山本七平botまとめ/【変換期にみる日本人の柔軟性/ベンチャーの精神④】創造的破壊者であったコロンブスの末裔たち

山本七平『1990年代の日本』/変換期にみる日本人の柔軟性/ベンチャーの精神/タブーへの挑戦/112頁以降より抜粋引用。
国際 ベンチャービジネス 松下幸之助 コロンブス 1990年代の日本 シュムペーター 本田宗一郎 ドラッカー 創造的破壊 ヘンリー・フォード 山本七平
山本七平bot @yamamoto7hei
①【タブーヘの挑戦】いままで、主として、ベンチャービジネスマンの資質について述べてきたので、次にベンチャービジネスとは何かをみてみよう。 新規に何らかの事業を起すというのは、必ずしも全面的に新しいものを創造していくことではない。<『1990年代の日本』
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②そのことを考えていく上で参考になるのは、J・A・シュムペーターの「イノベーション」(革新)の考え方である。 シュムペーターは「今までとは違ったやり方で事を運ぶ事」をイノベーションと名付けており、これには次の五つの事の新しい組み合わせ(新結合)が含まれるという事をいっている。
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③第一は、新製品を導入すること。 消費者にとって今までなじみのなかった新製品あるいは今までにもあったものでももっと良いものにしていく事はここに入る。 これには、戦後、急速に普及してきた家庭電化製品などが入るであろう。
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④第二に、新しい生産方法の導入のことである。 最近のことでいえば、ロボットによる自動化・省力化の推進のことなどである。 第二に、新組織の設立である。 これには、多国籍企業化や脱本業化などが含まれるであろう。
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⑤第四には新供給源をみつける事である。海底油田の探鉱などがこれに含まれるであろう。第五には新取引ルートや新販売市場の導入である。この事に関していえば戦後日本の事情でみればスーパーマーケットの発達をあげる事ができる。スーパーマーケットの発達はすっかり日本の流通機構を変えてしまった。
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⑥シュムペーターはまた「不断に旧きものを破壊し、新しいものを創造して、絶えず内部から経済構造を革命化する産業上の突然変異の事を『創造的破壊』(Creative Destruction)の過程」と呼び、この「創造的破壊」の過程こそ「資本主義についての本質的な事実」である(続
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⑦続>と述べているが、このようなダイナミックな経済発展は、企業家精神をもった人びとによって遂行されたのである。 この種のタイプの人物こそ、ベンチャービジネスをやっていこうとする人びとにほかならない。
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①戦後、新しい種類のベンチャーな企業家精神にあふれた人びとが簇出した時期があった。 オートバイの本田宗一郎氏、トランジスタラジオの井深大氏などの著名な企業家は、当初は単なる風変わりなベンチャービジネスマンにすぎなかったのである。<『1990年代の日本』
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②また、松下幸之助氏の成功の第一歩は、自転車に取り付ける電燈の工夫であった。 戦前、法律によって燈火をつけなければ、夜間、自転車で走行することは禁じられていた。 この場合、燈火というのは、提灯のことであった。 これだと、不便でもあるし、危険でもある。
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③そこで、松下幸之助氏は白熱電燈を用いて自転車に取り付けるアイデアを得た。 これが今日、松下が大きく伸張した基礎となった。 ここで注目すべき事は白熱電燈を普及するに当たって、最初、小売店に無償で提供している事である。 幾ら便利なものであっても価格が高くては商品として売れない。
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④しかし値段の割に便利である事が判ればきっと売れる。そう考えたからこそテスト・マーケティングを小売店から試みたのである。これは予期した以上の成功を収めた。売れればコストダウンができる。値段が安くなればもっと売れるようになる。松下幸之助氏の企業家精神が遺憾なく発揮された場面である。
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⑤かつて、P・F・ドラッカーは、ビジネスの目標は、顧客を創造することであるといったことがある。 どのようなアイデア製品であっても、それを市場化して顧客を創造できなければ、それはビジネスのチャンスにはなり得ない。
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⑥松下幸之助氏の場合のように、自熱電燈を自転車に取り付けるというアイデア(製品開発力)と、テスト用として小売店に最初は無償で使ってもらう(マーケティングカ)の両者が結びついたとき、ベンチャービジネスのアイデアは結実するのである。
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⑦自動車王ヘンリー・フォードの場合も、そうであった。 自動車がいくらよいものであっても、一般の労働者が買える値段でなければ、売れるわけはない。 そう考えたフォードは、自社の労働者の賃金はどこよりも高く払った。
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⑧このフォーディズムの考えも「これより先に行くな」というタブーを超えたところから出ている。 もし、フォードが労働者は労働者であって他の何者でもないと考えたならば、アメリカの自動車産業は発展しなかったであろう。
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⑨流れ作業による大量生産と、高い賃金を払って顧客をつくり出すという大量販売が結びついたとき、自動車の世紀が始まったのである。 それは同時に「高度大衆消費時代」の幕開けであった。
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⑩政府が有効需要を造り出す政策を実施する前に、フォード達は、顧客を造り出すという形で、その政策を実質的には実現していたのである。 ここにもコロンブスの末裔達がいる。 私の関係している出版業界でいえばカッパ・プックスの神吉晴夫氏もベンチャービジネスマンの仲間に入れていいと思う。
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⑪知識人文化と大衆文化とに両極に分解していた出版文化の他に、膨大な中間層のいる事を見抜いて、次々にベストセラーを「創作」していったからである。 このようにみてくると「今までとは違ったやり方で事を運ぶ」事が「革新」であるが、これは既成のものの組み合わせでもよい事に気づくだろう。
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⑫ベンチャービジネスは、既存のもののクロスオーバー(乗り合い)によっても成立するのである。 これが、資金量は少なくとも、市場に参入できる理由である。 ただし、前にも述べたが「これより先に行くな」というタブーを打ち負かすだけのものが必要である。
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⑬本田宗一郎氏のオートバイの原型は、原動機付き自転車である。 自転車でもなければ、オートバイでもない、 この奇妙奇天烈な乗り物が、利用者の潜在的な要求を掘り起して、本田宗一郎氏を成功に導いたのである。 本田氏の場合も「これより先に行くな」というタブーを乗り越えたのである。
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⑭現在、戦後何回目かのベンチャービジネス・ブームである。 その中から第二のソニー、第二のホンダが出てくるであろう。 それは怖いくらいである。
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⑮ベンチャーな精神があるから、日本経済の活力が保持されていくだろう―― だが、危惧がないわけではない。 ここでちょっと、明治を主題に企業家精神を振り返ってみよう。

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