけ生活を豊かにしているか
ワカゾー @WakazoMarine
実は教科書はもう1冊あるのです。こちらも昭和22年発行の「私たちの科学 16 交通通信機関はどれだけ生活を豊かにしているか 中学校第3学年用」です。さきほどの「機械を使うと仕事はどのようにはかどるのか」とセットのような形で売っていた。 pic.twitter.com/oxFhjeiNyE
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ワカゾー @WakazoMarine
主に通信や物流を取り上げる教科書なので普通にモールス信号での電報の話が出てきます。 pic.twitter.com/PyicMvLGj7
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ワカゾー @WakazoMarine
比較的に実用を目指した教科書なので構造などもしっかりと紹介されています。現代の教科書ではここまでやりませんよね。今ではおそらく自由学習の中で学ぶ内容なのではないでしょうか。 pic.twitter.com/olBFpH4Xor
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ワカゾー @WakazoMarine
物流と言う意味で自動車やバイクの紹介もあります。当時は既に通信と物流が別個に考えられているのではなく大きくカテゴライズすると同義のものという認識があったことが判ります。 pic.twitter.com/8EDLoeNJYl
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ワカゾー @WakazoMarine
通信と物流が主題のテーマであるにも関わらず機械工学的な説明が各所に見られる教科書です。当時の社会情勢を考えるのならば、やはり社会は高度経済成長期へ向けて機械工学の担い手を求めていたように感じます。 pic.twitter.com/8XSvgwvuJ7
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ワカゾー @WakazoMarine
当然ながら通信と物流に関係した部分で飛行機の説明も登場します。アメリカからの外交戦略によって日本の航空工学は立ち遅れてしまいますが一応は情報として提供されていたようです。 pic.twitter.com/XLkOWuCeAU
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ワカゾー @WakazoMarine
当時の文部省の意図は判り兼ねますが中学生用とは思えないほど航空力学について詳解されています。自動車や船に関する情報はここまでではありません。当時はまだGHQが進駐してますから何やら文部省が苦心したような気がしますpic.twitter.com/ZL5ffV9u7W
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ワカゾー @WakazoMarine
というわけで今回得た史料の紹介でした。これらの教科書も電子書籍ePub化をしていきたいと考えていますので、ご興味のある方はそれほど期待しないでゆっくりと待っていて下さいね。もうちょっとココ見せて!という要望にも対応しますので気軽に言ってください。
自己紹介
ワカゾー @WakazoMarine

海の業界の末席を汚す人。現役船員かつ海務担当陸上職員。海事・海運・海難・船体工学・気象科学・海事法規に関する情報共有や解説などを行っている。趣味は釣りとモノ作りとIT。GNU/Linuxユーザ。

https://t.co/OKyWdHUiAm
ワカゾー @WakazoMarine
現在個人的に1944年に発行された「日本漁業史論考/木島甚久著」の電子書籍ePub化をゆっくりと行っております。2015年現在から数えると発行は71年前で著作権法上の権利も解消しており、完成後広く無償公開する予定です。ご興味ある方は気長に待ってくださいね。
日本漁業史論考の本文から一部

捕鯨業は目立つて發展したが、その中心地は太地浦を始め三輪崎、古座浦などであつた。鯨を追うて海へ海へと進出したのは、浦賀の沖の黒船のみではなく、古く紀州漁民は鯨を追うて海上遍歴の旅に出た。勇敢なこの漁民は、西へ東へと良好な漁場を見出しては定住し、そして海上植民の最も典型的な漁民となつた。


喰ふか喰はれるかの死鬪を演ずるのを常とする、生命を賭しての往昔の捕鯨業が生やさしい漁業でないことは誰も知つてゐる。捕鯨の本場、熊野太地浦では明治十一年冬脊鯨一頭のため八十九名の漁夫をいけにへにし十九隻の漁船を一擧に海底の藻屑にしてしまつた。それ程捕鯨業は冒險的な漁業で、嚴冬の荒海で巨鯨と戰ふ死の鬪争――、それはまさに海國男子の意気そのものゝ表現でなく何であらう。


※ 熊野太地浦とは和歌山県東牟婁郡太地町のことです。
本書は太地町の捕鯨文化に関する一級品の史料の1つという側面があります。

コメント

nekosencho @Neko_Sencho 2015年5月28日
侍ジャイアンツ(巨人の星より少しあとの漫画、アニメは宇宙戦艦ヤマト1期の直前)の中に、主人公の父親がクジラに食われて亡くなったという話があって、そんなことあるかよwみたいに思ってたんだけど、実際危険だったんだね捕鯨。ちなみにさすがのおいらも再放送で見たクチです
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