レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

かつて日本を護り沈んだ軍艦は引き上げられ今は病院の放射線防護に使われている ある日レントゲン室で海自の幹部が出逢ったのは橙色のセーラー服を着た少女の亡霊だった 自らを旧軍の巡洋艦川内だと名乗る少女が幹部に打ち明けた、今を護る防人へと託したい想いとは・・・ #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

自衛隊横須賀病院 「はあ・・・」 レントゲン検査を控えた、綾瀬進二等海尉は、控え室で待ちくたびれため息を漏らしていた 自衛隊の定期健康診断で引っ掛かった綾瀬は、人間ドッグと称した精密検査で浦賀に寄った船のついでにドッグ入りするはめになっていたのだった #レントゲン室の亡霊

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「あー、早く終わらねえかなあ・・・」 一泊二日の検査入院は仲間からは羨ましがられたが、船に揺られていないと落ち着かない綾瀬からすると迷惑この上ない そもそも、なぜ尿検査で引っ掛かっただけでレントゲンまで撮らねばならないのか 「綾瀬さん、どうぞー」 #レントゲン室の亡霊

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ようやく待ち焦がれた検査室に通される 部屋の真ん中には金属製のベッドと、そこに寝た人間を圧死させるんじゃないかと心配になるような重苦しく吊られたレントゲン、更に壁際にマンモグラフィや肺に使うためのレントゲン設備 「はい、そしたらそちらの壁際に立って下さい」 #レントゲン室の亡霊

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綾瀬はそのうちの、肺を撮るための立位式のレントゲン設備に通される 「はい、そしたら今から合図を息を大きく吸って、そのままでいてください」 男性の放射線技師は端的に指示を出すと窓に放射線警告の標識の張られたドアから隣の部屋へ (さっさと終わらねえかな・・・) #レントゲン室の亡霊

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綾瀬がそう思った次の瞬間だった (ん・・・？) シャッターを切るような大きな音とともに、レントゲンが撮られる 「はい、いいですよー」 気がつくと、また放射線技師が隣にいた 「気の、せいかな・・・」 「はい？」 「あ、いえなんでも」 #レントゲン室の亡霊

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小首を傾げる技師に礼を告げて次の検査のために部屋を出た綾瀬の脳裏には先ほど、レントゲンを撮った瞬間の奇妙な光景が焼き付いていた (さっき、正面のガラスに女の子が映ったような気がしたんだが・・・) #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

その日の夜 綾瀬は、慣れない病室でなかなか寝付けずにいた 「枕が変わると、ダメなんだよな・・・」 その時である するすると病室の扉が開くと、見慣れない少女が入ってきた 髪を両側の頭側部でまとめ、オレンジ色のセーラー服を着たその少女は、ベッドサイドまで来ると #レントゲン室の亡霊

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だが、このときの綾瀬はまだ知らなかった この少女がこれからもたらすであろう、様々な事態を・・・ #レントゲン室の亡霊

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しげしげと楽しそうに顔を覗き込んでくる (なんだ？ 見舞いか・・・？) だが部屋は綾瀬専用の個室で他に誰かがいるはずもなく、そもそも夜中に高校生のように見える少女が一人で見舞いに来るということ自体が不自然である #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

(もしかして、幽霊とかの類いか・・・？) とりあえず、話しかけてみる 「おい」 すると少女はびっくりしたように、目を丸くした 「そう、お前だお前 なに人の顔を覗き込んでんだ」 「え、おじさん、私のこと見えるの？」 #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

「おじさんとは失礼な、俺はまだ30手前だ」 綾瀬はむっと眉を寄せる 「へー、私に話しかけたのはおじさんが初めて」 対して少女はやけに嬉しそうだ 「おじさん、名前は？」 「綾瀬二尉だ お前は？」 「私？ 川内！ 川の内と書いて、せんだい！」 #レントゲン室の亡霊

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すると少女は続けて、信じられないようなことを言った 「川内型軽巡洋艦の一番艦よ！」 「せんだい型・・・？」 綾瀬は首を傾げる 海自に「せんだい」という船はあるが、あれはせんだい型などではなくあぶくま型だったはず #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

そもそも、今では「巡洋艦」などという呼称は存在せず、戦闘艦艇は全て「護衛艦」となっているはずだ 「お前、何かの間違いだろ」 「嘘じゃないよ！ ちゃんと帝国海軍から菊の後紋章ももらったんだから！」 そこで綾瀬は合点が行った #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

ベッド脇にあるスマホを取りだし検索をかけてみると、確かに帝国海軍には「川内」というネームシップがあったことがわかった だが、なぜ少女が船の名前を語るのかは相も変わらず訳がわからない 「お前、俺を担ごうとしてんだろ」 #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

なんでも近頃巷では、マニアの間で兵器の擬人化なども流行っているらしい あるいは、そのコスプレかなにかの類いだろうか 「担いでなんかないよー！ 私が川内型軽巡洋艦一番艦の、川内！」 ・・・あるいは、そうとう痛い子なのだろうか #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

そこで綾瀬は、ふとイタズラがてら、この川内という少女に意地悪な質問を投げ掛けてみた スマホを頼りに、史実の川内の戦歴や歴代艦長、配備された部隊などの質問を投げ掛ける するとおどろいたことに少女は、その全てに正しい答えを返した どうやら、知識だけは本物らしい #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

「んで？ その軽巡洋艦さんが、俺に一体何の用だ？」 「んー、別に ただ、イタズラに来たの」 「イタズラ？」 「うん、たまーに霊感ある人とかだと私の存在に勘づいたりすることがあって、面白いから病室覗いて回ってた」 なんとはた迷惑な #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

「じゃあ何か、お前は普通の人間には見えないと」 「うん」 「それが、なんで俺には見えるんだ」 「さあ？」 なんとも胡散臭い話である 「本当に見えないのか？ イタズラとかではなく」 「もー、疑り深いなあ」 川内は嘆息 #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

「そんなに言うなら、明日も病院でずっと付いて回ってあげる」 「は？」 しまった、と綾瀬が思ったときは遅かった　 「それなら、イタズラとかじゃないってわかるでしょ？」 ・・・どうやら、病院でのプライバシーは完全に喪失するようだ #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

あくる日 検査が全て終わり、病室で荷物をまとめる綾瀬は重いため息をつく 背後には、それ見ろと言わんばかりにニコニコ顔の川内 ・・・結論から言うと、川内が言っていたことは本当だった 採血や面談の間中川内は綾瀬の回りをウロウロしていたばかりか、 #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

尿検査の最中などトイレの中にまでついてくる有り様で、綾瀬は酷く気疲れさせられた ここまで来るともう、人には見えないという川内の言を信じるしかなくなる 「はあ・・・ 変なのに目をつけられちまったもんだ」 霊に四六時中監視されるとは、全く、とんだ検査入院である #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

しかし、綾瀬にはひとつ疑問があった 「てかお前、なんで病院なんかに船の霊がいるんだ？」 横須賀には自衛隊病院以外にも旧軍ゆかりの施設は多くある なにも、霊だからと病院に現れる必要は無いではないか なにより患者の心臓に悪い 「んー、なんでだろ・・・ #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

落ち着くから、かな？」 「レントゲン室が、か？」 「うん、あそこが一番落ち着く」 ふむ、と思案する綾瀬は、かつて見たとあるテレビ番組を思い出していた 引き揚げられた旧軍の軍艦を紹介するその番組によると、身の回りには意外と軍艦に使われていた鋼材があるらしい #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

なんでも現代の製鉄所では炉の寿命を計測するため、 炉の材料に微量の放射能を持たせるらしい その放射能の減少具合で炉の厚さがわかるというこの技術はしかし、微量の放射線を計測するレントゲン室や計測機器には悪影響を及ぼしてしまう #レントゲン室の亡霊