流動巨人スツルムギガース【短編】

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――流動巨人スツルムギガース

2015-07-07 17:54:59
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極地調査船クロームソフィア号は遠い海の果て、西の極地を目指していた。ここは氷の世界。氷山があちこちに浮かび、調査船はぶつからないように注意深く進まなくてはいけない。今日は霧が濃く、見張り員が何人も甲板に出ていた。みなサーチライトで四方を照らし、氷山を探す。 1

2015-07-07 18:00:13
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氷山にぶつかる危険を冒してでも極地へ向かうのには理由がある。海底資源だ。遥か古代から何度も文明が起こっては消え、いたずらに地下資源を消耗し、主要大陸に残った有用な地下資源は誰かのものになっている。その点、開発が進んでいない極地なら誰のものでもないというわけだ。 2

2015-07-07 18:04:21
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そんなわけで、地質学者のモノーもこの調査船に同乗していた。彼はまだ若い大学生だが、将来有望な研究者である。彼は海底資源に詳しく、潜水技能も達者だった。彼も甲板に上がり、見知ったダイバーたちと潜水服のチェックをしていた。目的地点にはついている。 3

2015-07-07 18:07:09
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ダイバーの一人がモノーに話しかける。「今回の地点はちょっと変わった所だな。何か理由があるのか?」 「特に理由は無いさ。強いて言えば、夢のお告げってやつかな」 「地質学者も夢を信じるんだな」 分厚い板金鎧のような潜水服。互いに故障がないか点検する。 4

2015-07-07 18:09:48
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「ヒーターは作動しているか? 時計の時刻は正確? よし、準備よし」 モノーとダイバー4人はクレーンで吊られたボートに乗り込む。彼らは長いチューブでエアポンプと繋がれていた。調査船の真下に真っ直ぐ潜水して、海底の様子を調べるのが今回の計画だ。クレーンでボートがゆっくり降下する。 5

2015-07-07 18:12:56
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ボートが冷たく暗い海に着水する。ボートに一人を残し、二人ひと組の4人で潜水を開始した。といってもケーブルに掴まってただ降下するだけである。潜水服は分厚く、重く、不格好な板金鎧の騎士を思わせる。ケーブルは2本。それぞれ二人がしがみついている。 6

2015-07-07 18:16:00
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「モノー。海の中はどうだい? 可愛い人魚でも舞い踊っているかい?」 ボートの上と通信が繋がる。モノーは海の底を見渡した。ヘッドライトがラピスラズリ色の深い青に消えて沈んでいった。「人魚はいないが、そこらじゅうが海だ。身体中に海がまとわりついている。海のパンツの色は青だ」 7

2015-07-07 18:18:40
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「女に溺れても、海に溺れるなよ。モノー、そろそろ底に着くはずだ。異常は無いか? 透明度は十分か?」 「ああ、丁度見えてきた。白い砂地がどこまでも続いている」 ケーブルの降下が止まる。車がブレーキを踏んだような衝撃。モノーたちダイバーは海中に宙づりとなった。 8

2015-07-07 18:21:56
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ヘッドライトと、手提げのライトで海底を照らす。とりあえず今日は海底の様子を見るだけだ。段階的に調査内容を進ませて、最終的に海底掘削に移行する。雪のような浮遊物が照らされる。赤や紫のヒトデが気持ち悪いほど群れていた。「海のブラは星型のビキニだ」 モノーが呟く。 9

2015-07-07 18:24:24
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モノーは周囲を照らす。すると、奇妙な物体を発見する。巨人だ。巨人が海底に横たわっている。30メートルはあるだろうか? モノーはこのような巨人を見たことがなかった。まるで戦艦の装甲のように、冷たそうな灰色をしていた。他のダイバーたちも気付いたようだ。 10

2015-07-07 18:27:37
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「何だあれ」 「少なくとも、巨人が世の中の役にたったためしは無いな。随分古い物のようだ」 「海生の生物が固着している」 「そもそも、死んでいるのか?」 ダイバーの最後の一言で全員の背筋が凍った。かつて幾度となく世界を滅ぼした巨人。それが目の前にいるのかもしれない。 11

2015-07-07 18:30:24
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モノーは巨人をつぶさに観察した。何かに気付く。「絶対死んでいる。近づいてみよう」 モノーはそう言って海面のボートに巨人の方へ近寄るように言った。他のダイバーは慌て始める。「ヤバい、ヤバいって。生きてるかもしれないって」 「死んでいる」 12

2015-07-07 18:33:15
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妙に自信たっぷりのモノーに負けて、ケーブルに掴まった4人はゆっくりと巨人に接近した。「これはスツルムギガースだ」 「なんだ、知ってるのかよ」 モノーは静かに説明を始めた。「特徴が伝承と一致している。スツルムギガースは遥か昔の超文明、流積世の時代に生きていた」 13

2015-07-07 18:35:46
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巨人から5メートルほど離れた海中でケーブルは止まった。それ以上の接近は必要なかった。「スツルムギガースは存在するだけで周囲に死の波動を放つ。生きていたら、俺達はとっくに死んでいるはずさ」 「でも、おとぎ話にあったろう。死んでいたと思った巨人が生きていて……」 14

2015-07-07 18:39:18
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「ああ、死んでいたと思ったら生きていて、目を覚ました巨人のせいで世界は滅びた……そんな話だっけ」 そのとき、巨人の表面が動いた。4人の潜水者は皆びくりと身体を震わせる。「生きてるんじゃないか?」 「死んでるって、よく見ろ、身体の平たい、保護色のナマコだ」 15

2015-07-07 18:41:36
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「モノー。お前驚かなかったか? やっぱり確証が無いんだろ、巨人が生きてるかどうか」 「うるさいなー、死んでるって」 巨人は静かに、うつぶせで横たわっている。「お前は幽霊、見たことあるか?」 モノーはぽつりと呟く。「え、何で急に」 「いや、何でもない」 16

2015-07-07 18:43:47
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モノーの視線の先には、巨人の背に座って彼を見る一人の裸の少女がいた。夢で何度も会った少女。彼女は、自らを幽霊だと紹介した。自分の亡骸が沈んでいるから、会いに来てほしいと……。(巨人だとは思わなかったな) 少女の姿は、モノーにしか見えていない。 17

2015-07-07 18:46:46
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モノーは帰還を提言した。上昇していくケーブル。「どうだ、何か分かったか?」 「海は全裸だった」 「はぁ」 「巨人の遺体がある。隔離研究地点に設定して、保護しよう。採掘は別な場所だ」 「なんだ、やっぱり起きるのが怖いんじゃないか」 「ああ……そう言うことにしておこう」 18

2015-07-07 18:49:41
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世界を幾度と滅ぼした巨人。その魂は可憐な少女であった。モノーは不思議な気持ちだった。(また会いにくるよ) モノーは最後に巨人を見下ろした。巨人の背中で立ち上がった少女は……いつまでも手を振っていた。 19

2015-07-07 18:55:03
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――流動巨人スツルムギガース (了)

2015-07-07 18:55:14