天叢雲剣譚【2-6】

天叢雲剣譚【2-6】です。大規模作戦が近づく潮岬鎮守府。遂にその編成が発表されるがーー。
1
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

辺りに立ち込めるのは鼻につく硝煙と油の臭い。水平線の向こうでは今なお戦闘が行われているのだろうか、赤々と炎が揺らめき、黒煙の筋が何本も空を割っている。海面には深海棲艦の残骸から漏れ出した重油が剥き出しの地層のように帯を作っていた。だが周りに広がるのは不気味なほどの静寂だった。

2015-06-27 22:04:43
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

そこにザザッと通信が飛び込んでくる。回線が不安定なのか、聞こえてくる声はぶつ切りだ。 「叢――、そ――――は、大――」 「どうしたのよ!? ちゃんと返事なさい!」 そう通信機にいきり立つも回線には通用しない。しばらくの間、途切れ途切れに声が入ってくる。その声は怒りに満ちていた。

2015-06-27 22:14:10
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「このッ! あとで文句言ってやるわ!」 ザーザーとノイズが混じる通信に一層大きな怒号が混じる。その向こうでは小さいが、砲撃音も聞こえる。 「やっとつながったわ。叢雲、そっちは無事ね? まったく敵にジャミングされる回線なんて信じられないわ」 鶴木の言葉に何処か引っ掛かりを覚える。

2015-06-27 22:21:07
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

鶴木の言葉を聞き流し、その奇妙な違和感の正体を探る。それはまるで魚の小骨がのどに引っ掛かったかのようだ。そして奇妙な違和感は唐突に消え、思考がクリアになる。その瞬間には、私は通信機の向こうにいる鶴木に向かって話しかけていた。 「アンタ、今、何て言った?」 「……何がよ?」

2015-06-27 22:30:21
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

一呼吸おいて鶴木が答える。私は鶴木が言ったことを聞き逃さなかった。 「アンタ今、そっちは、って言ったわよね。第二艦隊に何かあったの!?」 「……」 「鶴木、答えなさい! 何があったのよ!?」 鶴木は少し黙ったあと、チッと舌打ちをすると苦々しそうに答えた。

2015-06-27 22:36:11
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「……全艦娘に告げるわ。今から言うことは覚悟して聞きなさい。第二艦隊の――」

2015-06-27 22:47:36
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

『以下の艦娘は正午に執務室に来ること』 そう書かれた紙が食堂の掲示板に貼り出されたのはある朝のことだった。朝食を食べに来た艦娘たちが輪になって掲示板に群がってくる。私はその輪の中心で紙を睨みつけていた。 「あの馬鹿、何を考えてるのよ……」 「まあまあ叢雲ちゃん、落ち着いて……」

2015-06-27 22:47:54
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

横で伊勢が私を宥めてくるが、それもほとんど頭に入ってこなかった。怒りの沸点はとうに超えているのだから。 「今すぐ、あいつのところに……」 群がっている艦娘たちをかき分け、怒りのままに突き進む。よほど怖い形相をしているのか、艦娘たちはみんな怯えた顔をして無言で後ずさりしていく。

2015-06-27 22:54:10
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「待って、叢雲ちゃん!」 その声と同時に私の右手が掴まれる。振り返ってみると、伊勢が慌てた様子で私の手を力強く握っていた。 「何よ? アンタは姉妹がどうなってもいいっていうの!?」 私がそう言うと伊勢はグッと言葉を詰まらせる。そう、私が怒っているのは彼女の妹、日向のことだ。

2015-06-27 23:00:59
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

日向はこの潮岬鎮守府の中で最も新参の艦娘だ。着任してからまだ二週間ほどしか経っておらず、実戦の経験も片手で数え切れるほどである。だが……。 『戦艦――伊勢、日向 以上』 貼り出された紙には無情にもそう書かれていたのだ。これはここの鎮守府において、到底ありえないことだ。

2015-06-27 23:08:37
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

通常、この鎮守府では演習や哨戒任務で経験を積んでから実戦へ出る。基本的に人数が少ないため、戦力の減るようなことはタブーとされているからだ。 「伊勢、アンタも知ってるでしょう? ただでさえ少ない艦娘を護っていくために、十分な経験を積んでから実戦に出る。これがうちの掟でしょう?」

2015-06-27 23:14:57
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

私がそう言うと伊勢は俯きがちに答える。 「それはそうだけど……もしかしたら、提督も何か考えがあって――」 「あるわけないでしょッ! とにかく、アイツのところに行くわよ!」 掴まれていた手を逆に掴み返し、伊勢を半ば強引に引きずるようにしてアイツがいるであろう執務室へと向かう。

2015-06-27 23:22:33
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

ノックもせずに扉を力の限り開け放つ。当の本人は資料片手に、足を組んで椅子に座っていた。ちらりと目線を一度こちらに向けるが、再び資料に視線を戻してそのまま話始める。 「やっぱりきたわね、叢雲」 「わかっているなら話は早いわ。聞かせて貰おうかしら? 日向を艦隊に組み込んだ理由を」

2015-06-27 23:28:07
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

鶴木はやれやれといった様子で資料を机の上に置く。そして口の前で両手を組むと、険しい顔で言った。 「本当のことを言うと、私だって日向を出撃させるつもりはなかったわ。あの練度で大規模作戦に参加させるなんて、正気の沙汰じゃない」 「……アンタが決めたんじゃないの? どういうことよ?」

2015-06-27 23:33:20
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「艦隊編成を決めたのは私。でも艦種の指定をしたのは本部、要は上からのお達しよ。ウチの鎮守府から戦艦を二隻出せというね」 「日向の練度が低いことはもちろん伝えたのよね?」 「ええ。だけど聞く耳すら持ってもらえなかったわ。下っ端の鎮守府ごときがってね。これだから頭の固い奴は嫌いだわ」

2015-06-27 23:42:51
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

そういうことだったのか。この鎮守府に戦艦は伊勢と日向の二人しかいない。だから必然的にこの二人が参加することになったのだろう。 「ああ、叢雲。補足しておくけど、日向の入った第二艦隊はそこまで本格的な戦闘にはならないと思うわ。メインの任務は残存勢力掃討だと言ってたはずだから」

2015-06-27 23:53:07
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「言ってたはず……って、随分と曖昧ね」 「仕方ないじゃない。指揮するのが私じゃないのよ」 鶴木は椅子にもたれ掛ると、溜息混じりにそう言った。 「じゃあ誰が第二艦隊の指揮を執るっていうのよ」 「呉鎮守府の伊吹中将って人。それなりにキャリアもあるみたいだし、大丈夫でしょう」

2015-06-27 23:58:29
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

だが何故、別鎮守府(うちとは比較にならないほど強大だが)の提督が指揮を執るのだろうか。その疑問を素直にぶつける。 「でも何でアンタが指揮しないのよ? 曲がりなりにもうちの艦隊でしょ」 「同じ目的の艦隊は同じ提督が指示を行った方がいいとの判断よ。要は私は敵の根城に集中しろってこと」

2015-06-28 00:07:01
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「なるほどね、わかったわ」 「納得してくれたようね。そういうわけよ、伊勢。そこまで心配しなくていいわ。もし有事の際には、私が何とかするから」 棒立ちで私たちの会話を聞いていた伊勢がハッと顔を上げる。 「……はい!」 「だから貴女たちは敵に集中しなさい。敵はもうすぐそこなのだから」

2015-06-28 00:15:00
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

その言葉通りだ。作戦の日は私たちの目の前に確実に迫って来ていた――。

2015-06-28 00:24:26
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「みんな知っていると思うけど、改めて艦隊編成を発表するわ。第一艦隊、旗艦伊勢、叢雲、妙高、神通、初雪、初春。第一艦隊は私の指示に従って、最深部にいる敵泊地、及びその支援部隊を殲滅。そして他の艦隊の支援を行うこと」 横一列に並んだ私たち第一艦隊が声を揃えて『はい!』と返事をする。

2015-06-28 00:24:43
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

鶴木は小さく頷くと、続けて手にした資料を読みあげる。 「続けて第二艦隊。旗艦摩耶、日向、不知火、霞、長良、望月。第二艦隊はまず合流ポイントまで向かい、そこからは伊吹提督の指示に従って、残った深海棲艦を殲滅。合流ポイントまでは私が指示するわ。くれぐれも油断しないように」

2015-06-28 00:30:17