- fussoo_moe
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これは簡単な話、貧乏大日本には大型艦が建造できる造船所がそのくらいしかなかったから。そのため戦時になると修理に使う造船所が不足、建造中の船を引っ張り出さざるを得なくなったりして、大型艦の建造はほとんどできなくなった。 twitter.com/lunaticmonster…
2015-05-26 21:15:37日本海軍が大和型戦艦の建造をはじめるにあたって、ドックや船台の能力が不足していたために拡張工事からはじめたのは有名な話だが、欧米にはそのまま大和型が建造できる造船所がいくつもあったり。
2015-05-26 21:22:37だもんで日本で戦時中に起工して、なんとか完成状態まで持っていけた大型艦は、軽巡洋艦1隻(酒匂)と空母3隻(雲龍型)しかない。
2015-05-26 22:00:49これほんと。いっけん同じに見えるシップヤードでも、ビルディング/メンテナンスの役割差はあるわけで。そのへんの厚みが皆無だった帝国は、けっきょく戦争なんかできなかったんや、という話 twitter.com/renya_mutaguch…
2015-05-26 21:19:05戦争中どころか開戦準備段階で既に民間造船所圧迫して艦艇の整備やってるんだぜ・・・(だからこの時点で民間造船も停滞してる
2015-05-26 21:58:51戦時造船史に書かれてることを要約すると、戦時建造能力は平時の2倍ぐらい 戦時標準船化で30% 日曜祭日出勤で10% 残業で15% 工員増加で40% 計画造船方式20% 合計115%(軍艦造修分を引いて100%前後だろという見積)
2015-05-26 22:02:02民間船舶は大体25年の寿命とされてたので、仮に2000万トン保有するなら80万トンの建造能力、余裕を持たせても1.5倍で120万トン建造能力があれば良い(史実の日本は640万ぐらいがピークだから40万も要らない)
2015-05-26 22:05:49実際は技術の改善で建造能力のブーストは更にあったわけだが、平時の造船規模は商船隊の規模や海軍の規模に応じた分以上は維持できないわけであるな
2015-05-26 22:07:59まあ個々の細かい数値はともかくとして、日本は商船隊がそもそも小規模で必要量2000万トンの1/3しか保有してないんだぜという。これが造船所の規模にも反映されてたわけだ
2015-05-26 22:13:16@sudo_simoigusa たまに架空戦記で日本の造船能力をアホみたいに嵩上げしてるのがありますが、まあ施設や資材の問題は解決できるとして、問題はそれだけの船腹を満たすに足る需要がその世界の日本(とその貿易相手)にあるのかってことですな
2015-05-26 22:15:21@g255_twoline 大東亜共栄圏内で稼働してる船腹量が約1500万なんだそうで、それを最終的には全部日本船で埋め+発展余裕を見込んで2000万というのが目標だったようです。だから史実保有量の3倍までは大東亜共栄圏で考えれば無いわけではありません
2015-05-26 22:22:40大東亜共栄圏で考えれば1500万トンだっていっても、そこで全部日本商船隊が置き換わるには侵略的行為が必要なわけで、結局需要は腕力で奪うしか無いというw
2015-05-26 22:25:13日本では造船所の数が足りないのが一つの問題だったわけだが、造船所の努力と拡大、更に新しい建造技術や設計の工夫で、出来る限りの建造数増加はやったんだが、そしたら鉄が足りなくなった・・・
2015-05-26 22:30:00@sudo_simoigusa そもそも鉄も不況期にお上の音頭取りで設備統廃合やって生産能力削ってませんでしたっけ。
2015-05-26 22:31:22架空戦記を作ろう!→工業生産力をうまいことして上乗せしてっと→それを吸収する市場をこさえてっと→うん、軍艦も飛行機も沢山作れるようになったぞ→……この世界、アメ公と戦争する動機なくね?
2015-05-26 22:33:26造船能力のお話になると、やはりアメリカは恐ろしい。 何が恐ろしいかって、例の週刊護衛空母を独力で造った会社が戦争のほんのちょい前に造船業界に入った新規参入業者だということだ。
2015-05-26 22:27:05とまあ色々なめんでわかるけど、日中戦争の時点で余力吐き出してるので、そこから上乗せ出来るだけのものは日本にはなかったということですね
2015-05-26 22:43:11三菱長崎は昭和16年のうちに船台から武蔵と隼鷹を追い出してるはずなんだけど、その後_(:3」∠)_と笠置を起工するまで何やってたんだろう。
2015-05-26 23:25:26