彼の夢見たトカゲの王国への道【短編】

夕暮れの山に置いてきぼりにされた少年の見た、優しすぎる幻想です @decay_world はツイッター小説アカウントです。 実況・感想タグは #減衰世界 が利用できます
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――彼の夢見たトカゲの王国への道

2015-07-10 17:59:51
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いじめっ子たちがかくれんぼに誘ってくるなんて、何かがおかしいと思っていた。やはり少年は裏切られてしまった。小山に5人で遊びに来て、かくれんぼをしたのだが、自分一人置いてきぼりにされてしまったのだ。実害はないが精神的ショックは大きい。少年一人が薄暗くなった山にいた。 1

2015-07-10 18:03:11
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泣きそうになるのをこらえながら、少年は山道を歩いていた。こんな結果になるなら何も信じなければよかった。蝙蝠が空をよぎる。早く帰らないと家族が心配するだろう。少年は暗くなるまで一人隠れていたのだ。必ずや誰かが自分を探してくれると信じて。暗くなるまで信じていたのだ。 2

2015-07-10 18:06:02
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お腹が無性にすいてくる。家に帰れば母親の作った料理があるだろう。それまでの辛抱だ。冷たい親だが、少なくとも約束を裏切ってご飯が用意されていないことは無い。そんな些細な信頼が、両親にはあった。腹が鳴る。それもこれも、他人を無駄に信じたせいだ。 3

2015-07-10 18:08:33
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「もう誰も信じない」 ひとり呟く。誰もいない山道、呟きは暗い森の中に消えるはずだった。「ぼっちゃん、ぼっちゃん」 少年を呼ぶ声。ふと振り返ると、森の中に草のトンネルがぽっかりと口を開けていた。トンネルの中は黄金のように明るく、少年の顔を照らしていた。 4

2015-07-10 18:13:04
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「ぼっちゃま。ご主人様がお呼びです」 「僕を呼んでる? 誰が?」 「王様でございます」 トンネルの脇に燕尾服を着たネズミが立っていた。少年と同じくらいの背の高さの巨大ネズミだ。少年は不気味さよりも好奇心を刺激されてトンネルに近づいた。「王様って誰?」 5

2015-07-10 18:14:45
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「王様はぼっちゃまのために国をひとつ用意なさいました。ぼっちゃま、さぞ辛い思いをしたことでしょう。これからはぼっちゃまはぼっちゃまの国で、誰にも馬鹿にされることなく、温かい歓迎を受けるのです」 先程誰も信じないと言ったばかりであったが、少年はネズミの言葉に心動かされた。 6

2015-07-10 18:16:55
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「本当かどうか、確かめてもいい?」 「どうぞ、ご覧になってください。そして我々の歓待を受けてください。わたくし共はぼっちゃまを歓迎します。ささ、こちらへ」 少年はネズミに手を引かれてトンネルの中へと入っていた。豆電球のような光の粒があちこちで瞬く黄金のトンネルを歩く。 7

2015-07-10 18:20:12
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しばらく歩くと、トンネルを抜けて、巨大なつくしとスギナの並木道が現れた。並木道の向こうには黄金の城が立っていた。壮大なスケールの立派な城だ。しばらく歩くかに思えたが、気づけば少年は城の中にいた。「ぼっちゃまを無駄に歩かせることはしません」 ネズミが言う。 8

2015-07-10 18:22:50
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白亜の内装に黄金のシャンデリア。見上げる玉座に座るのは……大人ほどの大きさのあるトカゲだ。やはり黄金の冠を被り、エメラルドの杖を掲げ、ルビーのオーブを膝に抱く。「ようこそ、我が城へ」 彼が王様だろう。王様が杖を振る。すぐさまたくさんの料理が運ばれてくる。 9

2015-07-10 18:25:19
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「腹が減っただろう。食事を楽しむがいい」 料理を運ぶのは様々な昆虫の侍従たちだ。テーブルの上に琥珀色のスープや、こんがり焼き目のついたグラタンや、焼きたての香ばしさを感じるパンが並べられる。どれもこれも贅沢過ぎない、素朴な、しかしおいしそうな料理だった。 10

2015-07-10 18:28:44
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決して嫌味の無い、誠実な料理だった。少年は王様を信じそうになる。だが、何か引っかかるものを感じて、少年は食事を辞退した。「お母さんが食事を作って待っています。勝手に食事をするわけにはいきません」 「そうか、そんなことも心配することもないのだぞ」 11

2015-07-10 18:31:41
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「私の国を相続してほしい。そなたは私の王太子となるべき子供だ。そなたは裏切られた心を持っておる。ひとの悲しさを知っておる。人間とはかくも冷たく、矮小な存在だ。私たちの国ではそんなことは無い。悲しみを知ったそなたには、私たちの国で生きる権利がある」 12

2015-07-10 18:33:30
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「でも、僕は人間です。トカゲでも、ネズミでも、虫でもありません。あなたたちは立派なひとです。こんな僕のために迎えに来てくれて、おいしいご飯も用意してくれて、国もあげるとも言っている。でも、僕は人間なんです。僕は小さい人間だから、きっとこんな優しい世界は信じられません」 13

2015-07-10 18:36:21
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「そうか……謝ろう。私が悪かった。気をつけて帰るがよい」 残念そうな顔でトカゲの王様は言った。少年は一礼して、黄金の城を後にした。「あなたは人間の世界で生きるのですね。もう二度と、ここに来ることはできないでしょう」 トンネルの入り口で、ネズミが悲しそうな顔で言う。 14

2015-07-10 18:39:16
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少年は笑って言った。「大丈夫です。それはつまり、僕が二度と無条件な優しさを求めないからです。きっとこの国は、僕の迷いが見せたまぼろしだったんでしょう」 少年は目を細めてトンネルの向こうに小さく見える黄金の城を見る。 15

2015-07-10 18:42:50
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それは段ボールと絵の具でできた、ただのハリボテにしか見えなかった。 16

2015-07-10 18:45:42
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――彼の夢見たトカゲの王国への道 (了)

2015-07-10 18:45:55