熱波の牢名主、剣の錆ハサレクィム【短編】

砂漠で見つけた奇妙なものの、奇妙な話です
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減衰世界 @decay_world

――熱波の牢名主、剣の錆ハサレクィム

2015-07-06 17:31:53
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灰土地域の南東には広大な砂漠が広がっている。そこは死の大地だ。照りつける太陽はあらゆる水分を蒸発させ、赤い砂をまるで焼けた鉄板のように熱くしてしまう。まぁ裸足では歩きたくないだろう。その砂漠を蹄で歩いている……一匹のラクダがいた。当然背には人間が乗っている。 1

2015-07-06 17:34:16
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ラクダに乗る旅人。彼はベリズという名の冒険者だった。冒険者といえば洞窟に潜ったり遺跡に侵入したりすることが多いが、彼のように気ままな一人旅を楽しむ者もいる。実際気楽な旅だ。砂漠で迷ってミイラになっても、誰にも迷惑はかからない。家族も友人もいなかった。 2

2015-07-06 17:36:44
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もちろん、好き好んでこのような灼熱地獄にやってきたわけではない。それならサウナの方が健康的だ。ベリズには目的があった。砂漠の果てに沈んだ古代都市。その手掛かりを探しに来たのだ。人は死んで名を残すというが、古代都市の遺構を発見できれば、ベリズの名は歴史に残るだろう。 3

2015-07-06 17:39:16
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砂埃を巻き上げてつむじ風が吹き荒れる。ベリズは被っているスカーフを結んで砂よけにした。乾燥した風は、目から、口から、あらゆる粘膜から水分を奪う。汗がいつまでも流れてきて、あっという間に消えていく。水筒の水は十分だろうか? いざという時のためにオアシスから遠くは離れない。 4

2015-07-06 17:57:43
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ベリズはオアシスへ戻ることにした。探索は午前の内に切り上げたほうがいい。正午になるとさらに暑くなり体力を大きく消耗する。ベリズは羅針盤付き機械時計を見る。11時。昨日より1時間砂漠に長居しているようだ。調査期間は1週間もあるから1時間増えた所でどうというものでもないが。 5

2015-07-06 17:59:50
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ところがそれから1時間が過ぎても、オアシスには辿りつかなかった。羅針盤通りに行けば30分で到着するはずなのに。疑念が不安に変わった頃、ようやくベリズは気付いた。機械時計の羅針盤が、錆ついて動いていなかったのだ。「どうしたんだよ、こんなことあるのかよ」 6

2015-07-06 18:05:14
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密閉された羅針盤が錆びるなどあるのだろうか。とりあえず方角が当てにならないことは分かった。このままでは遭難だ。ベリズは周囲を見渡して遮蔽物を探した。日陰で休んで、夜になれば星を見て方角が分かる。偶然にも遠くに岩のようなものを見つける。なんという不幸中の幸いだろう! 7

2015-07-06 18:09:12
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岩のような物に近づくにつれ、休憩できるという安心感とは別な思いが湧きあがってくる。岩に思えたものは、明らかに人工物なのだ。安心感はときめきに変わる。これこそ……べリルが探していた古代都市の遺構なのではないか? べリルは喜びで飛び上がりそうになって、ラクダを急がせた。 8

2015-07-06 18:13:31
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それはドーム状の建築物だった。煉瓦でもない、石材でもない、コンクリートのような継ぎ目の無いざらざらした壁で覆われていた。「……都市って感じじゃないな」 伝説の都市、名も忘れ去られた砂漠の都市にしては、規模が小さすぎる。高さは3メートル、横は5メートル程度だ。 9

2015-07-06 18:20:35
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シェルターと言われれば納得する外観をしている。もちろん、頑丈そうなこの建物だけが残り、他は全て風化したか砂に沈んだ可能性もある。ベリズは時刻を見る。12時半。ラクダから降りて調査を開始した。灼熱の太陽を凌駕する、興奮と熱気でベリズの頭は茹であがりそうだ。 10

2015-07-06 18:24:54
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裏側に回ったとき、ベリズは直径3センチほどの穴がひとつあることに気付いた。その穴からは排水溝のように赤い錆が流れた跡がついている。中に何があるのだろうか。好奇心が彼を刺激する。窓は無いので真っ暗だろう。だが、どうしてだろう。その穴を覗きたくてたまらないのだ。 11

2015-07-06 18:29:12
減衰世界 @decay_world

もはや名声や歴史の解明などというものとは違った、暗い欲求が彼を突き動かしていた。ゆっくりと近寄り、穴の向こうを覗き見る……すると、目があった。 12

2015-07-06 18:53:32
減衰世界 @decay_world

目だ。錆を煮詰めたような赤い濁った瞳が、穴の向こうにあった。その瞳は真っ暗な空間の中で燃えるように光っていた。その光に貫かれて、ベリズは思わず顔をそむけた。ドームの中から野獣の唸るような声が聞こえる。 13

2015-07-06 19:00:13
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「たすけてくれ! ここから出してくれ! なあ! いるんだろ! お前だ! そこにいるんだろう!」 14

2015-07-06 19:05:44
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心まで凍りつくような恐ろしい声。ベリズは転がるようにその場から離れて、ラクダにしがみついた。「走ってくれ! 頼む! 走ってくれ!」 ボンヤリと地平線を眺めていたラクダは、必死の形相で訴えるベリズに驚き、走り出した。 15

2015-07-06 19:12:47
減衰世界 @decay_world

気付いたときには、ベリズはオアシスの診療所にいた。視界がぼやっとする。ラクダに気絶した状態で乗っているのが見つかったらしい。見舞いに来た老人に、さっき見た光景を話した。老人は気まずそうに語りだす。「魔剣の使い手じゃよ。盗賊団の頭でな。昔暴れまわったんじゃ」 16

2015-07-06 19:19:04
減衰世界 @decay_world

「名前はハサレクィム。ある日聖なる力を持った騎士様が現れて、彼を封印したんじゃ。罪をあがなうため、生きたまま石で固められて砂漠のど真ん中で熱気に晒されておる。恐ろしい話よのう。空気穴から、流した涙が錆の跡になって浮かんでいるという話じゃ」 17

2015-07-06 19:25:58
減衰世界 @decay_world

ベリズが見たのはそれだったのだろう。ベリズは機械時計を見た。午後2時。まだ太陽は熱く、強い日差しが診療所の中にも差し込んで光の舞台をつくる。羅針盤は錆ついていた。魔剣士の執念が羅針盤を錆びさせ、ベリズを牢獄へと導いたのだろうか。彼はそんなことを夢想した。 18

2015-07-06 19:31:17
減衰世界 @decay_world

ベリズは窓から外の砂漠を見渡す。まるで錆びついたような赤い砂が、どこまでも広がっていた。 19

2015-07-06 19:36:54
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――熱波の牢名主、剣の錆ハサレクィム (了)

2015-07-06 19:37:06