真夜中の釣り大会#2
(前回までのあらすじ:山奥の山村へ観光に来たフィルとレッド。彼らは途中雨吸いと名乗る不思議な男に出会う。山村にて釣り大会が始まるが、参加者は4人しかいない。それでも釣り大会は開催され、アンコウガエルを捕獲する中、フィルとレッドが夜の山中で迷子になる)
2015-06-08 21:07:33静かな夜の山だった。虫の鳴く声もしない荒涼とした木々の間に、ひとつの光が灯っていた。フィルは最初、その光がガイドのメファルのランタンだと思った。「レッド、明かりがある。ガイドさんたちに合流しよう」 そう言ってレッドと共に、光に向かって歩き出す。 34
2015-06-08 21:12:33しかし、近づくにつれてその明かりがメファルのランタンでないことに気付く。それは、山の斜面に建てられた小さい山小屋だった。「レッド、どうやら勘違いのようだ」 「いや、無駄じゃないさ。明かりがあるってことは、人がいるってことさ」 レッドはさらに山小屋に歩み寄る。 35
2015-06-08 21:16:18山小屋の金属製の煙突からはうっすらと煙が立ち上っていた。「フィル、暖めてもらおうよ」 そう言って、レッドは山小屋の扉を開いた。「すみません、山の中で迷ってしまったのです」 扉が開く。扉の向こうにいたのは、ボロ切れを着た雨吸いだった。山村に来る時見た者と同じだ。 36
2015-06-08 21:20:50「よぉ、よく来たな」 雨吸いはにやりと笑って、フィルとレッドを山小屋の中へと招き入れた。「来るつもりはなかったんだよね」 山小屋の中は狭く、納屋のようだった。中央に金属のストーブがあり、明々と火が燃えていた。その上には鍋。ランタンがテーブルの上で光っている。 37
2015-06-08 21:25:27レッドとフィルはストーブの前に座り、手をかざして温まる。「こんな山奥で何をしてるんだい」 レッドは好奇心から尋ねた。「仕事さ。雨雲を待っている。一晩中さ」 フィルはそういう仕事もあるものかと思った。山奥であり、天候を予報する魔法使いもいないのだろう。 38
2015-06-08 21:29:02「それで昼間見たみたいに、雨雲を集めるのかい」 「そうさ」 「集めてどうするんだい。売りさばくのか?」 雨吸いは黙ってストーブの上の鍋をかきまぜていた。埃の匂いを嗅いだような、田舎っぽい匂いがする。「ペットの餌にするんだ。よく言うだろ、霞を食うとかって」 39
2015-06-08 21:31:01「霞を食うだって!」 レッドは興味津々のようだ。雨吸いは鍋に香草を加えてさらにかき混ぜる。「ああ、魔女や魔人がそうするようにな……ただ、俺のペットはグルメだから、ちょっとは加工するけどね、さぁ、できたぞ、ご馳走してやる」 そう言って雨吸いは鍋の中身を小鉢に取り分けた。 40
2015-06-08 21:33:35濃い緑の羊歯が柔らかくまで煮込んであった。フィルはスープを飲む。多種多様なスパイスの香り。香草の柔らかな香りと苦み。「美味しいね。この地方の郷土料理かい?」 「オリジナルはな。スパイスの配合は、妹に教えてもらった」 雨吸いは嬉しそうに、自分の分も取り分けて食べる。 41
2015-06-08 21:36:30「俺達はアンコウガエル鍋を食べに来たんだ」 レッドも美味しそうに羊歯の鍋を食べながら言う。「へぇ、そうか、アレかい。釣り大会っていう……」 「そうなんだよ、僕たち、山で迷っちゃってね」 雨吸いは苦々しい顔をして、箸を置く。「事情は知ってるぜ。スタッフが足りないんだ」 42
2015-06-08 21:38:38「そう言えば女の子一人だったな……参加者も少ないし」 「カップルだったろ。背の高い男と、髪の長い女」 「え、どうして知ってるんですか?」 フィルの疑問に、雨吸いははっきりと答えた。「スタッフは三人だったんだけどよ、参加者がお前らしかいなくて、二人がサクラになったんだ」 43
2015-06-08 21:43:59雨吸いは酒瓶を拾い上げると、ラッパ飲みして言った。「村の老人たちは、若い奴らが企画したツアーを疎ましく思っている。誰も手を貸してくれないさ。俺はそんな村の奴らのことをよく知っている。近くに住んでりゃ、嫌でも噂は入り込んでくる」 そのとき戸口から音がした。 44
2015-06-08 21:47:35「雨吸いさん……全てばらしてしまったんですね」 ガイドのメファルは山小屋の入り口で静かに呟いた。その声は諦めと失望感に満ちていた。カップルの二人……イベントの用意したサクラも、申し訳なさそうにしている。メファル達は山小屋に中に入り、扉を閉めた。 46
2015-06-12 21:10:43雨吸いは静かに立ち上がって、茶の用意をし始めた。「まァ一服していけよ。外は寒いだろう。温まって、もう一度アンコウガエルを捕まえに行けばいい」 レッドはこの奇妙な空気に耐えきれず、小鉢のスープを啜って言った。「すまないね、メファルさん。俺らたちの不注意で……」 47
2015-06-12 21:13:21「謝らなければならないのは私たちです」 メファルは悲痛な声で呟いた。「村の振興をかけたイベントが……参加者一組だけなんて! せっかく、楽しんでもらおうと思ったのに……これでは……」 声は次第に泣き声へと変わっていく。フィルは慌てて言った。「メファルさん!」 48
2015-06-12 21:16:50「え?」 「僕たちは、まだ観光を終えていません。これから楽しいことや、嬉しいことや、美味しいことがいっぱいあるんです。僕たちはそれを楽しみに来たんです。だからきっと、メファルさんはきっと僕らを楽しませるし、喜ばせるし、美味しい料理を振舞えるんです」 49
2015-06-12 21:19:50レッドも立ち上がってフィルに続く。「そうだよ、そうだよ! メファルさん。まだ失敗も成功もしちゃいないぜ。知ってるかい? 観光って言うのは、家に帰るまで続くんだぜ。こんなの、アクシデントの一つでしかないって!」 それを聞いて、メファルは少し勇気づけられたようだ。 50
2015-06-12 21:21:53「ごめんなさい。私、失敗を恐れて、ガイドの仕事を忘れていました」 メファルもまた、立ち上がった。メファルが持ち直したので、カップルの二人も手を取って喜ぶ。雨吸いは、ふっと笑った。「おいおい、喜ぶのはまだはやい。お前たちはまだ観光の途中だろう。休憩は終わり。終わりだ」 51
2015-06-12 21:24:50ガイドのメファル、フィルとレッド、そしてカップルは雨吸いに別れを告げて再び夜の山道を歩きだした。夜の森を見渡せば、アンコウガエルの灯が草原のように揺れていた。「夜の山は方向感覚が狂いやすいです。決して深追いせず、その場を離れずに釣りをしてください」 52
2015-06-12 21:28:39メファルは今度は迷わないように、木々の少ない場所で釣りを行うことにした。これなら視界を遮るものが少ないし、ランタンの灯火が遠くに行くのに気が付くことができる。「いいですか? アンコウガエルは灯火に寄ってきた蛾などを捕食します。餌を、蛾のように揺らすのです」 53
2015-06-12 21:31:10