夢幻宿せし真珠の調 ─○ 一日目 夢 ○─
落ちたるはいずこへ。落ちたるはどこより。落ちたるはいつから――。 ゆら、ゆら、ゆれる。笑い声が揺らめく。炎の灯火を思わせる揺らめき。七色に変わる声。きっと、聞く者らからはこのこえは様々なものとなって伝わりましょう。 性別を判然とさせないわらうこえ。子供の、こえ。
2015-06-01 00:21:22――水を砕いた。現実であると思わせない、空にふぃよと昇ります海の水を突いて戯れていた。おかしそうなわらいごえを乗せまして。 『あーそびーましょー?』 人間達はバカヤロウなんて叫ぶと言います。けれど白き夢は叫びもせず、誘い込むよう手招きを。このゆびとまれと、児戯に感けます。
2015-06-01 00:23:59──どこからか 波のおとが、きこえてくる。 ゆらり、ゆらりと、よせてはかえす。 濁った水が、ごぼりごぼりと水路を流れる音とは全く違う、澄んだ音。 それは、涸れ果てた世界ではきこえるはずもない「おと」。 だから、かたく目を閉じたまま、娘は思う。 ああ、これは、夢なのね。──と。
2015-06-01 00:46:56美しくてどこか懐かしい、おと。 目を開けたらば、幻のように掻き消えてしまうような気がした。 だから、娘は、目を閉じたまま耳を傾ける。 そうして、どれほどの時間を過ごしたろうか。 ふいにその、静かな「おと」の中に、波紋が交じる。 ──あそびましょ、と。 そう、聞こえたろうか。
2015-06-01 00:47:39夢、のはずなのに。 その声は、やけに鮮明で。 やがて少女は、好奇心に負けて、薄らと目を開く。 よせてはかえす、澄んだ水。 手招くは黒衣の少年、いや、少女? 誘われるままに、一歩、二歩と歩み寄る。 あなたは誰──? 小首を傾げれば、黒いフードの中からさらり、銀鼠色の髪が覗いた。
2015-06-01 00:48:10わらいますこえ。揺らめきました、ことば。 目を開いた先は海が見えたことでしょう。きっときっと美しい海が見えたでしょう。 夢と理解しますあなたを手招く、ひとつの『お客様』。白い夢は嬉しそうにしておりました。同じ銀の髪が見えたからです。
2015-06-01 01:06:07少年か少女か、風貌のみでは理解しがたいもの。声もきっと、聞く人によって異なって聞こえる。 あるいは聞こえさせている幻聴かもしれない。夢の子は問いかけに、引き結びました唇を開きます。
2015-06-01 01:06:36「私はアイズ。アイズ・サブスティーア。アイズと呼んで」 ――あなたのお名前は? 今度はこちらが問う番でした。くたりくたりと首を傾げました。黒衣に纏う宝石が、しゃらんと揺れました。
2015-06-01 01:07:13「《招致__invitatio》まだ誰も来ていない? 《否__sive》これから集まるとルイーナは予測する」 灰鼠のローブを翻す。観測出来ていなかっただけか。空気が震えている。《人間__humana?》 「《認知__cognitio》。場を捕捉。《展開__instruere》」
2015-06-01 01:13:26「干渉を確認。ルイーナは待つ。 《願望機__desiderium machina》を扱う《核__nucleus》を。 まだ少ない。まだ居る?」 かくりと首を傾ける。 「《殻__shell》。《同等__aequalis》。」 現した窓枠に指を滑らせた。
2015-06-01 01:13:38「ルイーナを混ぜる事を希望する」 アイズの背後から、少女の見目をした其れはぴょんこぴょんこと跳ねた。 「ルイーナも混ぜる。会話をする。主が決まる。素晴らしい事と予測する」 淡々と零しながら、ぴょんこぴょんこと存在をアピールするその姿は、何処か間抜けて映るだろう。
2015-06-01 01:13:49開いた視界。みえたもの。 よせてはかえす、澄んだ水。 どこまでも遙か遠くまで続く、美しい青い海。 そして、娘を手招く、誰か。 手招かれるままに、三歩、四歩、五歩。 わらうこえは、少年とも少女ともつかない。 あるいは壮年とも、幼少とも。 とても、ふしぎなおとだ。
2015-06-01 01:16:52辿り着く。 目の前に立つは、銀の髪に、黒衣の。 彼あるいは彼女が、嬉しそうにしている理由は思いも付かなかったけれど。 「……アイズ、そう、アイズ、というのね」 告げられたものの意味は理解できて、だから。 「わたしはクラリッサ。宜しく、……でいいのかしら」
2015-06-01 01:17:19握手の手を、差し出そう──として。 「あ……っ」 ぴょん、と軽快に躍り出てきた小柄な少女の姿に目を瞬かせる。 話していることの、半分くらいはよくわからず。 けれど、「ルイーナ」──それが彼女の名である事は理解できて。 「ええ、ルイーナも。……宜しく、かしら?」
2015-06-01 01:20:10差し出しかけた手を、改めて二人の前へと、差し出す。 黒いローブの裾から見える手は、ひどく青白く、骨と皮ばかりのように見えるだろう。
2015-06-01 01:20:49前よりは黒き衣と銀の娘 後よりは灰鼠のローブと黒の子。 ――互いが近づけば、動くのならば、白き夢は色を映し出す。 キャンバス塗りたくられた水彩のように、それぞれの前後に、それぞれの色をぺしゃんと反射する。
2015-06-01 01:29:24――といっても、鈍い色ばかりだから、薄暗い銀色のグラデーションが、白銀の髪に、瞳に、馴染むくらいでした。少々滑稽でございました。 「――勿論」 独り占めはよくないもの。ルイーナと自らを呼ぶ子へと笑む。体を跳ねさせる姿は可愛らしく、微笑ましくみえました。
2015-06-01 01:30:082人で分け合う、なんてこともしません。なぜならここにはまだ『足りない』のですから。頷いた。 差し出さそうとして止まった手。今度こそこちらへ――2人へと向かいましたら、それを取りました。 骨と皮だけで、肉がないかと錯覚しそうな――もしかしたら実際そうなのかもしれない、軽いおててを。
2015-06-01 01:31:29「クラリッサ。《把握__manibus》。《核__nucleus》? 《是__Shi》。ルイーナは、ルイーナで相違無い。 アイズ。《殻__shell》。ルイーナを混ぜる。良い奴!」 ぴょんこぴょんこと跳ねていた身体は落ち着きを取り戻し、地に足を着けた。
2015-06-01 06:11:35__とは言っても、其れは常と浮いていて、実際は地に足を着けたように見えるだけだ。 少女の見目をした其れは、薄汚い灰鼠のフードを引っ張りながら、かくりと首を傾ける。 「ルイーナに求めている? 《是__Shi》、ルイーナは喜んで応える」
2015-06-01 06:11:48骨と皮だけなのではと錯覚しそうな手に重ねられた其れの手は、暖かくもなく、冷たくもない。全く表情の変わらない口元から発せられる言葉は淡々としたもので、感情は伝わり難いであろう。 「《握手__abest handshake》」 何処となく嬉しそうに語尾が弾む。
2015-06-01 06:12:03「ルイーナは希望に応えた。クラリッサの手を《記憶__memoria》」 至近に居れば、前髪の隙間から、其れの周りに浮かぶ数枚の窓枠と同じ色をした双眸が見えるだろうか。 __その眼の中を泳ぐ様々な言語には、そう気付けまいが。 「数が足りない。ルイーナは時間に正確。褒めても構わない」
2015-06-01 06:12:29重ねた手より伝わる其々の感触。 告げられる数々の言葉。 変わらぬ表情ながらも弾む声色も。 其のひとつひとつが全て、自らの居たあの場所にはないもので。 だからこの世界は、夢なのだと娘は理解する。 けれどこの夢がただの「夢」ではないこともまた、娘は理解していた。
2015-06-01 07:27:35