真夜中の釣り大会#3

アンコウガエルという生き物を釣りに来た観光客の話です。しかし、その釣り大会は少し寂しいようで……? #1はこちら http://togetter.com/li/830288 #2はこちら http://togetter.com/li/834770 #4はこちら http://togetter.com/li/840030 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

――真夜中の釣り大会#3

2015-06-20 20:26:13
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(前回までのあらすじ:ある山村へ観光に来たフィルとレッド。そこで釣り大会が始まるが、参加者は4人しかいない。アンコウガエルを捕獲する中、フィルとレッドが夜の山中で迷子になる。雨吸いという男に助けられ大会を再開するが、そこに雪熊が現れ再びバラバラになる)

2015-06-20 20:28:08
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夜の山中ではぐれるのは珍しいことではない。しかも、雪熊に遭遇するというアクシデントのあった後だ。とにかく、減ってしまったひとつの明かりを確かめるため、フィルとレッドはランタンの明かりを目指した。果たしてそこにいたのは……崖の前にいる、メファルとカップルの片割れだった。 67

2015-06-20 20:31:52
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「どうしたんです?」 フィルは声をかける。ガイドのメファルが心配そうな顔で振りむいた。「滑落してしまったのです、逃げる途中、この崖で……」 カップルの女性の方がいない。崖は勾配がきつい坂道で、岩肌があちこち露出していた。しかし、底の方は光が届かない。 68

2015-06-20 20:35:33
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「回り道をして下に行こう。ここから下にいったら、また足を滑らすかもしれない」 フィルはそう提案して、4人は崖下を目指すことにした。しばらく回り道をすると、勾配が次第に緩くなってくる。「はぐれないよう注意してください。さっきの雪熊がまだいるかも」 メファルは注意を促す。 69

2015-06-20 20:38:42
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「ここから下に行けそうだぜ」 斜面の向こうに沢があり、そこから下に行くと勾配が緩めだった。しかし、沢に降りようとした4人めがけて、静寂を裂く叫び声が聞こえる。雪熊が、猛スピードで追いかけてきたのだ! 「ここは任せて!」 レッドは、再び赤い布を翻す。 70

2015-06-20 20:41:24
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「先に崖下へ降りていってください」 フィルもまた、青い棒を構える。雪熊は猛然と山道を駆け下りてくる。「こりゃ、正面から戦わないとダメか」 レッドの赤い布は、炎の鞭のように雪熊に向かって行った。布の変化に驚き、雪熊は立ち止る。雪熊の目の前の地面を炎の鞭が通り過ぎた。 71

2015-06-20 20:46:59
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「それ、もう一撃!」 炎の鞭はしゅっと伸びて、雪熊の近くの木の枝を焼き飛ばす。本気で狙ってはいない。手負いの獣ほど恐ろしいものは無い。威嚇して、逃げるのを待つのだ。しかし、威嚇が獣の逆鱗に触れることもある。雪熊はなかなか逃げようとしなかった。じっとこちらを見ている。 72

2015-06-20 20:49:29
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フィルはちらりと脇を見た。カップルの男とガイドのメファルが沢から下にいくのが見える。遠くまで下りたのでもう大丈夫だろう。あとは……フィルとレッドが生還すればいい。睨み合いは続いていた。雪熊が少しずつ後ずさる。 73

2015-06-20 20:51:59
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「そうだ、いい子だ。世界平和、愛と友情。お前は、戦うことは無い」 レッドは静かに囁く。それは自分自身に言い聞かせているようでもあった。雪熊はとうとう視線を逸らし、ゆっくりと後ろを向いた。そして四足で歩き、夜の山中へと逃げていった。レッドはどっと汗が出るのを感じた。 74

2015-06-20 20:54:23
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フィルは青い棒を器用に畳み、両手で握ると、再び広げた。するとそれは、元のジャケットに戻っていた。「レッド、肝が冷えたな」 「ああ、世界はやはり愛と平和だ」 レッドは冗談を言って赤い布を羽織る。それはいつの間にかジャケットに戻っていた。二人は沢を下る。 75

2015-06-20 20:57:15
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レッドは雪熊と対峙した際、一つ気になったことがあった。あの独特の香り……獣臭さのなかに、微かに感じた違和感。だが、レッドはあえて口にしなかった。明るみに出さない方がいいこともある。そう、釣り大会の参加者の半分がサクラだという事実のように。そして二人は崖下に辿りつく。 76

2015-06-20 21:01:25
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崖下には沢が回り込んでいて、苔生した柔らかな地面になっていた。ガイドのメファルとカップルの片割れの男がすでに滑落した女性を看病していた。メファルがフィルとレッドに気付く。「あ、雪熊から逃げられたんですね」 「奴はもう遠くへ逃げたよ」 一同に笑顔が生まれる。 77

2015-06-21 17:21:25
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フィルは女性の傍によって状況を確かめる。「怪我はどの程度ですか?」 「左腕を骨折しているみたい……応急処置に、道具が必要です」 メファルは冷静にそう診断した。カップルの男が女性に肩を貸して立たせた。「雨吸いさんの山小屋を借りましょう」 メファルはそう提言した。 78

2015-06-21 17:23:50
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土地勘のあるメファルの言うことには、山小屋はここから近いらしい。下山するよりは確かだ。安静を重視してこの場にいても、また先程の雪熊に出くわさないとも限らない。5人はゆっくりと夜道を歩いた。沢をさらに下ると、山小屋に辿りつくという。この沢は山小屋も利用しているのだ。 79

2015-06-21 17:26:00
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しばらく歩くと、山小屋が見えてきた。明かりが灯っており、煙突からは白い煙が昇っている。「雨吸いさん、怪我人が出たのです。休ませてください」 メファルが扉をノックして伝える。すると、乱暴に扉が開いた。焦り顔の雨吸いが、そこに立っていた。「無事なのか?」 80

2015-06-21 17:28:42
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レッドは親指でカップルの女性を指差す。女性は笑顔を見せた。雨吸いは安堵の表情で5人を中に招き入れた。「雪熊の声が近くで聞こえた。襲われていないか、心配だった。生きていてよかった」 雨吸いはティーポットの茶葉を交換し、ストーブで沸かしていた薬缶を手に取る。 81

2015-06-21 17:31:08
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山小屋の小さな作業台で紅茶を入れる雨吸いの背後に、レッドは忍び寄った。そして何気なく隣に立ち、紅茶の缶を眺めながら呟いた。雨吸いだけに、聞こえるように。「さっきの雪熊、お前の仲間だろう」 雨吸いの作業が止まる。彼は冷や汗を流して、レッドを見つめた。 82

2015-06-21 17:34:10
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「安心しな。バラすつもりはない」 レッドは相変わらず、紅茶の缶にびっしり書いてある文字を読むふりをしながら囁く。「雪熊から、さっきの山菜スープの香りがした。強い匂いだから、すぐに分かったよ」 「随分鼻が利くんだな、俺は気付かないと思っていた」 雨吸いはうなだれる。 83

2015-06-21 17:37:01
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「そこまでバレてしまっては仕方ないな」 雨吸いは力なく笑った。レッドだけが聞こえる声で言う。「いかにも。俺がこの山の雪熊の主だ。しかし、勘違いしないでくれ、俺は皆を襲うように命令はしていない。ただ、脅かせばいいと思っただけだ」 そう言って自分の胸元をめくる。 84

2015-06-21 17:39:06
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レッドはぎょっとした。雨吸いの胸元は雪熊と同じ毛で覆われていた。雨吸いはにやりと笑って、服を元に戻す。気付いたものはレッドだけだった。「俺も雪熊さ。よく言うだろう、長命になった野生動物は、知性と魔力を得るって」 雨吸いは紅茶のポットにお湯を注ぐ。 85

2015-06-21 17:42:01
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「何でまた……お前も村の老人と同じように、企画を邪魔したかったのか?」 レッドは雨吸いに尋ねた。雨吸いは静かに語り始めた。レッドにだけ聞こえるように。「違うさ。もっと別な理由が俺にはあった……ただ、俺は迷っていたのさ」 そして雨吸いは、全てを明らかにした。 86

2015-06-21 17:45:25