ゲームにおける「ゲーム性」の定義について

@hiyokoya6さんの論文(ビデオゲームの議論における「ゲーム性」という言葉をめぐって -雑誌『ゲーム批評』を中心にその使われ方の状況を探る-/http://www.critiqueofgames.net/paper/gamesei.html)と、そこから始まった@trickenさんと@yas_kawamuraさんの、「ゲーム性」に関するお話を私的にまとめさせて頂きました。
デジタルゲーム 定義議論ゲーム ゲーム ゲーム性
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企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@tricken 我々と研究者はそんなに密接じゃないですからね。研究者の方達が実際に作っている我々の事を全て把握しているわけではないのと同じで。
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
@yas_kawamura なるほど。井上明人さんの「ゲーム性」についての論文は、「ゲーム性」というものが実体的な対象を名指しているかどうかより、言説分析という手法を使って「ゲーム性」がどう名指されてきたか(たとえば『暴れん坊プリンセス』ゲーム内でどう使われたか)を調査してます。
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
@yas_kawamura この辺の「ゲーム性」の取り扱いについては、本人がはてなキーワードでもまとめていて、Google検索で「ゲーム性」と書いたときのトップにさっきの論文のサマリーがまとまっていますので、議論のたたき台としては有用だと思っています。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@tricken ちなみに俺はこれを引用した記事経由か何かで読んだ記憶があります。俺自身がカイヨワの理論に触れたのはこの論文を見たのが最初だったと思う。
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
@yas_kawamura 井上さんはカイヨワの4分類はあまり評価しておらず、その後のJesper Juul, Raph Koster, Eric Zimmermanなどの定義論をフォローしつつ最近の概念整備を進めています。先日DiGRA基調講演で発表していました。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@tricken 俺やこの前話していた上田さんもそうだと思うけど、カイヨワの論理を「正しい」とは思っていないよ。トゥギャッターで読んでもらえれば分るけれど、俺は定義自体に意味はないと思っている。ただ「ゲーム性=ゲームの肝」というイメージに相応な要素を羅列することには意味を感じる。
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
@yas_kawamura 内包的定義ではなく、外延的定義ですね。>イメージに相応な要素を羅列するということ 上田さんの最初のtweetは至極もっともだと思うので、先の井上論文と相補することも多いと思います。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@tricken たとえば日本人の重視する「操作感、手触り」は能動的な感覚の楽しみであって、カイヨワの言うめまいのような受動的な物ではない。かといって競争でも賭博でも演技でもない。とか色々と。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@tricken ゲームの肝について要素を狭めていっても創造者にとっては概念の固定化という窮屈な話にしかなってゆかない。そもそも「性」とつくあやふやな雰囲気の話なのだから、羅列して新たなアングルを掘り起こす方が有意義だ。むしろゲーム性は可能性の言葉だよ。閉じることは出来ない。
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
@yas_kawamura そういう「狭める」定義は和集合的な定義で、「ゲーム性」すべてに当てはまるような定義を真面目に考えたのがJesper Juulなんですね。ところが、「定義群の中心は穴なのかもしれない」という非・和集合的定義もあるという話が先日ありました。
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
@yas_kawamura したがって、「ゲーム性」にかかる総ての外延を羅列した時、その点描された集まりは、大きなドーナッツ状になっているかもしれない。そのドーナツのどの部分を食べさせたいかはデザイナー毎に違う。そういう話をしたほうが面白いんじゃないかと最近思ってます。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@tricken 俺もそれに賛成。なにしろソーシャルのアバターにおける自己顕示欲の遊びなんて昔はなかった枠です。具体的な勝利条件もなく条件もまちまち、対戦相手もいないのに、お気に入りの衣装やアイテムをそろえてアバターを着飾り、他の参加者のアバターと比較して自己満足を得るとか。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@tricken もうひとつ遊び枠で言うと万華鏡はパズルゲームよりゲームの条件を満たさないけれど、VJプレイのアプリなどは正解やゴールや競技性のない「ゲーム」として今後発展してゆく可能性がある(Qエンタテイメントあたりが)。どんどん新しい概念は掘り起こされている。
tricken / Muneyuki Takahashi @tricken
@yas_kawamura 〈勝利条件〉はないけど〈適応条件〉はあるゲームというのが増えましたね。ゲームを学習論的・認知論的に観た時、〈適応〉したくなるようなコンポーネントさえあれば、ゲームという営みは成立してしまうかもしれない。この辺の話も少しずつ共有されつつあります。
企画屋@川村(ナラティブ番長) @yas_kawamura
@tricken 俺が現在重要視している「世界体験型ゲーム」というのは遊び論で言う「演ずること(というか体験すること)」が最も重要なゲームで、それには勝ったり負けたり有利不利や駆け引きもあるだろうけれど、それが肝じゃない。そういう意味ではとてもゆるやかな遊びと言える。FPSでも。

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