桶狭間の戦いと関係しそうな刀剣男子の話

へし切長谷部、宗三左文字の他、少し時間差があって、熱田に奉納された太郎太刀や次郎太刀に関連するかもしれない桶狭間の戦いの情報と妄想まとめ
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太郎太刀奉納時、熱田大宮司だった千秋季信。
彼は、母親のお腹にいる時に父親が討死。
それが遠因で、季信元服前後2~3年、太郎太刀奉納の前年まで叔父とお家争いをする事になります。

季信の父親である、季忠が討死したのが桶狭間の戦い。
彼は何故死んだのか、を知るべく調べた資料
そこから派生する刀剣男子の妄想纏め

フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

宗三左文字の主だった、今川義元が織田信長に討たれた桶狭間の戦い。この時、当時の熱田大宮司千秋季忠が戦死しています。太郎太刀奉納時の大宮司、千秋季信の父親です。では、織田信長は、今川義元はどの様に戦い、千秋季忠はどの様にして討死したか。そこに大いなる沼があります。

2015-05-23 02:44:32
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

途中、銀英伝に例えてみたが、桶狭間の戦いの解釈がこれであっているかについてはさっぱり自信がない。

2015-05-23 23:09:55

桶狭間の戦いの描かれ方と実際の動員数

フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

まず、一般的な桶狭間の戦いの認識として、 ・今川軍軍勢数万騎を寡兵の織田軍精鋭が破る ・今川義元は京趣味の無能で油断してた ・今川軍は窪地にいた所を奇襲された ・雨で奇襲に気付かなかった と思いますが、後年の研究で、これらは小瀬甫庵の創作で信憑性が怪しいという事も分かってきました

2015-05-23 03:00:03
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

また小瀬甫庵か(姉川の戦いについて、蜻蛉切VS太郎太刀とかを書き加えたり、真柄を討取ったのを青木じゃなく匂坂兄弟に書き換えたのはこの人) それはともかく、まだ小瀬甫庵の信長記よりは信憑性のある、太田牛一の信長公記から、桶狭間の戦いのあらましを拾いたいと思います

2015-05-23 03:14:53
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

なお、今回の件で、太田牛一の方ですら、信憑性が小瀬甫庵よりマシ程度なのは、今川側に自軍の動員数を示す記録がないため、今川軍の数に関して著者の勘違いや、戦果を華々しくするため、意図的な水増しをやっている可能性があるからです。

2015-05-23 03:26:10
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

なので、信長公記によると今川軍の数は4万ですが、戦前の帝国陸軍参謀本部の研究によると2万5千 最近の研究では、今川家の当時の国力を考えると2万弱がせいぜいではなかったか、と言われている。一方の織田軍は精鋭2千(多分純粋な戦闘員だけ数えてる) 甫庵信長記の、VS数万程絶望的ではない

2015-05-23 03:56:18
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

また、今川軍2万とは言っても、全てが武具を備えた戦闘員ではなく、補給などのための支援要員も含めると思われ、戦闘員だけを数えると実数は更に減ると思われます。それと、織田の2千も、戦闘員の実数+戦功を華々しくするための過少申告である可能性が高い。

2015-05-23 04:09:18

太田牛一『信長公記』に描かれた桶狭間の時系列

フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

さて太田の信長公記から桶狭間の戦いの時系列 5/18 夕方「17日から今川軍が沓掛に入って総攻撃の準備しており、19日朝には、取手(砦)を攻略するのは必然」と佐久間大学と織田玄藩(それぞれ丸根山と鷲尾山の砦にいる)から、信長に伝達があった が、その夜、信長は部下と世間話しただけ

2015-05-23 04:46:51
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列2 5/18 清州城で、佐久間達の報告を放置して部下達との雑談続く、深夜に解散。織田家の家老達が『運の末には智慧の鏡も曇るとは、此の節なり』と信長を嘲弄 5/19 案の定、夜明け頃に、佐久間と玄蕃から「丸根山と鷲尾山に(今川の)兵が取り付き始めた」との報告

2015-05-23 05:10:21
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列3 5/19 佐久間らの報告を受けたその時、信長『敦盛』を舞い始める。その後、法螺を吹け、具足を用意しろと言い、立ったまま食事をする 信長+小姓衆5人の計6騎で、熱田神宮まで三里(約11.7㎞)を一気に駆け抜ける

2015-05-23 05:28:42

※時系列1から3まで、誤:鷲尾→鷲津

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桶狭間の戦いの時系列4 5/19 辰の刻(午前7-9時)に、源大夫殿宮(熱田神宮内の上知我麻神社)前から東の方を見ると、鷲津と丸根の両砦が陥落したらしく、煙が上がるのが見えた。 この時、馬上6騎(信長と小姓衆)と雑兵200名ほど

2015-05-23 05:41:07
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列5 5/19 浜の方から行けば近いが満潮なので、信長達は熱田より上道を必死に駆け、丹下の砦に、そこから善照寺、佐久間が居る砦に来て、手勢が揃うまで様子を見ていた 一方、今川義元は、桶狭間山で兵馬の休息をとっていた。二つの砦を落として満足し、謡を三番歌っていた。

2015-05-23 05:55:08
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列6 5/19 同じ頃、家康(当時は今川方)は朱武者で先駈けたり、二つの砦を落とすに当たって大変な苦労をしたため、大高城で休んでいた。 信長が善照寺にいると知り、佐々政次と千秋季忠が、今川方に手勢300で突撃して佐々ら50人が討死。

2015-05-23 06:12:13
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列7 5/19 (これを見て)義元は『文先(矛先)には、天魔鬼神も忍べからず(耐えられないと見える)。心地はよし』とゆるゆると謡などを歌う 信長、中島砦へ移動開始。家老達が「泥濘深く、一騎打ち向きで、我らが寡兵であると敵から丸見え、止めて下さい」と必死の説得

2015-05-23 06:51:21
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列8 5/19 家老達を振り切って中島砦に到着した時、信長の手勢2千程度。砦からさらに進もうとする信長、また家老達に止められようとしていたが、 信長は、今川軍が夜通しの行軍と相次ぐ砦攻略で疲れていること、対する自分達は新手で疲れておらず、怖れる事はないと説得

2015-05-23 07:13:43
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列9 5/19 前田利家達が敵の首を持ってくる。信長達が山際に軍を寄せようとした時、急に雨が降り、今川方に向かって石氷を投げ打つような雨が降り注いだ。味方(信長方)には背後から雨が襲った。

2015-05-23 07:22:21
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列10 5/19 沓掛峠の松の下、雨のせいで、二抱え三抱えもある楠が東向に倒れていた。これを見て、皆は、熱田大明神の神軍ではないかと言い合った。 空が晴れるのを見た信長は、槍を立て、かかれと声を掛け、黒煙をあげながら突撃していった。

2015-05-23 07:27:07
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列11 5/19 それを見た今川軍は、水を撒いたように後ろの方へ崩れた。弓槍鉄砲、のぼり旗指物をまき散らし、義元の御輿を捨てて逃げた。 旗本(この場合は本陣や総大将)はここだ、と命令が出て、未の刻(午後1~3時)に東の方へ攻めかかった。

2015-05-23 07:46:27
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列12 5/19 初めは300程が義元を囲んで敵を退けていたが、何度も争いが繰り返される内に次第に人がいなくなり、最後の方には50騎ほどになった。信長は馬を下りて若武者達と一緒に先を争った。敵味方の区別はつき、馬廻や小姓の負傷者や死者は数えきれないほどであった。

2015-05-23 07:53:37
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列13 5/19 服部小平太が義元にかかっていき、膝の口を斬られて倒れた。毛利新介が義元を討ち伏せ、首を取る。この手柄は、かつて斯波義統の弟を助けた事による冥加(神仏の恩恵)による物だろうと、人々は噂した。

2015-05-23 08:06:17
フラワードクトリン@東5テ33a @flowerdoctrine

桶狭間の戦いの時系列14 5/19 桶狭間は、狭く、泥深くぬかるんでいて、植物が高く低く生い茂り、通行の難しい所は上げればきりがない。 逃げた者は、泥深い田で這いずり回っている所を若者に追いつかれ、(若者は)二つ三つとそれぞれの手に首をって、信長の御前に参じた。

2015-05-23 08:18:57
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