ローカルディフェンスボランティア-WW2のイギリス自警団組織のあれこれ-

第二次世界大戦でイギリスが編制した、郷土防衛隊のような組織ローカルディフェンスボランティアとその発展組織ホームガードのあれこれ
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Bunzo @Kominebunzo
槍や棍棒で武装したので日本の国民義勇戦闘隊と比べられる英国のホームガードは実態がかなり違う。ホームガードの前身となったLDV(ローカルディフェンスボランティア)は募集した途端に予定の何倍もの応募者があり、瞬時に常備軍と同規模の25万人にまで膨れ上がる。配る銃なんてあるものか。
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LDVは槍で独野戦軍と戦う訳でなく、その目的は落下傘等で隠密侵入する工作員への警戒が主体、そして兵役未満の若年者の訓練場としての役割もあった。LDVへの参加は警察署に届けるだけで済み、集まった膨大な応募者に小銃訓練を施すなど無理な話。 pic.twitter.com/HrOZHUFsuU
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募集初日で25万人が志願したLDVはフランスが降伏した1940年6月の末には150万人の大集団になっていて、当初の陸軍歩兵に準じた武装方針など何処かに吹き飛んでしまう。まともな予算も組織も根回しも無いまま、突如出現した巨大な「自警団」類似の大集団は民兵ですらない。これは面白い。
Bunzo @Kominebunzo
ローカルディフェンスボランティアが民兵とも言えないというのは既に英国にはまともな組織と事務機能を備えた国防義勇兵があったたから。LDVはこの組織を何とか引き継いで行く代用民兵みたいな地位にあった。国防義勇兵(テリトリアル)はとっくに軍に動員されていたのでそれも素直には進まない。
Bunzo @Kominebunzo
そもそも組織が無いので準軍隊として士官や下士官が必要。陸軍省は地方在住の退役軍人に目をつけてLDV士官に任命。LDV士官は自分の部下を応募者リストから選別して決め、その部下はさらに下のLDV下士官を任命するというやり方であっという間にLDVなりの階層組織を作ってしまう。
Bunzo @Kominebunzo
LDVの組織の基本は大隊にあった。大隊は4個中隊、中隊は4個小隊でごく当たり前の編制が定められていたものの、実際に編成された大隊は600人から1600人程度に兵力(?)がバラつく。この辺が英国の大雑把なところでLDV大隊の規模はその地方の人口等の条件に左右されていた。
Bunzo @Kominebunzo
「退役軍人」として目をつけられていた人物で面白いのはロンドン在住のゴフ将軍。隠居生活を送っていたこの人は誰あろう、第一次大戦中1918年3月の独軍攻勢「ミハエル作戦」で独18軍と血みどろの対決を指揮した英第5軍の司令官。軍司令官閣下、こんなところで貴方の御名前に出会うとは・・・。
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英国に限らないかもしれないけれども「まともな退役軍人が住んでいない地域」というものもあって、誰も頭に据えられない場合も生まれてこの混乱がまたまた面白い。地方指揮官=ロードルーテナントに任命されれば国防義勇兵協会の長を兼ねるのだから下手な人物は選べない。当然のようにアタフタする。
Bunzo @Kominebunzo
集まる場所もなく組織もいい加減なまま出現した無給の大集団であるLDVは最初の集会を町のパブで始めたりする。そして町の広場で「訓練」やら「行進」やらを始めると当然のように警察と衝突する。「俺たちは求められていないんじゃないか」との自問自答がLDV内から沸き起こる。これもまた面白い。
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1940年のLDVと1944年のホームガードの服装と装備の違い。 戦争も後半になると当初の「腕章のみ」からだんだんと軍隊らしくなってくる。 pic.twitter.com/eRwcMRJltg
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ホームガードの訓練風景。ドラム缶とトタン板で作った「戦車」に味がある。この頃になるとホームガードは日本の本土決戦用の国民義勇戦闘隊とは比較にならない程に軍隊臭くなって来る。 pic.twitter.com/Nbek4yv2tJ
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自宅の居間のテーブルでトンプソンを分解するホームガードの軍曹。 隣に座っているのは軍曹の奥さん。 自宅、奥さん、短機関銃。ホームガードならではの風景。 pic.twitter.com/mHO1DJPC2J
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エクゼターのホームガード第一大隊の野砲訓練風景。野砲もあったのか、と思えばこの大砲は第一次大戦中の18ポンド砲の改良砲架付き。旧国民義勇兵用の旧式野砲を引き継いだもの。 pic.twitter.com/NiwmBrMasy
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1941年8月に撮影されたホームガードの訓練風景。とても近距離、死体役あり、銃剣で止め、とどれだけ役がつくのか点数が数えられない程に味わい深い写真。 pic.twitter.com/xht80V1QS4
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最初、腕章ひとつで「制服」だったLDVは思わぬ障害に突き当たる。それは敵国ドイツからのラジオ放送による宣言。「LDVを国際法上の戦闘員として認めない。戦場でLDVが抵抗すれば単なる殺人犯として扱う。」というもの。これには困ったようだ。 pic.twitter.com/h08Jku67LT
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ホームガード用に支給された棍棒。第一次大戦中の塹壕戦用「釘バット」に比べれば極めて上品なもの。 pic.twitter.com/KmIwBx5swX
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なんだか上品な将校が閲兵していると思えばジョージ6世。 1940年8月のLDVでこの装備は殆ど例外的な晴れ着みたいなもの。 pic.twitter.com/v9X87vbR5S
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ホームガードの「海軍」。 何と戦うのかは別として機関銃付ボートも持っていた。 pic.twitter.com/ZF2o8ihQpi
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ホームガードの「機械化」。 リーダーは地方の名士だったからこうした自動車や装備の多くは彼らの自腹で提供されたもの。本部は自宅。事務員は自分で雇い、電話もタイプライターも自腹という例が多い。どことなく中世の匂いすら漂う。 pic.twitter.com/ZIvfUi7lIo
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ホームガードの「騎兵」。 なんでもあるなあ。 けれどホームガードに騎兵隊があったというよりも、そういう人々が応募していた、というのが正しい。 pic.twitter.com/iMGkSEZPyI
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ホームガードの自転車アンビュランス。 これはちょっと、無理があったんじゃないか。 pic.twitter.com/Jw0uumzMtH
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箒の柄を代用銃として訓練するホームガード。 こんな写真が残されているので結構誤解されてしまうのだけれども、そうはいっても一面としては「やっぱりこんなもの」だった。 pic.twitter.com/kQ8L0kHpjx
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LDVの小銃訓練で機構を説明する老軍曹。 絶対に「人数分届いてから覚えれば良いわ」と思って聞いている隊員。 pic.twitter.com/SMhq6evbYZ
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LDVの近接格闘訓練。 見たところ「やられ役」の錬度の方が高い。 pic.twitter.com/P5f63g5Nhr
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路上ブレンガンキャリアまで使って行われるホームガードの戦闘訓練。 手前はバスを待つ市民。 ホームガードの本質的な役割が透けて見えるような風景だ。 端的に表現すれば「邪魔」。 pic.twitter.com/uXkPczPsSz
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コメント

Hoehoe @baisetusai 2015年7月6日
トンプソンの分解シーン、銃口が奥さんに向いてるのが気になる
扶桑委員会@リブート中 @fussoo_moe 2015年7月9日
まとめを更新しました。訓練風景などのツイートを追加しました。
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