第二幕「彼女へ贈る歌」その3

http://togetter.com/li/834414 ↑こちらからの続きとなります。 あきと天龍が、ある見知った人物を見つけ、そしてジャズの演奏が始まります。
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あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

【前回までのあらすじ】 とある少女の依頼を終え一週間ほど過ぎたころ、津洲あきのもとへ一通の招待状が届いた。 送り主は銀座にあるカフェリリィズ。 同居人の天田お龍と一悶着起こしつつ、二人は店へと向かう。 その先にて、よく見知った顔の人物を見つけ……。

2015-06-15 22:38:12
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

_薄暗い橙色の灯りに包まれたカフェの店内でも、その人物の顔は容易く判別することができた。 今宵は和装ではなく、綺麗に整えられた背広を着込んでいるようだが。 しかし、あの特徴的な細目__切れ目とも言うか__を見間違えるはずもない。 正体未だ分からぬ青年、眉月宗近だ。

2015-06-15 22:43:03
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「眉月殿、お久しぶりであります」 その青年を見かけたあきは、客の間を縫って近づきつつ、青年眉月に声をかけた。 「おや、これは……久しい、という間柄でも無い気はするが。 こんばんは」 その声で二人がいることに気づいたのか、彼もまた、にこやかな笑顔で挨拶を返してきた。

2015-06-15 22:47:59
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「こんばんは、であります」 あきも同じく挨拶を返したところ、眉月の隣に見知らぬ誰かがいるのに気がついた。 その人物は室内だというのに帽子を目深にかぶっており、どんな表情をしているのかも分からない。 分かるのは眉月青年よりも少し背が低いところだけである。

2015-06-15 22:53:39
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「知り合いですかな」 「まぁ、そのようなところだ」 「ふむ……では、私はこれで」 二人がその人物にも挨拶をしようとする前に、彼__低い声から察するに__は足早にその場を後にし、店を出ていった。

2015-06-15 22:56:49
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「なんだあいつ……」 「眉月殿、今の方は?」 「ただの知人さ。 今日の記念パーティに誘ったのだが、急用を思い出したらしくてな」 「せっかくのジャズを聞けないなんて、ツイてねぇな」 「二人はなぜここに?」 「自分たちも夜会に誘われたのでありますよ」

2015-06-15 23:06:08
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「夜に女性が出歩くのは、あまり感心しないが」 「固いこと言うな。 腕っ節なら自信あるぜ」 「おや、その声……確か天田さんといったか」 「そうだけど……なんだよ、ジロジロ見て」 「いや、衣装一つでこうも変わるのかと思ってな。 似合っているぞ」 「なっ……!?」

2015-06-15 23:11:45
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「眉月殿もそう思われますか」 「おい、あきつ丸!」 「仕立ては君が?」 「いかにも」 「ふむ、よく見れば生地も良いものを使っているように見受けられる。 いや、一瞬誰かと思ってしまった」 「馬子にも衣装でありますよ」 「あきつ丸、お前……」 「冗談であります」

2015-06-15 23:14:31
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「もう次は絶対に着ねぇぞ……」 「はっはっは」 「笑うな!」 「今度また着させてあげるでありますよ」 「うるせぇ!」 「さて、そろそろ始まるでありますよ。 ご静聴といきましょう」 「くっそぉ……」

2015-06-15 23:23:04
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

補足: 現在の天龍、朱色の花をあしらった着物に身を包んでおります。 髪はかんざしで留めています。

2015-06-15 23:24:30
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

ピアノの前に店主がやってきて挨拶を始めた。 「皆様、今宵はお集まり頂き誠にありがとうございます。 この地に店を構え、早いもので一年を無事迎えることができました。それを受け、本日はご贔屓のお客様の皆様へ外国で流行りの音楽、ジャズをお送りしたいと思います。 では、ごゆるりと……」

2015-06-15 23:31:29
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

店主が再びカウンターへ戻ると、店の奥の扉から数人の男女が現れた。 女性一人はピアノの椅子に、他はピアノの前に。 彼女らはピアノ奏者と歌手のようだ。 そしてまもなくして、歌と演奏が始まった__。

2015-06-15 23:39:28
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

__演奏がまた一つ終わり、パチパチと静かな拍手がカフェ内に響き渡った。 最初はジャズに興味が無かった人も、六つ目の曲が終わった今はその魅力にとっぷりと浸かり込んでいるようだ。 演奏中に話す者はもういない。 一つの演目が終わると、周りで様々な感想をぶつけ合っていた。

2015-06-15 23:46:43
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「ううむ、良いものでありますね」 「落ち着いた曲調にピアノの音、どれも素晴らしいな」 「いいじゃねぇか、気に入ったぜ」 そしてあきと天龍、加えて眉月青年の三人も、すっかりジャズの魅力にハマってしまったらしい。 うっとりしたため息とともに、感動の声を漏らしていた。

2015-06-15 23:49:49
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「こんなに良いものであれば、あの子も連れてきてよかったかも知れぬな」 「あの子とは?」 「吹雪、と言えば君たちにも分かるかな?」 「おお、もちろん知ってるぜ。 でもあんた、さっき"こんな時間に出歩くとは……"なんて言ってなかったか?」 「ああ、そうだったな。 いや、一本取られた」

2015-06-15 23:52:42
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

しかし、と前置きをして眉月青年は独り言のように話し始めた。 「君たちがいなければ、あの子に再び出会うことは無かった……」 「なんのことだ?」 それを天龍は聞き逃さなかった。 「年は離れているが良い友人を持った、という意味だ。 利発的で良い子だよ、あの子は」

2015-06-16 00:06:06
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「嫁探しじゃ無さそうだな。 あんたがどこの華族かは知らねぇが」 「オレは華族では無いよ。 ただのしがない……背の高い男さ」 「ふぅん。 ま、詮索はしねぇよ」 「そうしてもらえると助かる。 ところで、そういう天田さんは……」 「二人とも、そろそろ次の演奏が始まるでありますよ」

2015-06-16 00:11:15
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

あきが二人を促していると、再び店主がピアノの近くにやってきた。 「皆様、今宵は遅い時間までありがとうございます。 さて、次の演目でこの記念パーティもお開きとさせて頂きます。 それでは最後も、ごゆっくりどうぞ……」 そう言い終わると同時に、二人の歌手が店の奥より出てきた。

2015-06-16 00:14:59
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「こちらの歌手は、以前に帝国劇場で活躍しておられた女優のお二人でございます。 今宵の記念パーティに是非ご参加をと願いましたところ、こうして快諾してくださった次第でございます」 店主は二人へと手を向け、そう紹介をした。 それを受けて、二人も自己紹介を始める。

2015-06-16 00:22:07
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「大井と申します。 今日はこのような場所で歌えることになり、誠に光栄と存じます」 「北上です。 今日は大井っち……んん、大井さんとトリを務めさせて頂くことになりました。 よろしくお願いします」 二人はそれぞれ別の口上を述べ、同時に頭を下げてお辞儀をした。

2015-06-16 00:30:49
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

そして演奏が始まった。 二人の歌声は今日一番といっても過言では無いもので、その場にいた誰もが思わず息を呑んだ。 元帝劇出身の二人の歌手は、歌い出しから既に観客の心を掴んだのだ。

2015-06-16 00:32:17
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「これは……」 「すげぇ……」 「……」 そしてそれは、この三人も例外では無かった。 重厚で、それでいて物悲しい余韻に浸らせてくれる二人の歌声に、誰も口を挟むことはできない。

2015-06-16 00:34:29
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

しかし、あきだけは少し違った様子だった。 「……」 「ん? あき、どうかしたか?」 「……ああ、いえ。 その、大井殿と申されました方をどこかで見た気がするので」 「日比谷の帝劇でか?」 「いえ、そことは違う、別の場所であります」 「他人の空似じゃねぇのか?」 「ううむ……」

2015-06-16 00:37:03
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

あきの違和感は、歌声が突然止まないのと同じように、演奏中に拭い消えることは無かった……。

2015-06-16 00:40:33