天然創作

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メモ
雨天然 @sodeentennen
煮え沸き立った湯のような熱と永遠とも思われる悪夢に苛まれ、ようやく混濁した意識から回復すると、その子供の世界は不明瞭な輪郭線と朧げな色でかたどられていた。ぼんやりとした蜂蜜色や薄卵色が近づいて来る。それらが人の、そして親しい人間の顔だと理解するまで時間がかかった。
雨天然 @sodeentennen
変わってしまった世界の姿に、言葉をなくすだけだった。  翌日に、視力が異常なほど悪くなったことを、子供と大人達は医師からの診断で知った。真っ暗な世界ではないことは幸いだと伝えられようが、そんなことは子供には大差ないことだった。
雨天然 @sodeentennen
ようやく外に出ても良いと言われた時には、そのぼんやりとし過ぎた世界には慣れてしまっていたが、いざ外に出てみると、本来ならば見えていた雪景色も、ただただほんのりと白く発光するだけの光景に変わっていたことで子供はその場に座り込んでしまった。
雨天然 @sodeentennen
それからどれくらい経ったか。視力は更に落ち、山で遊ぶこともなくなり、多くの時間を奥内で過ごした。たまに外に出たかと思えば、幼い頃に作って貰った鞦韆に腰掛け、小さく漕ぐだけ。それまで活発に野山を駆け巡っていたはずなのに。それこそ麓の村まで駆け下りて、村の子供とも遊んでいたものだ。
雨天然 @sodeentennen
この山に他には大人しかいない。あれ以来、誰とも遊ばなくなった。  この目が見えなくなって。あれからずっと。  人知れず小さく嗚咽を漏らしていると、声をかけられた。 「どうしたの?」  聞こえた声は幼さがあった。自分と同じくらいだろうか。目の見えない子供は顔を上げた。
雨天然 @sodeentennen
大人よりも遥かに小さい人影が目の前にあった。見知らぬ声、見知らぬ形。見える光景も相まってか、夢でも見ているかのようだった。影は問いかける。 「目が見えなくなっちゃったの?」  何故すぐにわかったのか。疑問は浮かんだが、それを投げかけるよりもまずこくりと頷いた。会話は苦手だった。
雨天然 @sodeentennen
「そっか」  短い答えが返ってきた。落胆したようにも納得したようにも聞こえるその響きに、目の見えない子供は申し訳なささえ覚えた。  すると小さな影が近付いてきた。恐らく手と思われるものが伸ばされたのだと分かったのは、頬に冷たく柔らかい感触がやってきたからだ。視界は暗くなる。
雨天然 @sodeentennen
「じゃあ、目。貸してあげる。今日から君もこの目で世界を見るんだ。二人で一緒に見よう」  唐突なその申し出は目の見えぬ子供にとって全く理解の及ばないものであったが、影は当たり前のように無邪気な小さな笑いを溢した。  ――なんだか、神様みたいだ。  目の見えない子供、そう思った。
雨天然 @sodeentennen
△▼△▼△▼  自分以外の誰もいない小部屋で、娘はちらりと時計を確認した。この娘の年の頃は十代後半くらいだろうか。腰までありそうな波打つ薄栗毛。長い睫毛に縁取られた奇妙な光を見せる薄群青の瞳。額には繊細な作りの額飾り。襟と袖を起毛で覆われた厚手の灰色のローブドレスは、
雨天然 @sodeentennen
彼女のほっそりとしながらも柔らかな身体の曲線を美しく描いていた。大人しく座っている姿は令嬢その物で、やや薄くそばかすがあるものの、整った可愛らしい顔は柔和な微笑みを浮かべれば大層絵になるものだと思われる。しかし、今の娘の顔は退屈さをそのまま体現したかの如く、覇気のないものだった。
雨天然 @sodeentennen
時刻はまもなく昼を迎える。娘は書机で頬杖を突き嘆息した。書机にはいくつかの書類や筆記具が軽く乱雑しており、本来ならばそれを使って何かしらの作業をするのであろう様相だが、娘の手は頬を支えるだけで、筆記具の一つも持っていない。持つ気もないようで、しばらく同じ格好で窓の外を見ていた。
雨天然 @sodeentennen
窓から差し込む光は太陽のものだけでなく、薄く積もった雪に反射したものも含まれているため、非常に眩しく、部屋に明かりが足らないことはない。窓から見える霊峰は、今日もその険しい峰に雪化粧を施し、人を寄せ付けることのない荘厳さを醸し出していた。 しかしそれもいつものこと。
雨天然 @sodeentennen
娘は部屋の中に目を戻す。部屋は古びた時計と質素ながらも頑強な作りの書棚と彼女が着席している書机、そして鉱石の類が置かれた飾り棚だけが置かれた簡素な書斎で、それらのどれもやはり彼女の退屈を紛らわすことはなかった。娘は再び自身の頬を支えるだけ作業に取り掛かった。
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しばらくして何かの期を見計らったかのように立ち上がり、書類と本を重ねて書机の上に軽く打ち付けて整えた。机の上も軽く整頓すると、彼女は整えた書類を胸元で抱え、その小部屋から出た。  途中に花の活けてある花瓶が一つあるだけの飾り気もない静かな廊下を歩き、突き当りの部屋の前で止まる。
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一呼吸置き、その扉に軽く握った拳を打ち付ける。数度のノックに中からやや嗄れた声が掛かった。 「どうぞ」 「……失礼します」  許可を得たのを確認し、一言挨拶をしてから娘は扉を開ける。扉が開ききった頃には先程までの表情とは打って変わり、大人しめで品の良い微笑みを浮かべていた。
雨天然 @sodeentennen
先ほどまで少女がいた部屋を一回り大きくし、より大きな書棚と机を配置した書斎の中には、禿頭で片眼鏡をかけた老人が一人座っていた。小柄ながらもがっしりとした身体つきの老人だ。背筋は伸びきり、着席しているだけでも醸し出される貫禄と威厳のせいか、異様な威圧感があった。
雨天然 @sodeentennen
部屋はその老人の几帳面さを窺わせるように整理整頓がされてあったが、老人はその部屋で唯一書簡や図面がいくつも広げられて散らかった机から顔を上げ、眼光鋭く扉の前に立つ娘の笑みを見る。すると、表情は一変し、目を和らげて柔和な笑みを浮かべた。 「おお。キルスティ。どうだい、終ったかい?」
雨天然 @sodeentennen
「ええ。レイヴンおじいさま。ちょっと時間を過ぎちゃいましたけど」  キルスティと呼ばれた娘は申し訳なさそうで困ったような曖昧な笑みを浮かべて、書斎の中にある大層立派な柱時計に目をやった。つられるように老人、レイヴンも目をやる。時刻は昼を四半時ほど過ぎていた。老人は首を振った。
雨天然 @sodeentennen
「なに。構わないよ。キルスティはよくやってくれているからね。助かってるよ。それに、段々早くなってきている」  最初の鋭い眼光や威圧感が嘘のように慈愛溢れる笑みでキルスティから書類を受け取り、レイヴンは軽くそれに目を通すと、もっと相好を崩した。 「うんうん。十分だよ。ありがとう」
雨天然 @sodeentennen
「いえ。大丈夫でなによりです」  キルスティは笑みを浮かべたまま、そう返すと、 「昼食食べてきます。そろそろおじいさまもお食事してくださいね」 「そうだな。うんうん。もうちょっとしたら食べに行くよ。工房はその後だな」 #天然創作
雨天然 @sodeentennen
「そうしてくださいな。じゃあお腹すいちゃったので、お先失礼します」  キルスティはそれだけ言って悪戯っぽく笑い、部屋から出た。  出て扉を閉めると、その表情はまた小部屋にいたときのように退屈そうな表情に戻っていた。頭の先から爪先まで順々に力を抜いていき、 「……ふぅ」 #天然創作
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一息つく。そうして一歩扉から離れようとした。が、 「――ああ、そうだ。キルスティ!」 「!」  扉越しに少し大きめの声がかかり、キルスティは慌てて笑みを浮かべて扉を開けた。 「はい? なんです、おじいさま」  部屋を覗けば、老人は書机に座ってはいなかった。 #天然創作
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今しがた立ち上がったのか、軽く伸びをしながら棚の一つを開けて、両手で持つ程度の箱を一つ。軽く書類を払いどけた書机の上に置き、レイヴンは手招きした。 「キルスティにお使いを頼みたかったんだ」 「お使い、ですか?」 「そうだよ」  そう言って箱をキルスティへと押し示した。 #天然創作
雨天然 @sodeentennen
キルスティも部屋に入り、その箱を見た。箱の上には封筒もおいてあり、それに宛名は書かれていなかったが、彼女にはそれが誰宛の物だかすぐにわかった。手紙を裏返せば、しっかりと封蝋がされていた。封蝋には大きな薔薇の絵がひとつ。赤い蝋で作られているので立派な赤薔薇そのものだった。#天然創作
雨天然 @sodeentennen
やはりそうだ。この封蝋をする相手は一人だけだ。となると――。  宛先の確信を得て、キルスティの目が光った。 「王都へ行けばいいんですか?」 「うむ。ロザリーに頼もうかと思ったんだけどね。この前の大雪で、彼女は一昨日こちらに来たばかりだ。また突っ返すのも悪い気がしてね」 #天然創作
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コメント

雨天然 @sodeentennen 2015年7月15日
まとめを更新しました。 ハッシュタグないものも入れておきました。抜けあったらまた更新します
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