【第1回】『2015年版 : 入門・パソコンとインターネット』〜インターネットと民主主義はいったいどこからやり直せばよいのか〜
- osomatu_san
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今日はこれからこのイベントに行きます。楽しみ。 →『2015年版 : 入門・パソコンとインターネット』〜インターネットと民主主義はいったいどこからやり直せばよいのか〜 uha-uhari.tumblr.com/post/123964348…
2015-07-25 14:23:50イベント始まりました!右が野間さん、左がゲストの佐藤直樹さんです。 pic.twitter.com/aR954I0pO4
2015-07-25 15:37:53野間「今日はワークショップなのでトークショーとは違って、みなさん好きなときに発言してもらってかまいません」 とのこと。会場から発言が入った場合は適宜紹介します。
2015-07-25 15:42:47参加者の自己紹介がひと段落つき、本題へ。その1「パーソナル・コンピュータとは何か」。 pic.twitter.com/XwBDXLxwU9
2015-07-25 16:05:31野間「みなさんのお話では『ネットが問題』ということでしたが、その話は次回やります。今回は、その前にそもそもパーソナル・コンピューターとは何かという話。『パソコン』ではないんだよね。パソコンというとNECみたいだし(笑)」
2015-07-25 16:06:44野間「(スライドを指して)このほのぼのとした絵はアラン・ケイという人が40年以上前に出した本の挿絵なんですね。各人が1人1人持てるパーソナル・コンピューターがあればいいという本」
2015-07-25 16:08:05野間「なんでそのアイデアが画期的だったか。もともとコンピューターは軍事産業から始まってます。ジョン・フォン・ノイマンって人知ってます?(会場半分くらい挙手)ハンガリー生まれの数学者で、アメリカに亡命した人です」
2015-07-25 16:09:33野間「科学を発展させた人達の多くは(原爆を開発した)マンハッタン計画に関わっているんですけど、この人もそうです。物理学や数学を駆使しなければ原爆は作れない。原爆は空の上で爆発してますけど、あれはその方がたくさんの人を殺傷できるという計算があったからです」
2015-07-25 16:11:00佐藤「コンピューターは計算機ですからね。アメリカは民主主義みたいなものを確保しながらも、実際には第三世界みたいなものは入っていない。(人間より)計算のほうを優位に置きながら今日まで発展していった側面はたしかにあると思う」
2015-07-25 16:12:44野間「一番最初のコンピューターはENIACという名前でした。部屋全体がコンピューターになっています。なんでこれができたかというと、アメリカ陸軍が弾道ミサイルを開発するためです。さきほど名前が出たノイマンという人もここに関わっています」
2015-07-25 16:14:08野間「これが『ノイマン型コンピューター』といわれているものの代表的なもので、ノイマン型コンピューターは今僕らが使っているコンピューターの原型です。両者の大まかな原理はまったく同じ」
2015-07-25 16:15:25野間「ノイマン型コンピューターは、CPUやメモリー、ストレージなどのプログラムを中に内蔵しているデジタルコンピューターです。開発して数十年後は、IBMなどの企業ビジネスに使われるようになっていきました」(IBM System/360の写真を見せる)
2015-07-25 16:17:26野間「IBMって何の略か知ってる方?(会場誰も挙手せず)インターナル・ビジネス・マシーンです。僕ミュージック・マガジンという会社に勤めてたんですけど、その前にはIBMにも内定してたんですよ(笑)当時はバブルでSEという仕事がなぜか花形だった」
2015-07-25 16:21:05野間「両方内定して父親に相談したら『IBMの方が安定しててトクやで』と言われた。その時僕は『いやいや、IBMは軍需産業だから』とか言い返した。僕も20才前後のときはヘサかったということになります(笑)」
2015-07-25 16:22:41野間「BIGな人達がBIGなプロジェクトのために使うのがそもそものコンピューターでした。じゃあ、今のパソコンとの違いはなにか。昔は『オフコン』って言われる中央集中型でしたが、今の企業用PCはは『オープンシステム』と言われる分散管理型のものになっています」
2015-07-25 16:25:12野間「じゃあ、なぜさっきの表紙の絵(アラン・ケイ本の挿絵)は画期的だったか。企業ではなく、『個人』で使えるコンピューターについてのアイデアだったからです」
2015-07-25 16:26:40野間「アラン・ケイが自分の考えたパーソナル・コンピューターに最初につけた名前が『ダイナブック』でした。今は東芝のものだとしか思われてないけど(笑)当初は子どもでも使えるようなコンピューターがいいという発想にもとづいたものだった」
2015-07-25 16:28:27野間「彼は1972年に『すべての子どもたちのためのパーソナル・コンピューター』という文章を書いている。当時のパソコンはウィンドウしかなかったけど、彼は文字に限らず、音声や動画なども扱えるマルチメディアなものを想定していた」
2015-07-25 16:30:09