天叢雲剣譚【2-7】

天叢雲剣譚【2-7】です。大規模作戦に打って出た潮岬鎮守府。そこに待ち受けるものとは。
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天叢雲剣譚 @sio_murakumo

のしかかるように重く、のっぺりとした空の下を私たちは無言で航行していた。すでに第二艦隊とは別行動を取っており、私のいる第一艦隊は敵の拠点があるという『友ヶ島』に向かっていた。 『友ヶ島』は大阪湾と紀伊水道を分ける紀淡海峡を塞ぐ形で立地している。東は紀伊半島、西は淡路島と対する。

2015-07-11 21:35:15
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

かつては大阪湾防衛を目的として、大日本帝国軍の要塞があったこの島も今は深海棲艦の巣窟と化していた。深海棲艦の出現により自由に船を出せなくなったことが原因で、『友ヶ島』は放棄され、深海棲艦の思うがままとなってしまっていた。新たな要塞が築き上げられ、大阪や兵庫の港を狙わんとしている。

2015-07-11 21:44:54
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

というのが、鶴木から聞いた話である。時間が経てば大阪湾や神戸、明石海峡大橋や大鳴門橋にも被害が出かねない。すでに友ヶ島に近い和歌山と淡路島の一部に甚大な被害が出ているようだ。それを食い止めるためのが今回の作戦である。 『皆、そろそろ敵の海域に入るわ。各自、臨戦態勢をとること』

2015-07-11 21:54:07
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

通信機から鶴木の声が飛び込んでくる。初めて参加する作戦のはずだが、その声はとても落ち着いていた。 『最低でも軽巡クラス、最悪なら戦艦、空母との戦闘が考えられるわ。油断しないように。それと叢雲』 輪形陣の中心にいる私に視線が集まる。みんなが固唾を飲んで鶴木の次の言葉を待っていた。

2015-07-11 21:59:14
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「何よ」 『この際だから釘を刺しておくわ。絶対に単独行動をしないこと。全体の状況を把握できる私がいるからといって、無暗に突っ込まないように。わかった?」 「……はいはい、わかったわよ」 『まったく、素直じゃないわね。まあ、期待してるわ』 それだけ言うと鶴木の声は聞こえなくなった。

2015-07-11 22:07:39
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「何様のつもりよ。これから戦闘だというのに」 「一応提督なりに心配してくれているのでしょう。あまり悪く言ってあげないでください」 左隣にいた神通が様子を窺うように話しかけてくる。 「はぁ? アイツがそんなに気が利くわけないじゃない! どうせ自分の作戦を邪魔されたくないだけでしょ」

2015-07-11 22:18:15
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「それはその……」 やはり思いあたる節があるのだろうか、神通はもごもごと言葉を詰まらせる。 「ほら、やっぱりアンタも思うところがあるんでしょ?」 「確かに提督は自分のことを第一に考えていると思います。ですがあの人はまた、私たちに危害が及ばないようにも苦心していらっしゃいます」

2015-07-11 22:22:13
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

言葉を慎重に選びながらなのだろうか、ゆっくりと話す神通。 「口ではああ仰られていますが、私たちのことはちゃんと見ていてくれています。少なくとも、今までの提督よりは信頼できると思います。雨野提督は別ですけれどね」 私以外――と言っても神通だけだが、鶴木はそう捉えられているらしい。

2015-07-11 22:29:03
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「ふぅん……アンタの目にはそう映るのね。参考になったわ」 何処か腑に落ちない、もやもやとした気分になったが、あくまでも一個人の意見として割り切ることにした。だが私を除く艦娘たちに、どのような態度で接しているのか、とても気にはなる。……今度、こっそり観察してみよう。

2015-07-11 22:38:13
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

『はいはい、おしゃべりはそこまでよ』 再び通信機から鶴木の声が入ってくる。だが先程とは違い、その声には緊張が混じっていた。 「何よ、聞いてたの? 悪趣味ね」 『回線を開きっぱなしのくせによく言うわね。ああ、そんな無駄口を貴女と叩いている暇はないのよ。……来るわよ』

2015-07-11 22:43:43
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

その言葉と同時に先頭を走る妙高がハッと顔を上げる。その先に広がる灰色の水平線を見やると、声を張り上げた。 「ッ……電探に感アリ! 方角は北……おそらく深海棲艦です!」 「!!!」 妙高の声を聞いた第一艦隊のみんなが一瞬身体を強張らせ、緊張感からピリピリとした空気が流れ始める。

2015-07-11 22:50:22
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

『こちらでも確認したわ。別働隊の艦載機から入電。本隊を離れて、迎撃に向かう深海棲艦が四隻。貴女たちの相手はこいつらよ』 「敵の艦種はわかりますか?」 『報告によれば重巡クラスが一、あとは軽巡と駆逐。正確な編成はわからないけれども……私たちもなめられたものね』

2015-07-11 22:56:55
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

鶴木が忌々しそうに吐き捨てる。その節々から不満が滲み出すほどに。 「では提督、どうされますか? この距離なら戦闘を回避することも可能ですが」 妙高が尋ねると、鶴木はフッと嘲るように短く笑う。そのままくつくつと、 『回避? 馬鹿なことを言うんじゃないわ。そのまま直進! 戦闘態勢!』

2015-07-11 23:05:39
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

待っていましたと言わんばかりに声を張り上げ、喜々として命令を下す。 『いい? 敵の欠片一つも通さないこと! 今ここで、敵を壊滅させるのよ!』 喜び、そして狂気すらも感じさせる言葉に妙高――いや、艦隊の全員が身体を震わせた。それほどまで、彼女の言葉には殺意が籠っていたのだ。

2015-07-11 23:13:20
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

今まで鶴木の指示を聞くことは何度かあったが、ここまで敵に対して殺意を剥き出しにしたことは無かった。その豹変ぶりがとにかく 私たちの心を奮い立たせたのか、それとも恐れを抱かせたのか――どちらにせよ、私たちに緊張を持たせるには効果覿面だった。 「わかりました。これより戦闘に移ります」

2015-07-11 23:21:40
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

話している間にも敵との距離は着々と詰まってきている。そう時間の経たないうちに、海域には鉄と硝煙の香りが立ち込め、海面には重油の膜が広がるだろう。 『陣形を単縦陣に切り替え。敵を発見次第撃ちなさい。時間はかけられないわよ。でももし、艦隊に重大な危害が出たと思ったら必ず報告すること』

2015-07-11 23:29:17
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

鶴木もおそらく海図を見ながらの指示なのか、時折パラパラと紙をめくる音が聞こえてくる。そこに、がちゃがちゃと装備の確認をする金属音が混じり出した。いつもの、戦闘直前の光景だ。そしていつも通り、その光景は唐突に、激しい轟音を伴って崩れ去る――。 「――来ます!」

2015-07-11 23:35:10
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

妙高の叫びとほぼ同時、艦隊の右後方に、ドォンと大きな水柱が立ち上る! 明らかに私たちを狙ったものだ。 『左右に別れなさい!』 鶴木の指示に即座に反応し、艦隊が前と後ろ三人ずつに別れ、左右へと弾かれるように避ける。そして本来私たちがいたであろう線上に、敵弾が容赦なく叩き込まれた。

2015-07-11 23:41:19
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

再び大きな水柱が立ちのぼったかと思うと、すぐにその姿は崩れ、無数の水滴となって降りそそぐ。その様子は、今ここにスコールが来たようだ。髪が、艤装が、槍を握る手が濡れそぼっていく。 「開幕早々、やってくれるじゃない!」 前が見えないほど降りそそぐ水滴がその勢いを落とし始める。

2015-07-11 23:47:10
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

切れ目から覗かせる、水平線に浮かぶ黒き一団。紛れもない、深海棲艦だった。 「重巡一、軽巡二、駆逐一! 重巡はエリートリ級!」 前にいた伊勢が声を張り上げ、同時に砲弾を放つ。大きな弧を描き、砲弾は重巡リ級の盾とも主砲ともつかない左腕に命中し、爆発した。怯んだリ級のバランスが崩れる。

2015-07-11 23:56:08
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

そこに追い打ちをかけるように、妙高の砲塔が火を噴く。すでに水柱の衝撃から復帰し、体勢を整えていた彼女の目はリ級を真っ直ぐ捉えていた。死角はない。的確にその砲弾は重巡リ級の、装甲の薄い腹部を貫通し、背後で爆ぜる。焼き尽くす様な爆風と、鋭利な刃物と化したその破片がリ級に襲い掛かった!

2015-07-12 00:05:27
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

その衝撃に耐えることなく、リ級の身体は正面から水面へと倒れ込んだ。その背中にはおびただしい数の破片が墓標のごとく突き刺さっている。おそらくリ級は戦闘不能だ。 だが敵はまだ他にもいる。旗艦だったリ級が沈んだのを見るやいなや、その後ろに控えていた軽巡と駆逐は進行方向を変えた。

2015-07-12 00:15:27
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

私たちから距離をとるように離れていく深海棲艦たち。だが逃がすわけにはいかない。私たちは再び陣形を組み直すと、その後を追った。 『マズイわ、このままだと別艦隊の真横をとられる。最大速力! 一気に叩きなさい!』 「「「了解!」」」 じりじりと距離が開きつつあった深海棲艦を補足する。

2015-07-12 00:24:02
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

それを見た深海棲艦は二手に別れはじめる。一方はそのまま進み、もう一方は九十度ほどそれた方向へと進み始めたのだ。 『ここで二方向……? 何をするつもり?』 「鶴木、どうすんのよ!?」 本来の方向から逸れたのは軽巡二隻。このまま行くと、別働隊と駆逐一隻がぶつかることになる。

2015-07-12 00:31:15