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「歴史性」と経路依存性、歴史理論は必要?

「歴史性」と経路依存性の話から、歴史理論の必要性ありやなしやの話へ。「「哲学」と「歴史学」のあいだ、「哲学」と「哲学史」のあいだ」http://togetter.com/li/8338 の話から繋がってはいます。やりとりのかみあいを重視した並べ方なので、完全には時系列でない点に注意。【追記】最初の編集人が「誰でも編集」と設定し忘れたため、あらためて「歴史学をめぐる議論」http://togetter.com/li/8653 が作られた。こちらのほうが網羅的に議論をカバーしているので、ぜひご覧になるようおすすめします。
歴史 歴史学
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赤江雄一 @tricycler
@Cristoforou かぶりましたね。確かに、哲学と歴史では、物事の「歴史性」の認識の深さにギャップがあるのでは、と思うことがあります。端的には、時代錯誤の問題なのですが。
赤江雄一 @tricycler
他の学問分野の用語を使うときにはよく理解したうえで使うようにという話があったばかりなのだけれど、歴史学者などがいう「歴史性」というのは、経済学でいう「経路依存性」と重なる部分があると思う。重ならない部分もあると思うが。http://bit.ly/9HMvtH 識者のご意見を乞う。
赤江雄一 @tricycler
@tricycler あれ、リンクが誤爆している。正しくは: http://bit.ly/awK5v4
赤江雄一 @tricycler
とりあえずここでは、経路依存性 (path-dependence) とは、歴史的な経路によって現在下される決定が制約を受け、将来もその影響を受けるぐらいの広い意味で理解しています。wikipedia (en): http://bit.ly/aYbp4D
@na_kanoh
@tricycler 国際政治学者(冷戦史家)のJ・L・ギャディスが、歴史事象における因果関係の過度な単純化を戒める文脈で、「初期条件に敏感に依存すること」=「歴史的経路依存性」の重要性を説いていますね。『歴史の風景』103~106頁。
赤江雄一 @tricycler
@na_kanoh ありがとうございます。僕は中世史学者なので疎いのだと思いますが、ギャディスのような国際政治学者や経済学部所属の経済史家はこうした、社会科学的な語彙をより使っていそうですね。
永本哲也@『ミュンスター宗教改革』発売 @saisenreiha
「歴史性」の理解は歴史学者の間でもまちまちなような。 RT @tricycler 他の学問分野の用語を使うときにはよく理解したうえで使うようにという話があったばかりなのだけれど、歴史学者などがいう「歴史性」というのは、経済学でいう「経路依存性」と重なる部分があると思う。
永本哲也@『ミュンスター宗教改革』発売 @saisenreiha
(少なくとも日本では)そもそも歴史学を学ぶ際に、こういった理論的な問題をきちんと議論する機会はほとんどないと思うので、「歴史性」が何かも、ほとんど暗黙の了解みたいになっており、歴史学者全体のコンセンサスが存在するのかどうか怪しいという気はします。
永本哲也@『ミュンスター宗教改革』発売 @saisenreiha
そういえば、岡崎哲二『コアテキスト経済史』2005年では、ポール・デービッドの先駆としてマルク・ブロックの北フランス耕地の形状についての研究が、歴史的経路依存性という現象を正しく捉えた研究だと紹介されています。(18-19ページ)
永本哲也@『ミュンスター宗教改革』発売 @saisenreiha
また歴史理論と実証研究は必ずしもリンクしていないので、「歴史性」についての議論が理論研究で行われていたとしても、大半の歴史学者はそのような理論研究をほとんど知らず、各々勝手な「歴史性」のイメージを持って勝手に研究している気はします。
永本哲也@『ミュンスター宗教改革』発売 @saisenreiha
というのは、私の知っている範囲だけの話で、余所ではそうではなければ良いのですが。
@na_kanoh
ギャディスは歴史家が社会科学的な考え方を取り入れすぎることに慎重な立場の持ち主ですから、彼の語彙用法への配慮の仕方は非常に参考になります。 @tricycler
@na_kanoh
普遍的な話ではないかもしれませんが、最近は経済学部プロパーで経済史専攻する人が減りつつあると聞いたことがあります(歴史学科→院から経済や歴史学科で経済・経営史というルート)ので、歴史家と経済史家の認識の差は狭まるのかもしれません。 @tricycler
@na_kanoh
もっとも、そのためには歴史学出身者が分析概念や用語についてのきちんとした理解を持っていることが前提になってくるのですけれども(と自戒の念を込めて書く)。 @tricycler
赤江雄一 @tricycler
@na_kanoh ギャディスはちゃんと読んだことがないので、読んでみたいと思います。
赤江雄一 @tricycler
そのとおりだと思います RT @saisenreiha: (少なくとも日本では)そもそも歴史学を学ぶ際に、こういった理論的な問題をきちんと議論する機会はほとんどないので、「歴史性」が何かも、ほとんど暗黙の了解になっており、歴史学者全体のコンセンサスが存在するのか怪しい(一部略)
@na_kanoh
歴史学と社会科学(政治学なども含めて)の対話可能性については、C・エルマン/M・F・エルマン『国際関係研究へのアプローチ 歴史学と政治学の対話』、ギャディス『歴史の風景』などがおすすめ。日本の歴史学者では三谷博氏がこういった問題に関心を持っておられます。
永本哲也@『ミュンスター宗教改革』発売 @saisenreiha
三谷博先生は、明治維新の分析に複雑系科学の考え方を導入しようという野心的な試みを行っている方ですね。
赤江雄一 @tricycler
@na_kanoh 三谷氏のものは拝読したことがあります。ご教示多謝。
赤江雄一 @tricycler
@saisenreiha これは結構重要な問題だと思っています。『回顧と展望』の歴史理論のところで毎年同じようなことが指摘されているように変化がない。これが重要だと思う理由は、結局「歴史学って何を学べばいいわけ?」という問いへの答えに関わると思うからです。
永本哲也@『ミュンスター宗教改革』発売 @saisenreiha
@tricycler 個人的には、無茶苦茶ヤバイことだと思っています。要するに歴史学という学問の土台を大学できちんと教えていないし、そもそも教えている側も学んだことがないので、何が土台か自分の勝手なイメージでしか理解できていないということなので。
永本哲也@『ミュンスター宗教改革』発売 @saisenreiha
ピーター・バークが『歴史学と社会理論』の中で、社会学者と歴史学者が互いに馬鹿にしあっていると相互の無理解を嘆いていましたが、それを読んで、歴史学者の社会学者嫌いは日本だけの話ではないのかと嘆息したものでした。
ITO Toshikazu @toshiitoh
@saisenreiha 社会学者は過去に起きたことから理論を抽出しようとし、歴史学者は過去に起きたことを理解するために理論を援用するという基本的態度に違いがあるんでしょう。歴史社会学者も理論の正当性を示すために、過去を叙述するのですが。
永本哲也@『ミュンスター宗教改革』発売 @saisenreiha
@toshiitoh 基本的態度が違うのは仕方がないにせよ、お互いがお互いの研究を尊重しあい、参照することで、お互いの駄目なところを補い合うという方向になかなか行かないのは残念です。自文化中心主義というのは克服しがたいと言うのは、学者を見ても思います。
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コメント

赤江雄一 @tricycler 2010年3月9日
タイトル下にも書きましたが、私が「誰でも編集」と設定し忘れたため、あらためて「歴史学をめぐる議論」http://togetter.com/li/8653 が作られた。こちらのほうが網羅的に議論をカバーしているので、ぜひご覧になるようおすすめします。
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