- scidreamer
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(1)非正規雇用の問題が取り上げられるようになってから久しい。主な問題は非正規社員と正規社員の経済的格差だろう。さて、この非正規雇用問題について、二つの相反するように見える調査結果がある。「正規社員になりたい非正規社員はどれくらいか」という問題だ。
2015-05-31 16:50:26(2)長谷川幸洋は「『非正規=悪』と野党叫ぶも正社員になりたい非正規は7.6%」(週刊ポスト2014年12月26日号 news-postseven.com/archives/20141…)という記事を書いている。
2015-05-31 16:51:08(3)長谷川は「総務省は非正規雇用者(総数1952万人)を対象に『なぜ非正規を選んだか』アンケート調査している」としたうえで、「『正規の職員・従業員の仕事がないから』という理由はどれくらいかといえば、実は17.1%にすぎない」と指摘している。
2015-05-31 16:51:37(4)また、「非正規雇用者のうち転職希望者は22.9%に過ぎず、そのうち『正規の仕事がないから』非正規に就いていて転職希望となると148万人、全体の7.6%にとどまっている(2014年7~9月期平均)」と続ける。
2015-05-31 16:52:07(5)そして、長谷川は「これらの数字が示しているのは、非正規雇用の大部分は自己都合であり『本当は正規で働きたい』という人は世間が思うほど多くはない、という現実である」と結論づけている。
2015-05-31 16:52:36(6)この総務省のアンケート調査とはおそらく「平成26年労働力調査」(総務省統計局 stat.go.jp/data/roudou/ri…)だろう。(長谷川は「出典を記載してください」(総務省統計局)というルールを守っていない。)
2015-05-31 16:53:07(7)さて、この長谷川の記事と相反するように見える結果を示すもう一つの記事を挙げる。an reportの「正社員希望の動きと働く意識の変化」(weban.jp/contents/an_re…)という記事だ。
2015-05-31 16:53:36(8)an reportの調査は2009年3月とやや古いけれども、その中では「非正規社員のうち、正社員としての就業希望者はどのくらいの割合なのかを見てみると、全体では『希望する』が53.3%、対して『希望しない』が46.7%という結果となった」とある。
2015-05-31 16:54:07(9)はたして正規社員になりたい非正規社員はどれくらいなのだろう。「17.1%」(総務省)と「53.3%」(an report)では大きな違いだ。両調査のこの結果の違いはどこから来るのだろう。
2015-05-31 16:54:37(10)両調査の違いとして、まず標本数が挙げられる。総務省「労働力調査」では「調査の対象となるのは毎月約4万世帯及びその世帯人員約 11万人,そのうち就業状態を調査する15歳以上人口は約10万人である」(stat.go.jp/data/roudou/pd…)とある。
2015-05-31 16:55:07(11)対して、an reportの「正社員希望の有無(非正規全体)」は「n=4258」となっている。標本数は総務省「労働力調査」がan reportの調査の23倍となっている。(ただし、「労働力調査」の方の有効回答数は不明なので、調査対象数を基に計算している。)
2015-05-31 16:55:37(12)一般に、標本数が大きいほど、標準誤差は小さくなる。なるほどそれは確かだけれども、それを以て両調査の違いが標本数の大きさの違いから来る誤差の差によるものだと考えるのは早計である。
2015-05-31 16:56:07(13)母集団比率が標本比率に近いとすると、信頼係数95%、母集団比率50%のとき、標本数が2500、5000の場合の標本誤差は2.0%、1.4%とされる(icit.jp/analysis/error…)。an reportの標本誤差は2%以下というわけだ。
2015-05-31 16:57:32(14)これくらいの精度があれば、結果の「53.3%」という数値を論じるうえで問題はない。そして、明らかに両調査の違いは標本誤差では済まない。ただし、偶然誤差だけでなく系統誤差が存在するかもしれず、存在するとすればどの程度の大きさなのかは分からない。
2015-05-31 16:58:04(16)総務省「労働力調査」の調査票では質問は以下のようになっている。「どうして今の雇用形態についているのですか 当てはまるものすべてに記入 うち、おもなもの一つに記入」(stat.go.jp/data/roudou/pd…)。
2015-05-31 16:59:00(17)また、選択肢は「自分の都合のよい時間に働きたいから 家計の補助・学費等を得たいから 家事・育児・介護等と両立しやすいから 通勤時間が短いから 専門的な技能等をいかせるから 正規の職員・従業員の仕事がないから その他」だ。
2015-05-31 16:59:35(18)「『正規の職員・従業員の仕事がないから』という理由はどれくらいかといえば、実は17.1%」(長谷川)というのは、上記の質問の「うち、おもなもの一つに記入」の方だ。「当てはまるものすべてに記入」ではない。
2015-05-31 16:59:59(19)長谷川はこの辺りをぼかして表現しているけれども、総務省の報告ではちゃんと「主な理由」と表記されている。(stat.go.jp/data/roudou/ri…)
2015-05-31 17:00:28(20)対して、an reportの調査の方は調査票の詳細が公表されていないので、結果報告から推測するしかないけれども、おそらく「正社員になることを希望しますか、希望しませんか」と単刀直入に尋ねたのだろう。
2015-05-31 17:00:57(21)総務省の質問は多項選択法(=あらかじめ作っておいた選択肢から選ぶ)の単記式(=回答を一つだけ求める)である。対して、an reportの質問は二項選択法(=賛否・真偽・二つの対立概念のどちらかを尋ねる質問)だと推測される。
2015-05-31 17:01:16(22)多くの選択肢の中からただ一つを選ぶ場合と、特定の問題について直接的にイエス・ノーを尋ねる場合とで、結果が違って見えたからといって、不思議なことではない。知りたい実態を知るうえで、どちらがより適切な質問なのかは専門的に論じられるべきことだろう。
2015-05-31 17:01:42(23)結論として、総務省「労働力調査」とan reportの調査が違って見えるのは、質問の仕方の違いだと考えられる。「正規社員になりたい非正規社員はどれくらいか?」という問いに対して、どちらの結果を用いてどのように判断すべきかは、各自で考えてほしい。
2015-05-31 17:02:06(24)なお、これは余談だが、重要なので付記しておく。総務省の「労働力調査」の調査票では上記のように「当てはまるものすべてに記入」の方も質問している。この結果が分かれば、「正規社員になりたい非正規社員はどれくらいか」という実態を知るのに参考になるだろう。
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