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2011年1月1日

マイさんの近代民主主義(?)まとめ

ムフの著作を読んで民主主義と近代自由民主主義について述べてらっしゃるのかしら。シュミット的観点からの考察も入ってらっしゃる模様。
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遺体 @Minority20

近代民主主義社会とは権力、法、知が根源的な非決定性のもとに置かれる社会である。それこそが、君主の人格に体現され、超越的権威と結びついていた権力の消滅を引き起こした「民主主義革命」の帰結なのだ。それにより社会的なものの新たな制度化が始まり、権力は「空虚な場」となった。(ムフ)

2011-01-01 18:32:58
遺体 @Minority20

近代民主主義の新しさ、それをまさに「近代的」たらしめているのは、「権力は人民によって行使される」という…「民主主義革命」の到来と共に…自由主義言説による個人的自由の価値と人権とが強調された象徴的枠組みをも伴っていた事である。(ムフ)

2011-01-01 18:36:49
遺体 @Minority20

近代民主主義=議会制民主主義はシュミットによれば真正の民主主義ではない。そして近代民主主義を「近代」たらしめ、シュミットの観点からの「純粋な民主主義ではなく」しているのは、それに付加された自由主義的なもの、即ち個人的自由と人権の価値の強調であるというわけだ。

2011-01-01 18:39:46
遺体 @Minority20

それが「近代民主主義…をまさに「近代的」たらしめているのは…自由主義言説による個人的自由の価値と人権とが強調された象徴的枠組みをも伴っていた事」の意味するところである。自由と不可侵の権利…「これらの価値は自由主義の伝統の中心にあり、近代的世界観の本質的な要素となっている」。

2011-01-01 18:41:49
遺体 @Minority20

これが近代的なものであり、同時に自由主義的なものである事に注意を払う必要がある。民主的なもの自体は別に近代以前から存在した。

2011-01-01 18:42:23
遺体 @Minority20

それらの価値を、平等と人民主権という価値が中心となってきた民主主義の伝統の構成要素と見るべきではない。…教会と国家の分離、公的領域と私的領域の分離…自由主義政治の中心にある法治国家の理念は、民主主義の言説にその起源を持つのではなく、別の所に由来するのである。(ムフ)

2011-01-01 18:44:31
遺体 @Minority20

それらの価値、自由と権利の価値、さらには政教分離、公私分離、法治国家といったものの価値は、自由主義的な価値であり、民主主義にではなく自由主義に由来する。民主主義の価値はそれとは異なり、ムフによれば平等と人民主権である。

2011-01-01 18:46:37
遺体 @Minority20

一方には、人権の擁護、個人的自由の尊重という法の支配による自由主義の伝統があり、他方には、平等、支配者と被支配者の一致、人民主権を主要な理念とする民主主義の伝統がある。…二つの異なる伝統には必然的な関連があるわけではなく、歴史的接合の偶発性によるものにすぎない。(ムフ)

2011-01-01 18:50:00
遺体 @Minority20

私が前々から強調している「自由主義と民主主義の別個性・緊張関係」はこのムフの指摘に基づく。とは言えそこからどう判断するかは定まった事ではない。

2011-01-01 18:53:07
遺体 @Minority20

ナチの理論家シュミットは自由主義的なものを廃して純粋で真正な民主主義を目指した。逆に民主的なものを廃して純粋で真正な自由主義を目指す道もあるだろう。当然最も穏健とされるであろう(また現状的であろう)中間の、両方を採ろうとする道もある。そして両方を採る方法にも多様な形がありうる。

2011-01-01 18:53:12
遺体 @Minority20

自由主義者の私にとって民主的なものを自由主義に優先させ、自由主義を殺すほどにまで至らせる選択肢は絶対にありえない。それに接近した立場(民主的なものを重視する立場)にも批判的だ。

2011-01-01 18:55:16
遺体 @Minority20

ムフは一応は両方を採ろうとするが、比較的民主的なものに明らかに寄っている。だから私はムフやグレイの自由主義的制限の不在ないし貧弱さを批判する。相対主義やそれに近い立場からすれば、その自由主義的制限自体が普遍的なものなきこの時代には不当極まりないものである。

2011-01-01 18:56:51
遺体 @Minority20

彼らからすれば全ては出来る限り非決定的なものとして民主的な闘技の対象とされ、絶えず揺らぐものにされねばならない。自由主義者としてはそれにより個人の自由が絶えず揺らがされる事が―あらゆる事に普遍的な答えや基準がない以上程度問題だが―許容しがたい。ある程度固定された権利を死守したい。

2011-01-01 18:58:13
遺体 @Minority20

以上のような事を踏まえずしては、私のこれまでの民主主義に関する(穏健で健全な民主主義者から見れば)一見危険思想的な見解の含意は理解しえない。

2011-01-01 18:59:55
遺体 @Minority20

自由主義の視点から見れば選択肢は純粋な自由主義か、自由主義を優先した民主主義との結合のみ。

2011-01-01 19:01:42
遺体 @Minority20

某相方に話した民主主義についての私の立場の転向話はこれで言えば「純粋自由主義者」から「民主自由主義(自由民主主義ではない)」への転向と説明できよう。

2011-01-01 19:03:26
遺体 @Minority20

我が師匠でありファシストの外山恒一は反民主主義を掲げつつ、同時に自己のファシズムを自由主義であるとしている。シュミットやナチは自由主義を否定しはしたが民主主義を表向きは否定しなかった。その意味では氏の思想はファシズムとして歪だが、私の理解ではそれは純粋自由主義を目指すものである。

2011-01-01 19:05:26
遺体 @Minority20

シュミットやナチは自由主義を否定しはしたが民主主義を表向きは否定しなかった…という事に関しては福田歓一に「ナチスでさえ反対なのは自由主義であって民主主義ではないといい得たのは近い過去のことなのである」という言葉がある。

2011-01-01 19:08:01
遺体 @Minority20

ちなみに単に『民主主義の逆説』の内容と、それについて思った事を少しだけ「メモ」しているだけなので変なリプライとかはやめてください。

2011-01-01 19:09:17
遺体 @Minority20

私が確固として自由主義者として語る事は論敵によく批判されるように邪悪で傲慢で恐るべき事なのか。それとも、シュミットにも(一般的な意味での)ファシズムにも相対主義者にも、それらが支持する種の過剰な民主主義にも抗い、あくまで自由主義を防衛する事こそが良心なのか。私は後者と考える。

2011-01-01 19:12:11
遺体 @Minority20

自由主義者として語る事がよく邪悪で傲慢で恐るべき事と言われるのは、それが多分に普遍主義的な前提に(多くの場合は)立つからだ。民主主義の暴走、民主主義に限らずあらゆる政治の暴走から権利を死守するには、自由主義は、ある権利をある程度まで、普遍的で固定的なものと捉えねばならない。

2011-01-01 19:14:34
遺体 @Minority20

仮にそれがある意味でフィクションであったとしても。

2011-01-01 19:14:47
遺体 @Minority20

だがなるほど、如何なる正義も民主的決定で初めて決定されるならば如何なる固定された権利も存在せず、民主主義に対する自由主義的な制限など全て取り払われる事こそが正しい。相対主義と民主主義の徹底は結局そこに行き着く。私の自由主義の前提に対する傲慢であるという批判も徹底すればまた。

2011-01-01 19:17:09
遺体 @Minority20

というのがまぁ…『民主主義の逆説』の7頁までの話です(笑)。完走するの辛い。

2011-01-01 19:19:00
遺体 @Minority20

やっぱりこうして見るとロールズ、ローティだけでなくムフの影響(ムフ以外にもこの手の事を言う論者は数多いので別にムフだけの影響ではないが)も濃い…というか少なくともかなり共鳴できるなぁ。こういう認識の先になるとムフは色々腑抜けだと思うのだけど。

2011-01-01 19:27:18
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