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#魔法使いは隣りにもいる 中学生の頃、同級生だった百瀬景雲と一緒に行動することが多かった。 複雑な家庭事情(ごく最近まで御祖父さんと二人暮らしだったらしい)もあって彼はクラブ活動や委員会に所属することなく、クラスから孤立気味だったのだ。
2015-07-04 22:56:57#魔法使いは隣りにもいる 昨今の社会情勢を見れば、彼ほどではないものの母子家庭や父子家庭の生徒は珍しくもない。担任教師が職員会議用に作成した資料をこっそり拝見した時、在校生の1割強が教師たちの定義するところの標準から外れた家庭環境にあったらしい。
2015-07-04 23:01:36#魔法使いは隣りにもいる 彼はマイノリティではあったが、稀少と呼ぶほどではない。 なにより彼が己の境遇を呪った姿を私は見たことがないし、高校受験を控えた三年生が試験勉強と内申点以外に興味を持ち続ける事は難しい。 「つまり、察しろって事なんだけど」 「はあ」
2015-07-04 23:15:58#魔法使いは隣りにもいる 図書館の自習室ではなく、1階のロビーにあるテーブルの一角。 定年退職したオジサン達が散歩のついでに備え付けの新聞を読んだり、高校生と思しき集団がカードゲームやボードゲームを広げて雑談している。 そういう場所で参考書を開くのは場違い感が凄い。
2015-07-04 23:18:38#魔法使いは隣りにもいる 本来なら図書館3階の自習室を利用すべきだ。 でも自習室は私語厳禁だし、この時期は大学受験の高校生の他にも浪人生が鬼気迫る表情で朝から晩まで頑張っている事が多い。 「なんかね、私と百瀬君が付き合ってるって事になってて」 「あ。そっちの話題」
2015-07-04 23:34:30#魔法使いは隣りにもいる 私としては清水の舞台を叩き壊す勢いで話を振ったのだが、百瀬君はきょとんとした顔で私の告白を受け流すと参考書を三冊ほど閉じた。 「僕も、そういう話を聞いてる。C組の森崎が、片桐さんと付き合ってるのかって」 「森崎ってサッカー部の?」 「GK志望の」
2015-07-04 23:37:45#魔法使いは隣りにもいる 実力は申し分ないのに名前が縁起悪すぎてGK以外のポジションに廻された男子生徒を思い出し、その森崎だよと彼も肯いた。 「一年の頃、彼は僕らとおなじクラスだったでしょ」 「うん」 「ずっと好きだたんだって」 割と衝撃の事実だなあ、それ。
2015-07-04 23:42:52#魔法使いは隣りにもいる 「でも、それがどうしたのよ」 勿体ないとかそういう感情を抑え込み、私はテーブルを叩いた。 ここが自習室じゃなくて本当に良かった。新聞を読んでいたおじさんがぎょっとした目でこちらを見ているが、誤差の範囲と考える。 「告白されなきゃ、無いも同じよ」
2015-07-05 00:57:34#魔法使いは隣りにもいる 言ってから、それが盛大な自爆だと気付いた。 計算なのか天然なのか、どちらともとれる表情で彼は真っ赤になった顔の私を見ている。 ああ、そうですよ。 都合の良い読解力を相手に一方的に求めるのは筋違いもいいところ。楽観と自惚れは破滅への片道切符だ。
2015-07-05 01:06:53#魔法使いは隣りにもいる 「百瀬君、あのですね。つまりですよ。私としては、中学三年生という割と人生の切羽詰った時期にこんなこと口走るのは現実逃避と思われても仕方ないんですが。百瀬君と一緒の高校生活とか凄く楽しいだろうなって思ってるんです」 中途半端な距離感は本当に面倒臭い。
2015-07-05 08:32:18#魔法使いは隣りにもいる 周りから既に付き合ってると思われる程度に、私たちは親しい仲だ。 休日に一緒にどこかに出かけたこともある。恥ずかしながら菓子業界の定番イベントも経験済み。 そもそも今日こういう話を持ち出したのも、まだ付き合ってないと知った母親に急かされたからで。
2015-07-05 08:40:02#魔法使いは隣りにもいる 彼の家族関係への同情から始まった好意に、私は嫌悪感を抱えている。 心のどこかで彼を可哀想な人間と思っていて、上から目線で付き合ってあげよう……そんな風に少しでも考えてしまう自分が心底嫌だった。 「今すぐは無理だけど、高校三年間で絶対に言うから」
2015-07-05 08:50:03#魔法使いは隣りにもいる 何を、とは言わない。 聞かれもしない。 代わりに彼はピアノの鍵盤でも叩くような仕草でテーブルの端を数度叩いた。それが彼が真面目なことを言いだす時の癖だと私は知っている。 「僕は、本当は中学卒業したら師匠の下で働き始める予定だったんだよ」
2015-07-05 09:51:36#魔法使いは隣りにもいる 「なに、それ」 「祖父さん亡くなって師匠の家に下宿してて。今も手伝いとかしてるけど、そこそこ筋が良いって言われて。あの業界、始めるなら早い方がいいし」 師匠というのは、彼の身元引受人だ。市内でカレー屋を営み、繁盛もしている。彼は師匠を尊敬している。
2015-07-05 09:55:08#魔法使いは隣りにもいる 「そしたら師匠に死ぬほど怒られた。働きながら夜学だったらギリギリ妥協したかもしれないけど、高校どころか大学卒業まで頑張らないと弟子入り認めないって」 新人警官が一度は補導するほど童顔低身長の師匠さんは、同時にこの街のアンタッチャブル的存在だ。
2015-07-05 10:02:59#魔法使いは隣りにもいる 「高校に進学しても、勉強と師匠の店で手伝いやってて遊ぶ暇とかないよ」 「その時は私も同じバイトして、一緒に勉強すればいいわよ」 今度はすんなりと言葉が出た。 彼の顔が真っ赤になっている。可愛いなどと不謹慎な感想を抱いていると彼の携帯が鳴った。
2015-07-05 10:24:16#魔法使いは隣りにもいる 着信ではなくメールの受信だ。 ビクっと震えた彼が恐る恐る携帯を手にとり画面を開き、固まってしまう。 「百瀬君?」 「師匠から『君の負け。年貢は御早目に』って」 なるほどアンタッチャブルだわ。 私は苦笑した。これなら三年かからず言えそうだ。
2015-07-05 10:29:48登場人物紹介: 百瀬景雲。15歳。中学3年生。人間の血縁者なし。魔法使いの弟子。カレー屋見習い。身体の半分が不思議でできている。片桐さんに告白されなかったら高校進学は魔法使い養成学校になっていた。
2015-07-05 10:34:57登場人物紹介: 片桐玲子。15歳。中学3年生。一般人。景雲とは中学から一緒のクラス。社会常識が欠落しかけていた景雲の面倒を見る内に情が湧いた。もし景雲が魔法使い養成学校に進んだら、追いかけて自らも魔法使いになる可能性があった。遠縁の女性に魔法使いがいる。
2015-07-05 10:40:28